俳句の季語が付いた停留所名からスタートしてブラブラするという…「オリオリの道程」。なぜ「オリオリ」なのかは…四季折々だから。
一応一年間を予定しておりまして、3~5月を春、6~8月を夏、9~11月を秋、12~2月を冬として、それぞれの季節の季語のついた停留所名を廻っていくという形になります。
そして、今回は「冬」編の12ヶ所目ということで…
今回はこちら!
狩場町。国道1号線沿いで、保土ヶ谷と東戸塚の間くらいかな…ちなみに季語は「狩」。狩りって冬なんだ…あと町名の由来ですが、建久4年に源頼朝が当地で狩りをした説と、草刈り場から来ている説がある…そうです。
反対側の保土ヶ谷方面乗り場のところに横浜行きのバスが来ました。ちなみに、歩道橋には「横浜市保土ヶ谷区権太坂」と書いてありますが、それは向こう側の地名でこっち側は「横浜市保土ヶ谷区狩場町」。向こう側の高台は以前歩いているので、今回はこっち側を攻めてみようかと…
バス停からちょっと脇に入ったところにこんなのが…
開園が9時なのでまだ開いてません。
何となく歩く…
すると、こんなのが…道の真ん中に鉄塔が立っているため、その部分が分離帯になっていて、その分離帯のところに…なんでこんなものがおっ立ってるのか…もはやナニにしか見えません…これがホントのナニこれチン百景!
六ッ川…ということはいつの間にか南区に入っていたみたいです。
その…百景のところから上り坂になってまして、分離帯の先で合流したかと思いきやまた分離帯。
梅じゃないよなあ…
坂をクリアした先が突き当たりになってまして、ちょうど市営バスが通過…
そして、突き当たりの手前なんですけど…左端にご注目!
『「大丸縄文の里」並びに「大丸縄文坂」の由来』と書いてある案内板によりますと、この辺りで縄文式土器が発掘されたそうで、しかも我が国最古のものとして学会で認められたとのこと…ちなみに、下調べせずに偶然たどりつくことができたので、二重の驚き!
せっかくなので、たった今歩いてきたばかりの大丸縄文坂を逆戻り。すると、2つ目の分離帯のところに「大丸縄文の里」と書いてありました。
そして、ひとつ目の分離帯の先が、下りの後上りになっていて、その上った先までが大丸縄文坂らしいのですが…次回に続きます。