「政治を国民の手に」国民会議

政治を国民の手に取り戻すために、腐りきった菅政権や検察、裁判所などの実態、権力と癒着したマスコミの横暴を暴きます。

当会への参加のご案内

2010年12月25日 | Weblog
全国における抗議デモにご参加いただいた方、また陰ながらご支援いただいた方、ほんとうに有難うございました。

さて本活動を線香花火に終わらせないためにも「次回デモの準備」や「ミニ集会」などを今後検討する必要があります。 そこで当会の活動を更に発展させるためにもボランティアで活動いただける仲間の皆さんに多数集まっていただきたいと考えています。

そこで参加を希望される有志の方は是非下記メールにてご応募ください。
        netmits@yahoo.co.jp


また我々の活動に対し支援してくださる方からの募金も、下記プチカンパで受け付けておりますので宜しくお願いいたします。

                     
                       「政治を国民の手に」国民会議
                        代表者
                        妹尾晶夫(netmits@yahoo.co.jp




WebMoney ぷちカンパ

全国に拡がる小沢支持の市民デモ

2010年12月21日 | Weblog
小沢一郎のウエッブサイト掲示版に以下のような激励文を贈った。

検察、マスコミの横暴を糾弾し小沢先生を支持する市民デモは10月24日の東京を皮切りに大阪、名古屋、福岡、新潟へと全国展開して参りました。また先日の日曜日(12月19日)は入間市の仲間が今年最後の田園ピクニックデモを行いました。

新春は1月23日に新潟デモ第2弾を皮切りに、1月30日は西宮で、さらに2月初旬には私の担当する名古屋で第2弾を予定しており、年明け後も全国でデモが続々と実施されます。

我々はこのデモを通じ、多くの一般市民が小沢先生の正しさに気付き始めていることを実感しています。昨今の緊迫した政治情勢の中、是非、小沢先生には国会で頑張っていただき「国民の生活が第一」の政治を実現して頂きたいと存じます。

河村市長、小沢一郎を支援しよう

2010年12月19日 | Weblog
愛三岐といわれる愛知県、三重県、岐阜県は極めて保守的な土地柄であった。そのせいか業者と県、市などの自治体、ならびに議会との癒着はズブズブで、特に名古屋市役所とオール市議会の腐敗は酷いものだった。

ところが河村市長になってから、議会も変なことができなくなったため彼らの市長に対する反発は凄まじかった。しかしようやく市民も市議会の実態に気付き始めリコールが成立しそうになっているのだろう。

今回のように市民が立ち上がったということは全国的にも非常に画期的出来事に違いない。一括交付金などの地方への配分が促進される中で、このような市民の監視が利かないと、自治体の腐敗と市民の不幸が一層顕著になるだろう。


国家権力にレッドカードを突きつけるネット市民

2010年12月15日 | Weblog
かつて役人と一緒に仕事をしていた時「彼らは国民への奉仕はそっちのけで、どうすれば法律を役所組織の都合のいいように解釈できるかに熱中している」と感じたことがある。法律の専門家であれば良く判っていることだが、法律というものは何から何まで細かく決めているわけではなく、いくらでも役所の都合のいいように解釈を成り立たせることができる。

国家権力の守護神である警察や検察という暴力装置は、小沢氏や鈴木宗男氏のように官僚機構に都合の悪い政策を実施しようとする政治家が現れると法律を自分達の都合のいいように捻じ曲げて解釈し、時には証拠を捏造し彼らを罪に落としいれ、仕上げは手下のマスコミを操縦し悪徳政治家に仕立て上げ抹殺する、くらいは朝飯前だ。

従って、郷原氏や一部の法律専門家などが小沢氏は真っ白といくら正論を主張してもメディアは勿論、裁判所ですら聞く耳を持たないということは今回の小沢氏の起訴議決却下の決定を見てもよくわかっただろう。恐らく宮崎学氏らが主張するように、マスコミを名誉毀損で訴えても検察や裁判所は相手にしないことだろうことは間違いない。

これではまるで中国や北朝鮮みたいだと思う人もいるだろうが、こんな事は民主主義をうたう米国や英国といった国でも平気でやっていることだ(イラク戦争や911事件などはその典型)。ただ中国・北朝鮮のように露骨ではなく巧妙にやっているところが違う程度であろう。

ところで国家権力を牛耳る役人は選挙で国民から選ばれているわけではないので「国民の声」というものに対し敏感に反応する。「国民の声」を無視すれば自分達の体制をひっくり返される恐れがあるからだ。だから大手マスコミを使って国民世論の誘導に熱心なのだろう。

ところがネット社会になって世論誘導が難しくなりつつあるようだ。すなわちネットによって国民の情報リテラシーが向上し、権力側の思うとおりには誘導できなくなってきたためだ。しかし現時点でのネットの影響力は大手マスコミの1割以下であることも現実で、依然大手マスコミの世論誘導が権力側にとって有効だ。

ところで10月24日に行われたデモは、ネットの情報で理論武装したネット市民が現場に出てきた画期的出来事だろう。今は確かに規模も小さいかもしれないが、今後はネット市民はもとより、この銀座のデモに遭遇し、共感した人々を巻き込みこの活動が怒涛のごとく拡大する可能性もある。

劣化した時代を生きるには

2010年12月13日 | Weblog
検察審査会の「起訴相当」の結果を受けて小沢氏が「これは権力闘争だ」と涙したことが伝えられていた。確かに今回の「強制起訴」は革命家の小沢氏が既存利権構造の官僚組織に叩き潰されたことを意味するのだろう。「強制起訴」という官僚組織の謀略に乗せられた多くの国民は、小沢氏への拒絶感を強くしており、小沢革命政権の成立は極めて難しい。しかしそれは日本という国の劣化が益々進行することを意味している。

一部賢明な市民による検察や検察審査会への怒りも当然ではある。しかし戦前、大手メディアが戦争を煽った時のように、現在のこの状況を変えることは至難の業である。むしろ我々はこの先、国が劣化することを前提に「自分の生活を第一」に考えるべきかもしれない。かつて日本が健全で豊かな時代は一億総中流が可能であったが、これからは一部の人間しか豊かさを享受できない格差社会の時代になるだろう。

そして格差社会で取り残されるのは若者や女性、蓄えのない高齢者、生活に不安を抱える身体障害者かもしれない。とにかく国の劣化を国民が(無意識のうちに)選択した以上、1人1人が自分でできる範囲で転落しないよう自衛するしかないのだろう。しかし、がむしゃらに頑張るだけではなかなか浮かび上がるのは難しい。特に世の中が激しく変化する時代は、情報を集め分析し一歩先を行く生き方が必要になる。

今日のデフレ時代(給与生活者は大変だろうが)私のような年金生活者は、物価も安くまことに居心地の良い時代だと実感している。しかしいつまでもデフレが続くとは限らない。中国の不動産バブルがはじけたり、ソブリンリスクの顕在化などで世界経済が危機に陥れば、我々の生活にも悪性インフレや増税、年金減額などが襲ってくる可能性は十分ある。

今の政治の体たらくを見ていると、もしかするとそれは直ぐそこま近づいてきているような予感もする。とにかく政治に頼れないこれからの時代、我々は自分の身や孫、子供達を護るためにも自衛手段として何らかのリスクヘッジや対策を考えておかねばならないだろう。