ググれば出てくるのでリンクは貼りません。
さて、この話ですが
自殺未遂においては本人が理由を説明すればそれが原因だとカウントできるのですが
自殺された方においては生活からなんらかの性的指向を持っていたから理由としてカウントしてる?んでしょうか。
↑他に原因がないかちゃんと確認してるんかな。
まぁ、それはともかく
とりあえず自殺の理由が性的指向による差別であるという主張なのですが
まぁ否定はしません。
世の中オカマやゲイで笑いをとる低俗な人は多分まだいますし
それらは環境が変わってきてますからね、脱しなきゃなぁと思います。
(もともと笑いの対象としてたのが不当やと思うが😇)
まぁしかしね、これいうと差別だ!
ってまた言われるんだろうけど
要するに差別は要因のひとつではあるけど根本は自分が嫌いである、つまり生まれてきた自分に自信が持てないことから発生している点は否定できないですよ。
差別をされることが要因であったとしても差別をされなくなる(差別されなくなるって具体的には難しいけど)としても嫌いだった自分を好きになれるかは自分次第じゃないですか。
それがまぁ心ない他人の一言で狂わされることは間違いなくあるんですが
どんなに優しく受け入れてくれた環境においても心のどこかで性的指向を持たずに生まれたかったという考えが付いて回るわけです。
じゃ、そこは結局生まれた姿を選ぶことができないため、どうにか受け入れる術を探すしかないんですよ。
単純に差別のせいだ。
ってなると根本に差別のせいで自分に自信が持てない。にしかならなくて
負の感情がついて回るだけですよね。
で、間にちょこちょこ入れさせてもらってるけど
ゴミクズみたいな差別者のことはアホやと思って、自分自身の未来について考えるしかないと思うんすよ。
差別されなくなるってすごくふんわりしてて、
あ、この人Tの人だ!
仲良くしなきゃ、問題になる!
Tの人は叱れない、注意できない。
こんな人間関係はおかしいですよね。
多分ですけど
特別視しない関係ってのは
単純に差別禁止だとかそういうものでは手に入らないと思うんすよ。
、、、理想論だけどね。
総合的に見たら差別が無くなった先には自分が愛せるのかという課題がすでにあるわけですけど
結局生まれてきたことを憎むか愛すかは
その人のライフスタイルでしかないわけで
自殺の要因を差別に求めちゃうのは全ての人類において悲しいことですね。
っていうか
めっちゃ書いてて偽善者やなぁ、ぺらっぺらやなぁとも取れる内容やなぁと思いながら、
死にたくなる時って自分への愛がマイナスになってるよな。って自殺を考えた頃の自分を思い出します。
つまり、自殺したくなる体験をしてるので偽善ではないとは思ってます。