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熟年オジサンの映画・観劇・読書の感想です。タイトルは『イヴの総て』のミュージカル化『アプローズ』の中の挿入歌です。

氷屋来たる

2007-06-21 | 演劇
電気冷蔵庫が普及した現代では「氷屋」は死語になってしまったが、この芝居のタイトルは、その氷屋の配達係のことである。
氷は重たいので、筋骨逞しい若い男であるのがアイスマンの相場で、夫が留守の人妻の絶好の浮気相手として、氷屋ネタは往年のアメリカン・ピンク・ジョークの定番だそうだ。

舞台は1910年代、ニューヨークの場末の木賃宿も兼ねた酒場だけで話は展開する。
登場人物は、3人の娼婦以外は全て男性で、しかも中年か熟年が殆ど。朝から飲んだくれて酔い潰れたオジサンばかりである。
幻滅した革命家(木場勝己が好演)、ハーバード大学ロウ・スクール出身者、新聞社特派員、黒人の元賭場経営者、元アナキスト雑誌の編集長、元詐欺師、元警官など、夢敗れて酒に逃げ込んだ男たちがテーブルにうつ伏した、朝の酒場のけだるい静けさの中でのオープニングである。

この酒場に吹き溜まった男たちは、今はもう手からこぼれ落ちてしまった他愛も無い夢を語り、ぼやき、つぶやき、出口の無い社会に押し潰されたように屯している。
この酒場には年に2回、ヒッキー(市村正親。愛嬌はあるが長セリフの語尾が不明瞭)という人気者のセールスマンがやって来ては常連客たちをお得意のジョークで笑わせている。
今日も酒場の主人(中島しゅうが好演)の誕生日を控え、男たちに唯一残された希望がヒッキーの来店であるかのように彼をを待ちわびている様子が各人のセリフから伺える。
しかし陽気に登場したヒッキーだが、今日は様子が違っていて、どうすれば「真の心の平和」が得られるのかを、酔っ払いたちに説得し始めるのだ。
それに影響されるかのように、淀んだ酒場に波紋が立ち、各人の酔いも一時醒まされたかに見え、最後にはヒッキーの30分に及ぶ告白へと至る。

1回の休憩を挟んだ3時間50分、こんなシビアな人間凝視の演劇は本来なら気が滅入るはずなのだが、全くダレずに約4時間を見入ってしまった。
アメリカの「狂騒の20年代」前夜の1910年代が、どんな時代だったのかよく知らないが、オジサンたちが勝手なことを言って飲んだくれるのは、どこかで見た気がする。
本作のアメリカ初演(1946年)の3年後に、アーサー・ミラーの『セールスマンの死』が初演されているが、明らかに大きな影響を受けていることが判る。
「氷屋」が「死神」に、「セールスマン」が「自滅」へと至る精神的な反転はほとんど同じと言ってもいいくらいだ。
男たちの群像劇であり、彼らはまたバーテンダー(たかお鷹が軽妙)をリーダーとするギリシャ悲劇のコロスにも見えてくる。
生半可なことでは上演が難しい理由が良く解った『氷屋来たる』の上演。新国立劇場演劇部門の芸術監督としての最後に、この至難の作品に敢えて挑戦し成果を挙げた、栗山民也の功績に拍手を送りたい。
(2007-6-20、新国立劇場小劇場にて、butler)


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
本当にヘビーな舞台でした。 (ぴかちゅう)
2007-07-08 15:13:11
初日の次の日に観たのですが、ぐずぐずと書かずに引きずってようやく書き上げたのでTBさせていただきましたm(_ _)m
>こんなシビアな人間凝視の演劇は本来なら気が滅入るはず......butlerさんはコンディションのいい日にご覧になったのでしょう。私は本当なら別の日にしたいくらいの日だったのでこの内容にやられてしまって苦しくてつらくて大変でした。こんな話だってわかってたら観なかったかも?いや栗山さんの最後だしやっぱり観たかな??ビミョーです。でも観劇後はやはり栗山さんの締め括りの作品として歴史に残る舞台だったと思えました。
そして次の監督の鵜山さんのギリシャ劇3連作もさっそく観る気が湧いてきてます。
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執念の観劇! (butler)
2007-07-08 22:38:41
>ぴかちゅうさん、

体調がお悪い中、まさに執念の観劇ですね。(笑)
この作品はそうそう観る機会がありそうにありませんから
大変でしたでしょうが、後悔するよりは良かったかも。

鵜山さんスタートのギリシャ劇アレンジの3連作、
新作というのが気懸かりで、今ひとつ食指が動きません。
どうなりますことやら…。
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