雑木帖

 ─ メディアウオッチ他 ─

ネットのマスコミ批判人種のお株をうばう政治家・白川勝彦氏

2007-01-27 02:53:45 | 政治/社会
 日ごろ新聞・テレビのニュース、また論評で鈍くなった神経を揺り動かすようなノーム・チョムスキー氏の言論…。たとえてみればそんな感じでもあるメディア論評を書くのが白川勝彦氏である。

 ・俗悪な政治番組──永田町徒然草
 ・俗悪な政治番組(その2)──永田町徒然草
 ・俗悪な政治番組(その3)──永田町徒然草

 白川氏は弁護士でもある。これらの当を得た鋭い論には、そのへんも関係しているのかもしれないけれども、ともかく改めてメディア・リテラシーの大切さを自覚させてくれる。

 一方で、次のようなものからも失われた何かを教えてくれる。

 ・そのまんま東、当選の意味──永田町徒然草

 そのまんま東氏の当選には、創価学会票の3割が流れたと噂されていること、テレビのお笑い系芸人が出る番組を(問題になった「あるある大辞典」も含む)占拠したような感すらある創価学会員芸人たちの業界での跋扈のことを思えば、裏に何かあるかもとの疑念を払拭できず、複雑な心境でもあるのだが、それはさておき事実にもとづいた「政治への信頼」という意味で、次の『無謀な挑戦』(藤原肇著)の中の一節を思い出させた。
 中曽根内閣の誕生は、旧警察官僚が決め手になる役職を独占し、裁判所の権威への挑戦をくわだて、行政を背後から操る闇将軍の田中角栄は、中曽根傀儡内閣を公判対策に作りあげたともいわれる。
 それでなくとも、戦後の日本が主権在民を基礎に再出発したときに、司法、立法、行政の三権分立を採用して、民主国家であることを誓ったのに、その後は、なし崩しに行政優位の政治慣行が定着し、議会と裁判所の形骸化が危惧されているのである。
 経済危機は一国の産業界や国民にとって大きな不幸をもたらすが、単なる経済破綻が直接亡国に結びつくことは稀である。それは国民の忍耐力と士気にかかわっていて、たとえ、困難がどれほど大きくても、指導力とリスポンスの関係で、再び経済復興が可能だからだ。だが、そこに政治と結びついた腐敗が加わると悲惨であり、社会における基本的な信頼関係が崩れてしまう。しかも、愚民政策による独裁体制化に対しての批判が高まることへの予防措置の意味もあって、一九八二年一〇月の商法改正を通じて、言論界には大きな鉄の口輪がはめられてしまった。
 こういった日本におけるソフトなファッショ化が進展している状況に比べると、カナダはそこまで全体主義が国政の中枢を犯しておらず、せいぜい上院議員が、首相の任命で権力者の第五列と化する程度で、言論界にも自由の空気が漂っている。だから、カナダ全土が不況に支配され、経済界が苦境にあえいでいても、カナダ人たちの気持はそれほど暗くない。その辺にカナダ人独特の善良さと持てる者のおおらかさがある。
 一九八二年一二月初めの段階で、いろいろな人たちに取材してみたが、人びとは、いまだ希望を棄ててはいなかった。
『無謀な挑戦』より)
「美しい国」というのはこういう市民的な信頼の気持ちが通じあう国ではなかろうか。そこからは「美しい国」などという言葉は口からはでなくても必然的に街も自然も含めた美しい国ができていくのではなかろうか。そもそもその意味では今の日本はもう美しい国ではすでにないというのか。…
 また、「教育基本法改正」「防衛庁の省への格上げ」「9条を念頭におく憲法の改正」などがどうして「美しい国」につながるのか。そもそも安倍首相の言う「美しい国」とは具体的にどういうものをいっているのか、説明責任も果たさないまま、「美しい国」なる言葉を連呼する首相。市民一人一人に勘違い、幻想を抱かせる算段であると言われても仕方ないだろう。


 参考:
 ・鈴木宗男の選挙


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