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熟年オジサンの映画・観劇・読書の感想です。タイトルは『イヴの総て』のミュージカル化『アプローズ』の中の挿入歌です。

バーム・イン・ギリヤド

2008-04-07 | 演劇
”There is a Balm in Gilead to make the wounded whole, there is a balm in Gilead to heal the sin-sick soul.”

オフ・ブロードウェイの秀作や、オリジナル劇を上演するために、ロバート・アラン・アッカーマンが立ち上げた「The Company」の第1作目は、マンハッタンのアッパー・ウェストサイドにある24時間営業のダイナーに屯する若者たちを描いた群像劇である。

アメリカを席巻したドラッグ・カルチャーそのものとも言える本作は、私たち日本人には距離があり過ぎるが、ロック・ミュージカル『ヘアー』あたりと比較すれば解り易いかもしれない。
また社会の落伍者たちが、1912年のニューヨークのバーで飲んだくれてクダを巻く、ユージン・オニールの名作『氷屋来たる』と、明らかな共通項が見えて来るのも興味深い。

さて、30人の出演者が場末の汚いダイナー(見るからに不潔そうに見える、加藤ちかの舞台美術がいい)に集まって、てんで勝手に喋り始めるオープニングは、猥雑で混沌とした社会の縮図そのままである。彼らは、ジャンキー、娼婦、男娼、ドラッグ・ディーラー、ギャングなど、時代背景は違っていても、『氷屋来たる』と同様に、大都会ニューヨークに吹き溜まった、底辺でうごめく人間たちである。

口論や喧嘩で他者とぶつかり合うのも、ひとつのコミュニケーションの形だが、時折インサートされるモノローグは、大都会の片隅の孤独な若者たちの心情を映し出していて、寒々とした荒涼感をもたらす。
アッカーマンの演出は、ダイナーの店内と店外に溢れる総勢30名の群衆処理と、その中から特定の人物に焦点を絞って個を際立たせる、映画的な手法を用いて、そのコントラストが見事であった。
コミュニケーションが断絶したかのように、舞台上の数か所で同時多発的にセリフが喋られても、さほど苦にならないし、理解の妨げにもならなかったのは、ワークショップの成果だろうか。

「ギリヤドには香油がある 傷ついた者を完全にする香油が」
私たちの身近には、罪に病んだ魂を癒す香油が、はたして存在するのだろうか?
60年代でも、そして40年後の現在でも、香油(=魂の救済)探しの彷徨は、依然として続いている。
人間同士の関係がますます希薄になった現在の状況を考えれば、アッカーマンがなぜ今この日本で、ドラッグ華やかかりし時代の芝居を取り上げたのかが見えてくる。
(2008-4-7、新宿シアターモリエールにて、butler)


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