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熟年オジサンの映画・観劇・読書の感想です。タイトルは『イヴの総て』のミュージカル化『アプローズ』の中の挿入歌です。

コペンハーゲン

2007-03-06 | 演劇
『ノイゼズ・オフ』(感想はこちら『デモクラシー』(感想はこちら)同様、マイケル・フレインの会話劇は凄い。

円形の舞台上には、椅子が3脚だけの簡素な装置である。その周りを土星の輪か、電子軌道のような帯が、同心円状に傾斜して輪を形作っているて、散歩道や通路の役割を果たしている。
登場人物は、ナチスの原爆開発計画に携わっていたハイゼンベルク(今井朋彦)と、コペンハーゲンでナチスの監視下にあるユダヤ系のボーア夫妻(村井国夫、新井純)の3人だけである。
この3人の亡霊が死後の世界からやって来て、ハイゼンベルクがボーア夫妻をコペンハーゲンに訪ねた、第2次世界大戦さなか1941年の「謎の一日」を振り返る形での再現劇である。決して回想劇ではないのがミソで、検証劇と言い換えても良い。

2人のノーベル賞物理学者は、今はお互いに敵対する国家に属しているが、かつては父と息子のような絆で結ばれていて、ともに量子力学を研究した師弟関係にあった。
危険を冒したハイゼンベルクのコペンハーゲン訪問の真意は、いったい何だったのか? ボーアはアメリカ側の原爆製造に関わっており、その探りを入れるためだったのか? それとも、製造計画の阻止を提案する平和的な意図があったのか?
3人の記憶の不確かさ曖昧さや、深層心理の不思議さが、3人の会話の中でミステリアスな展開を見せ、同じ状況を2度3度とアングルを変えて解き明かしてゆく。それはまるで『藪の中』の科学的な検証のようにみえるが、実は演劇的でもある。

学者同士のエゴ、後の広島・長崎の悲劇を招いた人間の倫理観にまで踏み込んだ会話は、ドキドキするほど刺激的である。
「相補性原理」「不確定性原理」「相対性理論」をはじめ難解な科学用語の奔流には、ただ身を任せるしか対処法はないが、マイケル・フレインの膨大なセリフには、観客を退屈させるどころか、興奮させ虜にしてしまう不思議な魅力がある。
『ノイゼズ・オフ』『デモクラシー』同様、分子構造のように緻密でスリリングな作劇の妙に、今回もすっかり酔わされてしまった。
(2007-3-4、新国立劇場小劇場にて、butler)


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