東アジア「深層取材ノート」(第277回)
JBpress (近藤 大介:ジャーナリスト)
2025年4月3日
大地震によるビル倒壊の現場を訪れたタイのペートンタン・シナワット首相(写真:ロイター/アフロ)
「M7.7の大地震が発生したが、わが国ではどの建物も無事で済んだ。たった一つの例外を除いてだ!」
3月30日、タイのペートンタン・シナワット首相は、彼女が強調した「たった一つの例外」の現場視察を行った後、怒りに満ちた表情で述べた。
3月28日に、ミャンマー第2の都市マンダレー郊外を震源地とする大地震が発生。4月2日現在、ミャンマー国内で2719人の死者と4500人以上の負傷者を出す大惨事となっている。
この地震で、ともにミャンマーの隣国であるタイと中国との間で、思わぬ「余震」が起こっている。震源地から1000km以上も離れたバンコクで建設中だった33階建てのビルが、わずか5秒で倒壊してしまったからだ。工事現場では11人が死亡し、79人が行方不明となっている。
いまでもユーチューブなどで映像を見られるが、周囲の建物はビクともしておらず、ちょっとありえない倒壊の仕方だ。それが、ペートンタン首相が言う「たった一つの建物」である。
3月28日の大地震で倒壊したバンコクで建設中だった高層ビル。タイで、この地震による建物倒壊はこのビルだけだった(写真:ロイター/アフロ)
実は、この高層ビルの建築を請け負っていたのが、中国が誇る国有企業の「中鉄十局」(本社・山東省済南市)だった。
ビル倒壊現場に中国人作業員が侵入し工事書類を持ち出そうと…
今年1月、中国の著名なモデル・俳優の王星が、タイで誘拐される事件が起こった。これに対し、韓志強駐タイ中国大使が、タイ政府に猛抗議した。
来たる春節(旧正月)に中国人観光客が来なくなることを恐れたペートンタン首相は、徹底した捜査を約束。そのことが、タイとミャンマーの国境沿いの大型特殊詐欺グループの一斉摘発につながったのだった。この事件は、加害者、被害者ともに日本人も含まれていたことから、日本でも大々的に報道された。
ところ今回は、タイと中国の「攻守」が逆転した格好なのだ。タイ側が、中国を強烈に非難しているのである。
そればかりか、事故直後に建物が崩壊した立ち入り禁止区域に、中国人4人が強引に侵入し、文書類を持ち出して逮捕されている。最大3カ月の懲役刑が下る可能性があるというが、このニュースにもタイ国民は怒り心頭なのだ。
ミャンマーの被害は報道してもタイの「人災」には触れない中国メディア
中国でも、ミャンマーで大地震が発生したことは、連日伝えている。隣国で起こった「天災」だけに、マンダレーに取材チームを派遣したりして、むしろ日本での報道よりも多いくらいだ。
ところが、隣国タイで起こった「人災」については、中国では沈黙したままなのである。事故発生時にはいくつかの記事が出たが、たちまち削除されてしまった。「中鉄十局」は、自社のホームページまで閉鎖してしまった。
中国で削除された記事の一つが、3月28日に『鳳凰ネット』が報じた「バンコクで震災で倒壊したビルは中鉄十局と、別のタイ企業がジョイントで請け負ったタイ会計検査院ビルだった」というタイトルの記事である。その大意は以下の通りだ。
〈タイのメディア『タイPBS』は本日報じたところによれば、タイ会計検査院の副院長兼報道官のSutthipong Boonnithi氏はこう述べた。ミャンマーでの7.9クラスの地震(タイ気象台は8.2クラスと発表)により、バンコクのChatuchak地区にある会計検査院は、いままさに新しいビルを建設中だったが、すべて倒壊した。現在、プロジェクトの3割が完成していた。Sutthipongは事故後、すぐに現場を視察し、損失状況を調査した。
この新たなオフィスビルは30階建ての高層建築で、総建設予算は21.36億バーツ(約94億円)。2020年に着工し、その後、新型コロナウイルスの影響で一時停止した。プロジェクトは、中国中鉄十局(タイ)とイタリアのITD-CRECがジョイントで請け負っていた〉
中鉄十局は、中国中鉄傘下の国有企業で、従業員約1万4000人。22の子会社を持ち、2023年の売上高は684億元(約1.4兆円)に上る。
同社は、中国でインフラ整備を担当する典型的な国有企業で、同社の「就職案内」では、こう誇っている。「わが社は中国全土の鉄道幹線の20分の1、高速道路と地下鉄と高架列車の40分の1、トンネルの50分の1、それに1000棟以上の高層建築の建築を担ってきた全国優秀施工企業である」。
特筆すべきは、この会社が、習近平主席が2013年に唱えた中国とヨーロッパを結ぶ広域経済構想「一帯一路」の中核を担ってきたことだ。すでにベラルーシ、ベネズエラ、南スーダン、ウガンダ、ケニア、スリランカなどで、インフラ整備のプロジェクトを行ってきた。
昨年10月9日、ペルーのチャンカイトンネルの主体工事を終え記念撮影する中鉄十局の作業員たち(写真:新華社/共同通信イメージズ)
今年の春節明けの2月12日には、本社がある済南で「2025年海外システム活動会議」を開き、朱衛東董事長(会長)は、こう強調した。
「海外に引き続き強固な『根拠地』を建設し、率先して強大で優秀な多国籍企業となるのだ。海外のリスクをうまくコントロールし、法規に基づいた経営理念をしっかり樹立するのだ。
一貫して海外の中国共産党の建設活動を深化させ、『海外事業において絶対に中国共産党の指導とグループ会社の監督管理から乖離(かいり)しない』ことをしっかり把握するのだ。全面的な中国共産党の厳格な統治を推進し、中国共産党の活動スタイルを展開し、海外に(社の)ブランドの伝播を積極的に行っていくのだ」
このように、「中国共産党の建設活動」と「中国共産党の統治」を前面に掲げて、海外事業を展開している会社なのだ。
中鉄十局はタイでも、今回問題になったタイ会計検査院ビルの他に、両国間の重要なプロジェクトを担当している。それは、中国とタイを結ぶ鉄道建設の一期工事だ。2023年7月19日に、タイのアティララタシ交通大臣代行、ニルマニバン鉄道局長、韓大使らが列席して、盛大な調印式を行っている。
この鉄道工事は、来年竣工し、2029年に始動する予定だ。開通すれば、中国―ラオス―タイが鉄路で結ばれ、「一帯一路」に花を添えることになる。
だが、今回の会計検査院ビル倒壊を見て、私は「一帯一路」よりも、一昔前に中国で流行った言葉を思い起こした。「豆腐渣工程」(トウフジャーコンチェン)。直訳すると「おから工事」、すなわち「豆腐のようなすぐ倒れる手抜き工事」である。
『進撃の「ガチ中華」-中国を超えた-激ウマ中華料理店・探訪記』(近藤大介著、講談社)
近藤 大介
ジャーナリスト。東京大学卒、国際情報学修士。中国、朝鮮半島を中心に東アジアでの豊富な取材経験を持つ。近著に『進撃の「ガチ中華」-中国を超えた?激ウマ中華料理店・探訪記』(講談社)、『ふしぎな中国』(講談社現代新書)、『未来の中国年表ー超高齢大国でこれから起こること』(講談社現代新書)、『二〇二五年、日中企業格差ー日本は中国の下請けになるか?』(PHP新書)、『習近平と米中衝突―「中華帝国」2021年の野望 』(NHK出版新書)、『ファーウェイと米中5G戦争』(講談社+α新書)、『中国人は日本の何に魅かれているのか』(秀和システム)、『アジア燃ゆ』(MdN新書)など。