CASA 地球温暖化の国際交渉

地球温暖化に関する国際会議の開催期間中、現地から参加レポートをお届けします。

「COP13」に行ってみる⑩

2007年12月13日 | COP/MOP3 参加者日記
写真を貼り忘れておりました。
京都議定書10歳誕生日会で引っ張りだこの
シロクマ君(Roma君:シンガポール)
ペンギンちゃん(Sitiちゃん:マレーシア)
パーティの間、食事も取らず頑張ってくれました。
本当にありがとうございました。

「COP13」に行ってみる⑨

2007年12月12日 | COP/MOP3 参加者日記
7日の続き その2
5時前に記者ブリーフィングが終わり、その後引き続いて、気候ネットやYOUTHの若いメンバーたちと一緒に「京都議定書10歳の誕生日パーティー」のイベントの手伝いに行きました。会場は本会議場に隣接するウエスティンホテルの中庭で、5時を回っても少し動くだけで汗だくになりました。またこのイベントになんと国連事務総長の潘基文(パン・ギムン)さん、世界自然保護基金(WWF)の元気候変動チーム代表で国際環境保護団体「E3G」代表のジェニファー・モーガンさん、そして日本の環境大臣の鴨下さんなど、錚々たるメンバーが来るということでその警備もすごかったです。
たまたまばあやは会場裾の、シロクマ・ペンギンさんのぬいぐるみとその下の籠のKYOTO Protocolのバッジの番をして立っていた場所に、偶然国連事務総長のSPの人が立ったようで、振り返るや否や、私の後ろに立つなと言われ、すごい眼光で睨まれてしまいました。(正直かなり怖かったです。それにしてもそんなに不審者に見えたのかな??)
そしてバリに来て一番ハラハラしたのが、大高さんが探して来てくれた、シロクマとペンギンを着ると言っていたAsian Young Leaders Climate Forum (後でわかったのですがWWFの関係のNGOのようです。)の青年2人が、時間が来ても会場に戻って来なかったことです。早川さんに事情を話すと、「最悪三澤さんがペンギン着て」などと言いながら、自分はシロクマは着ないと超理不尽な発言。しょうがない、北川さん(シロクマ君、ペンギンちゃんの衣装を作ってくれた方)や大崎さん(この気ぐるみをはるばる日本から持ってきてくれた方)のためにも最悪「ばあやペンギン」だけでもと思っていたところへ、先のペンギンを着ると言っていた青年が・・・「やった!」と思いきや、着替えて出てきたのは、別のシンガポールの青年と、マレーシアのかわいい女性でまたまたびっくり!(とにかく誰でもいい!!年寄りペンギンにならずによかったぁ~)
要人の方々のスピーチがすんで、いよいよばあやがProtocolバッジの入った籠を持ち、シロクマ君とペンギンちゃんがそれを参加者に配って回ることに。京都市から参加の高校生の女の子たちも別の籠を持って回っていました。7時過ぎぐらいから立食のパーティーとなり、庭一面のテーブルを回ること約1時間半!シロクマ君とペンギンちゃんは行く所どこでも歓声の渦、フラッシュの嵐・・・デジカメを渡してツーショット撮っての列ができることもしばしば。結局大きな籠に重たいぐらいいっぱいのバッジもあっという間にSold outでうれしい悲鳴を上げました。この光景を、一瞬でもいいから北川さん、大崎さんに見せてあげたかったです。(きっとお二人ともうるうる涙目になっていたかと・・・)
それではその感動の写真を付けて、ばあやの他愛もない「COP13」に行ってみる報告終わりたいと思います。
最後にこの間知り合ったたくさんの日本の若者たち(工藤さん、石黒さん、えいちゃんこと糸岡君、川合君、古野さん、三本さん、大高さん、みどりちゃん、全員の名前が出てこなくってごめんなさい・・・)からたくさんの元気をもらい、日本の明るい未来を垣間ることができました。そして役立たずで行ったバリでしたがあっと言う間の1週間でした。今日から閣僚級会議が始まりいよいよ正念場ですが、今度は日本でその状況をしっかり見守って行きたいと思っています。
                         (CASA  みさわ)

「COP13」に行ってみる⑧

2007年12月12日 | COP/MOP3 参加者日記
7日の続き その1 

4時からの記者ブリーフィングは、日本の新聞各社の記者13人が集まってのものでした。
まず大久保さんの方から、適応基金がようやく合意に至ったという報告がありました。途上国がこだわったのが、先進国の拠出金で動いているGEFに運営が行くかどうかでした。(途上国は拠出金を出している国に左右されるという意味からもGEFの運営を拒んでいました。)しかし最終的にはGEFではなく、Adoptation Found を新たに作ることで合意に至ったそうです。
続いて気候ネットワークの平田さんの方から、ノーベル賞受賞の日の10日に配布された、AWG(京都議定書の先進国の削減義務の交渉)テキストのドラフトから、「2020年までに90年比で25~40%削減、10~15年の間に世界全体の排出を減少に転じさせ、2050年には半分以下にする」というIPCCの文言が消えていたことを発表しました。このIPCCの晴れに日に、またこの部分の削除の主張をした国の中に日本が入っていると・・・・
日本でも国立環境研究所が、このバリの会議にブースを出しています。国環研のブースでは日本においても、2050年までに70%の温室効果ガスの削減が可能であるというシナリオを配っていました。またこの研究所にはIPCCの第4次報告書の作成に直接関わった科学者も多く、その心の内はいかばかりかと思ってしまいます。そして今は最終合意文書に再度この文言が帰ってくることを願わずにはいられません。
                           (CASA みさわ)

CASA会員 兼平さんからのバリ報告

2007年12月12日 | COP/MOP3 参加者日記
バリの日常から切り離された会議場にて

はじめまして。
CASAの名ばかりの監事をしている兼平と申します。
CASAの活動とはあまり縁がありませんでしたが、バリ島で開催されるCOP13には
ぜひ参加したいと思っていましたので、強引に参加させてもらいました。なんと
かその願いが叶って、とても嬉しく思っています。

個人的には、国連の会議どころか、日本で開催される国際シンポ以外の国際会議
に出席するのは初めての経験でしたので、「総会ってこういう風に運営されてい
くのか」ってトリビアの連続、最初の数日は不思議の国のオバサン状態でした。

だんだんと、進行状況は分かって来ましたが、会議の中身の英語はものすごく集
中していると、言おうとしていることが聞き取れる~というレベル。単語はきき
とれてもその中身が分からない~という情けない状態でした。

国際交渉とか国際法とかの分野は、素人同然でして、COP12までに、どのよう
なテーマについて、どのようなアプローチが行われ、各国がどのような主張をし
ているのか、どのような手続きで議論が進行していくのか、なんて何も知りませ
んでしたので本会議場の議論を理解するのはなかなか大変でした。

でも、各国代表団も自分の発言が終わると会場から出ていくし、オブザーバーも
出たり入ったりしているし、会場内外の厳重な警備とは裏腹なのどかさも感じま
した。

一方、本会議と並行してハイアットホテルで開催されているSIDE EVENTは、これ
は学会発表と同じで、それぞれの立場で、それぞれの主張をしており、なるほど、
と思うもの、うぅ~んと疑問に思うもの、いろいろですが、パワーポイントを使
っての発表なので、こちらの方が数倍分かりやすかったです。

で、ふとどきだなと思いつつ、昨日の土曜日にはウブドや寺院等の観光に行って
きました。観光地なので観光客相手ではありますが、バリ人の日常生活を垣間見
ることができました。

そして、この人達はバリ会議についてどのくらい関心をもっているのだろうとふ
と疑問に感じました。会議場は各国からきたバラエティに富んだ人達でいっぱい
ですが、いわゆるエリートと呼ばれる人達でしょう。

国際会議は国益を主張する場であるのはよく分かりますが、会議のための会議の
ようなところがあって(たとえば、手続き的な問題、末梢的な論点もでかなり時
間をとっています)、果たして温暖化で実際に被害を受ける弱者の立場をどれだ
け実感として感じつつ、議論をすすめているのだろうか?との疑問も感じました。

COP13の本来の目的は2013年以降の温暖化防止の枠組みを決めることです。
その目的が達成できることを願っています。

          12月9日  愛媛大学法文学部総合政策学科 兼平裕子
                  


「COP13」に行ってみる⑦

2007年12月11日 | COP/MOP3 参加者日記
11日
 
今日もDaily Programme もらうのに汗だくになりました。
午前中は会議がないので、メールチェックしています。
11日付けのecoを見ると、昨日の化石賞は1,2位がサウジアラビア、3位が日本とカナダが分けたとあります。
予定としては午後4時からNGOの記者ブリーフィングがあるので行くつもりをしています。
ブリーフィングには昨日も非常にたくさんの記者が詰めかけ、ホテルのロビーはボランティアスタッフを含め、一時は20人以上に膨れ上がり、平田さんの声を拾うのが難しい状態になっていました。(今回の会議は非常に記者が多いとみんなが言っています)
このあと、6時半から7時半までの、気候ネットなど日本のNGOのイベントに参加して、
帰国の途に着く予定です。
イベントでは例のシロクマ君とペンギンちゃんが再登場する予定です。
この報告はまたゆっくりと・・・

訂正:またまた、訂正です。
   インドネシアの交通事故死が年間30万人、(日本の5倍)と書きましたが、
   日本の50倍のまちがいです。(日本で6万人も死んでたら大変ですよね)
それから文章の割り込みがあったりして読みにくい部分もありました。
本当に申し訳ありません。これも暑さによる思考力の低下のせい?
ということにしておいてください。    (CASA みさわ)

『COP13 」に行ってみる⑥

2007年12月10日 | COP/MOP3 参加者日記
10日

いつもどおりホテル9時半発のバスに乗って10時前に会場に着くと、
セキュリティチェックに、これまでにない長蛇の列。
登録はそれ以上で、外まで人があふれていて、炎天下のなか日傘が配られていました。
いよいよ今週から、各部会のDRAFTも揃い、
各国の閣僚も今日から続々と入ってくるという、緊張感が伝わってきます。
日本の環境大臣の鴨下さんも、今日バリ入りするようです。

やっとの思いで会場入りすると、
今度はDaily Programme を取るのにまた一苦労。
印刷が間に合わずかなり待ちました。
(新聞の号外を取り合う雰囲気がそこかしこで・・・)

8日に作業グループの第1次草案(ドラフト:たたき台と考えていただければいいでしょうか)
が出されたことにより、
会議は12-14日の閣僚級会議に向けてにわかに活発になって来ています。

出された草案の内容は新聞報道でもご存知かと思いますが、
科学的根拠を基にという主張とともに、
先進国が20年までに、温室効果ガスの排出を90年比で25~40%の削減が必要で、
また世界全体の排出量についても、この10~15年の間に減少に転じなければならず、
そして2050年には、2000年レベルの半分以下にする必要があるとしています。
(ただしこの半分以下は数値目標の位置づけにはありませんが・・・)
そして議長国であるインドネシアは、これをたたき台に合意を目指して行くものと思われています。

またEUは、13年以降先進国は、より大きな削減目標を設定すべきだあると主張する一方、
発展著しい中国などの途上国に対して、罰則義務のない「努力目標」を設ける案を出していることが
わかりました。

PRESSも中国のPARTY関係者を追いかけ、必死で取材しようとしているように見えます。
今PCを打っている私の横でも、そのような光景が・・・中国の女性は今からMTだと言って走り去ろうとするのを
一緒になって追いかけて行きました。

これに対して日本の政府代表団は相変わらず、日本の数値目標は挙げず、
今決めずにこれから決めていくことだなどと、優柔不断な発言を繰り返しているようです。

会議場で"Are you Japanese ?"と聞かれると、後ろめたさからかちょっとドキッとしてしまっています。

今午後7時、私の1つ右横で早川さんが、その前で林タダシさんが
机2つ斜め前で川阪さんがPCに向かって仕事をしています。
大久保さんは1時間以上遅れて始まった適応基金の会議に行ってりいるものと思われます。

 こんな報告書いてていいのかな?と小心者のばあやより (CASA みさわ)


「COP13」に行ってみる⑤

2007年12月10日 | COP/MOP3 参加者日記
8日

大崎さんが今夜帰国されるので、
今日は兼平さんと3人で5時間のバリ観光に行きました。
行った所はウブド村あたり。

まずはタクシーを1日貸切で、30万ルピア、日本円で3千7百円ほどです。
インドネシアのお札にはゼロが信じられないくらい付いていて、
未だに金銭感覚がつかめません・・・100000ルピア札とかあったりして。
何となく見ているだけでちょっとリッチな気分になったりしています?!

まずはライステラスと言う日本で言う「棚田」を見に行きました。
タクシーのおじさんに聞くと、インドネシアも主食がお米で、
田んぼは4期作だそうです。(3ヶ月に1回お米が取れるってすごいですね)
車中からも刈られたばかりの田んぼ、田植えをしたばかりの田んぼ、稲が伸びた田んぼと、
その成長の早さを目の当たりにしました。(日本の田園風景そのもの)

そのあとウブドで昼食を取り、観光客が買い物に集まるウブド市場に行きました。
(この市場、昔の日本の闇市(?)のような、バラックがぎっしりと立ち並ぶ店に、
雑貨や衣類などを山積みにしていると言う感じの所で、何となく昔の郷愁みたいなものを感じました。
注:残念ながら闇市の時代はまだ生まれておりません。)

次にバリのヒンドゥー寺院の中でも美しいと言われる「タマンアユン寺院」に行きました。
庭園寺院と言われるだけあって、広大な敷地に手入れの行き届いた庭がとてもきれいな寺院でした。
パンフレットを見ると、バリ島民の9割が敬虔なバリヒンドゥー教徒で(インドのヒンドゥー教とは少し違うそうです)
バリの人々は日々のお供えものやお祈りを欠かさないとあります。
事実、どこの家々、お店の前にも10cm四方の浅い木の箱のなかに、お花や食べ物が入っているものが供えられており、
手を合わせながら、それを新しいものに置き換える人々の姿を何度も見ました。
そのあと、荒々しいインド洋の岩場に建てられたタナロット寺院を見てホテルに戻りました。

この5時間の旅で、3人はタクシーのおじさんと結構仲良くなり、
車の中でいろいろインドネシアのことについて話を聞きました。
まず5日の分にも書きましたが、とにかくバイクが多いこと。
そして信号がほとんどなく、右折、左折はほとんどバトル状態なので、
さぞかし交通事故も多いんでしょうね?と聞くと、
年間の交通事故死亡者がなんと30万人だそうです。(日本の5倍!)

またバリではインドネシア語とは全く異なるバリ語を話すそうです。
ということで学校ではインドネシア語、バリ語の両方を習うそうです。
また自転車に乗って帰る小学生を見たので学校のことを聞くと、
月曜日から土曜日まで授業があって(この日は土曜日だったので)
学校は5才から17歳まで、小学校、中学校、高校と日本と同じ12年間通うそうです。
大学はバリに3つあり、かなり優秀でないと入れないようです。

また仕事ですが、役所に働く人は朝8時(もしかしたら7時だったかな?)から、午後2時まで働くそうです。
(3時半ごろに道路が非常に込んできたのは、帰宅のための車やバイクのせいでした)

この旅行で感じたことは、
立派なヒンドゥー寺院が立ち並ぶ一方で、
庶民の暮らしはかなり貧しいなあということです。
特にライステラスでは、タクシーを降りると、女性や男性、子どもに至るまで
5百円、千円と言って物売りに迫ってきました。
このライステラスを囲むようにして建てられている家屋はまさにバッラクつくりのハーレムの様相で、
その暮らし向きが大変であることがうかがえました。
また町の通りには多くの大人たちが日中から座っており、失業率も高いのではないかと思いました。
しかし、そういう人々の顔に悲壮感は窺えず、どちらかと言うとのんびりとした印象さえ感じました。
(労働意欲が些か低いのか?あるいはゆっくりズムの国民性なのか?私としては両方かな?と・・・・
いずれにしても何故か少し羨ましくなりました。)

どうでもいいことですが、
インドネシアの犬は100%放し飼いです。
どの犬も痩せていて、暑さのせいかこうべを垂れよろよろと歩いているか、あるいは寝そべっています。
それを見ると、何故か決して襲ってこないことがわかります。
その証拠にまだ一度も「ワン」と言う声を聞いていません・・・
もしかしたらインドネシアの人も犬も、
都会に住む私たちが忘れた「悠久」を生きているのかもしれません・・・

ホテルに帰ってからすぐにハイアットホテルで行われる、
気候ネットワークのサイドイベントのツバルの報告を聞きに向かいました。

川阪さんの司会で、写真家の方とツバルから来られた方(すみません、名前を忘れてしまいました。)、
平田さんの話を聞きました。
ツバルの方のPPTに映し出されるツバルの自然の美しさ、
パネルで展示されているツバル住民の笑顔、
それとは対照的に、確実に迫り来る温暖化の危機。
ツバルの住民が失おうとしているものが、私たち先進国の人間にとっても、
とてつもなく大きなものであることを強く感じました。
そしてツバルの人たちの底なしの笑顔を見ながら、
私たちが取り戻さなければならないものは、かけがえのないものなんだと・・・・

                          ( CASA みさわ)






「COP13」に行ってみる④

2007年12月10日 | COP/MOP3 参加者日記
7日

9時半のバスに乗り、10時前に会場に到着。
今日のDaily Programeを見ると、
”Informal groups of the Cnvention bodies"(Closed to media)、
つまり非公式会合ということで、メディア及びNGOは参加ができません。

そこで午後3時から始まる、IPCCの第4次報告書の統合報告書のブリーフィングを聞こうと決めました。
午前中センターでメールチェックをしたあと、
CASAの(本当は自然エネルギー市民の会の)イベントの準備をみんなでしました。
そして午後1時、いよいよ「シロクマさんとペンギンちゃん」の登場です!!

この詳しい報告は皆さんがされているので、ここでは省かせてもらいます。
ただ最初は会場玄関前の人たち、ばあやとじいやがチラシを配るも、みんな「???」という顔。
しかし若いボランティアの人たちの"Rescue Porar Bears and Penguin!"
"Stop the global warming"のシュプレヒコールとともに,、
私たちのパフォーマンスに多くの人たちが目を向け、
またそれに励まされるように彼ら、彼女達の声も大きくなりと・・・・

この時ばあやは大きくなっていくこの若者たちの声にちょっと目頭が熱くなりました~
(この若者たちの熱さが、地球の暑さを食い止めるんだ!と)
そして(本当に?)暑さで横たわってしまった、シロクマ君、ペンギンちゃんに本当の元気をもらいました。
面と向かっては言えませんでしたが、この場を借りてみなさんに「本当にありがとう」ございました」と・・・・


興奮さめやらぬまま、
午後からはIPCCの統合報告書の発表を聞きに行きました。
さすがノーベル賞を取ったということもあり、
会場の席はみるみるうちに埋まり
最終的には床に座る人たちでいっぱいになりました。

会場が熱気に包まれる中、IPCC議長も出席して、会はまずノーベル賞受賞に対する大きな拍手から始まりました。
その内容は、
1.Observed changes in climate and their effects
2.Causes of change
3.Project climate change and its impacts
4.Adaptation and mitigation option
5.The long-term perspective

と、温暖化の観測結果からその影響、予測、対策、適応などについて、5つの報告がありました。
この第4次報告書の内容に関しては、CASAの気候変動問題研究会でのIPCC第4次報告書、
第1、2、3作業部会の3回の学習会で聞き、また統合報告書も目を通していたので、かなりの部分理解ができました。
またこの学習会の、第2作業部会の講師をしていただいた、国立環境研究所の西岡先生も出席されていました。
(恥ずかしながらここでわかったこと。内容が理解できて初めて英語が理解できるんだと・・・・
またまた当たり前でしょ!の声が聞こえそうですが・・・でもわかるということはうれしいことです。)

このあと、みなさんがあげられているブログのチェックをしてホテルに戻りました。
「みんなスゴイ報告しているなあ~ばあや、こんな報告書いてていいのか?!」と少々自責の念に駆られながら・・・

                                        (CASA みさわ)

「COP13」に行ってみる③

2007年12月10日 | COP/MOP3 参加者日記
6日の補足

言い忘れたことを1つ。

6日午後からは本会議場から5分ほど歩いた会場で行われる
EUのサイドイベントに行き、デンマークの研究グループによる、
グリーンランドにおける温暖化の影響の発表を見てきました。

ここでは前半AR4(Assessment Report 4thの略でIPCCの第4次評価報告書のこと)の説明があり、
後半はグリーンンランドの現状と予測の話がありました。

発表の際にPPTに映し出された、グリーンランド氷河崩壊の映像は非常に衝撃的でした。
今年、このグリーンランドの氷河の融解によって、ヨーロッパ側の大西洋と太平洋が繋がったと言うニュースが流れましたが、
その詳しい観測結果が紹介されました。

報告では、グリーンランドの氷河の融解がIPCCの予測よりもはるかに早いスピードで進んでいること。
そしてこの付近での気温上昇は2100年までに、最大で25℃上昇するであろうという予測にはびっくりしました。
実際極地域は地球の平均気温上昇の3倍~5倍のスピードで上昇していると言われていますがこれほどとは思いませんでした。
また過去12000年前には2~3℃の上昇があり、その際グリーンランド付近では5mの海面水位上昇があったとの
報告をしていました。

会議終了後、この報告で使われたPPTのデータがほしいと、
だめもとで発表者に頼んでみた所、メールを教えてくれたら送りますの返事に
一緒に行った大崎さんと二人「やったあぁ~」と歓喜しました。
(声には出しませんでしたが、顔には出ていたと思います。)

前のメールで本会議の英語がわからなかったと報告しましたが、
今回のようにPPTに示される図表をもとに話されると、随分と理解が助けられることに気付きました。
(当たり前だ!と言われればそれまでですが・・・・) 

またEUのサイドイベントは報告とディスカッションの間に休憩があり、
外のテントに移って軽い軽食やケーキなどのソフトドリンクを飲むように設定されていて、
本会議とは一味違った、のんびりとした優雅な時間がそこにはありました。


会議終了後、日本から来ているNGOの若いメンバーの人たちとで、
近くのバリコレクション(セキュリlテイチェックがある観光客相手の施設)に食事に行きました。
全員揃っていたのは1時間あまりで、それぞれ夜のミーティングがあるということで、
また本会議場やハイアットホテルの方に戻って行きました。
でも若い人たちのパワーをもらってなかなか楽しかったです)

ホテルに帰ってからは私と大崎さんで
明日の大(?)イベ    日中見るとほとんどの人がヘルメットを着用していましたので、
ントのメッセージの幕を11時過ぎまでかけて作りました。
(シロクマ君、ペンギンちゃん一緒に頑張ろうね!!)

訂正:5日の報告にバイクの人はヘルメットをかぶらずと書きましたが、
   日中見ると、ほとんどの人が着用していましたので、
   訂正させていただきます。
                    
                           (CASA みさわ) 


「COP13」に行ってみる②

2007年12月10日 | COP/MOP3 参加者日記
6日

いよいよ今日は会場に行きます。
ホテルからは、メイン会場行きのシャトルバスが毎日数便出ています。
この日、CASAのスタッフは9時過ぎのバスで10分くらいかけて本会議場に向かいました。
会議のスタートが10時なのでそれに間に合うように・・・

会場前でバスを降り、5分ほど歩くと、行列ができています。
ここで荷物の中を見せるセキュリティチェックを受けます。
そのチェックを抜けると会場横の入り口に入り、
もう一度空港のチェックカウンターと同じような荷物と身体のチェックを受けます。

私は会場が初めてなので、
入場のための会議登録をします。
まず登録ブースに並びます。
政府関係者、オブザーバ、NGO、メディアのブースがそれぞれありますが
「CASAはオブザーバーブースに」と言われていたのでそこに並び、パスポートを見せます。
(事前に参加者を国連の方に登録していればすぐにOKが出ます。)
そこで登録用紙を渡され、日付と署名をしました。
次に写真撮影をして、写真入りのネームプレートを作ってもらいました。
この時点から、会議場に入るためには必ずこのネームプレートの提示が必要になります。

会議場に入ると、まず正面にNGOなどの多くの団体が発行しているレターやチラシの山にぶつかります。
これらは前日の会議の内容や進展状況を知るための貴重な資料になります。
とりあえず前日の「ECO」(CASAもメンバーになっている世界的なネットワーク組織CANが毎日発行しているレターです)
を取りました。表紙はドイツの中期の削減目標を評価した記事が、
裏は例の日本が「化石賞」の1位~3位までを独占した記事が載っていました。
「化石賞」は毎日CANが夕方6時前後に発表するもので、その日1日の会議で、
温暖化防止の視点から、最も後ろ向きな(温暖化防止を進めようとしていない)発言をした国に与えられるものです。
毎日この時間近くになると、発表のブース近くは黒山の人だかりで、その存在および評価の大きさに驚かされました。
また日本が独占した理由については、すでにみなさんがブログに挙げられているのでここでは省きます。

1つだけ、この化石賞受賞に日本では、環境大臣、官房長官までもが不快の表明をしたそうですが、
この受賞は日本の政策等を全否定したものではなくて、あくまで1日の会議の中の発言に対する評価である事を
政府関係者が理解していなかったのかな?と思い、少しコメントしてさせていただきました。
現に、初日議定書に復帰で拍手の渦に包まれたオーストラリアが7日の日の化石賞に選ばれています。
(認識を誤った?不快表明であったのでしょうが、これまでCOPのたびに続けられてきているこの化石賞について、
その位置付けがまだよく分かっていないというのは、ちょっと、かなり?恥ずかしいかなと・・・・)

それでは会場正面玄関から進みましょう。

左に折れると、その日のスケジュールを配っているブースがあるので、
そこでまずその「Daily Proguram」を受けとり、今日ある会議をチェックしてどこに行こうかを決めます。

私はまず全体会合に出てみました。
ちょうど日本の代表がスピーチしている所で、内容はこれまでと変わらない主張をしていました。
その他の国の発言は、聞き取りにくいのと、私の英語力の貧しさからよく分かりませんでした・・・
(要するにジャパニーズイングリッシュしか理解できない・・・)
会場内は堅苦しさはなく政府代表団のすぐ後ろにオブザーバーやNGO関係者などがPCを持ち込み自由に座れるというもので、
会議中の出入りも自由OKです。

全体会合を中座して、
1階、2階の会議室をつなぐ通路で各国、各NGOが出している展示ブースを見て回りました。
日本の国立環境研究所、インドネシアのブース、ドイツの脱原発を訴えているNGOのブース・・・
(ドイツのブースでは担当者の婦人が、例のECOニュースをの表面を出して、ドイツの排出削減の取組みを誇らしげに
話されました。私は裏面に返して、日本の化石賞受賞欄を指差し”IT is too bad"と言うと、笑顔で返されました・・・)

あとネットがつながるブースに行き、自身のメールチェックをして帰りました。
(無線ランが可能であれば、会場のどこの場所でもつながります。)
ただしどのブースも椅子が非常に少なく、じゅうたんの床に、あるいは階段隅に座ってPCの作業をしている人たちであふれていました。

会議参加の初日、少し緊張しましたが、
2日からバリに入っていた大崎さん、兼平さんにいろいろ教えていただき、無事終えることができました。

今日は暑いのを我慢してジャケットを着ていきましたが、会場内はラフな姿も多く、
明日からはクールビズで行こうと思います。
                       (CASA みさわ)