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熟年オジサンの映画・観劇・読書の感想です。タイトルは『イヴの総て』のミュージカル化『アプローズ』の中の挿入歌です。

コリオレイナス

2007-02-08 | 演劇
オープニングでは、一昨年の歌舞伎座『NINAGAWA十二夜』(感想はこちら)でも用いられた、舞台全面を覆う鏡が観客席を映し出し、舞台に照明が入るとマジックミラー効果で宝塚歌劇もビックリの20段の大階段が見えてくる。階段上には、4体の四天王像が民衆を睥睨するかのように屹立している。そこは古代ローマの広場で、貴族への不満を募らせた民衆の騒乱の真っ只中である。現代の観客とローマ時代の移り気な民衆を一瞬にしてオーバーラップさせた見せた衝撃的な幕開けだ。
階段もまた鏡同様、蜷川幸雄がよく使う手法で、権力のメカニズムとしての力関係が視覚的に分かり易く、また動きにダイナミズミを持たせる効果がある。

シェイクスピアの作品の中でも、本作ほど大衆をひとつの集合キャラクターとして捉えた作品を他に知らない。彼らは徹底的に愚かな烏合の衆として描かれている。それはまるで鏡に映された私たちと状況に二重写しであり、ゾッとさせられる。ギリシャ悲劇でコロスの扱いに手馴れた蜷川ならではの演出力であろう。
その衆愚をあからさまに軽蔑するのが、高潔だが傲慢で大衆へのお追従など死んでもしたくないローマの武将コリオレイナスである。
コリオレイナスを演じる坊主頭の唐沢寿明が実に素晴らしい!舞台俳優にとっては不利な小顔も決してデメリットにはなっていない。
彼に限らずキャストの男優は全て坊主刈りで、スッキリとして坊主の方が衣装がよく映えることが判った。
唐沢に負けず劣らず凄いのが母親役の白石加代子だ。市民への口先だけの言葉なんて私生児みたいなものだから、何ら責任を感じる必要はないと息子を諭す場面や、ローマを追放され、かつての敵将と共にローマに報復しようとする息子を訪ねて翻意させようとする場面は、白石の気迫の演技に圧倒される。
この猛母にかかっては武将コリオレイナスも単なるマザコンにしか見えない。白石の前では若妻役の香寿たつきなど霞んでしまって気の毒なくらいだ。

民衆と貴族、息子と母親との関係の他にも面白い関係がもう一つある。コリオレイナスとヴォルサイ人の敵将との関係である。
コリオレイナスという名前もそもそも陥落させた都市から取った称号なのだ。屈辱感いっぱいの敵将を演じる勝村政信も素晴らしい。かつては宿敵だったコリオレイナスと手を組んでローマに攻め入ることになるが、倒錯した愛憎の感情表現もみどころのひとつである。

時代は古代ローマだが、衣装は日本の戦国時代風でもあり、モロッコ風でもあり、要するにアジアンテイストの無国籍風である。
効果音や舞台美術も般若心経を意識させる仏教ムードで、悲劇の主人公の最後に虚無感を漂わせる読経がながれ、大衆を拒否し続けた、ある意味で潔い武将の最後のカタルシス効果を生んでいる。
昨年の『タイタス・アンドロニカス』(感想はこちら)に続いて、4月の英国公演での評価が楽しみだ。
(2007-2-7、彩の国さいたま芸術劇場大ホールにて、butler)


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12 コメント

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蜷川さんのアジアンアイデンティティ! (ぴかちゅう)
2007-02-09 02:49:49
私も1/28に観た感想を本日アップしたので(遅くなってますが)TBさせていただきましたm(_ _)m
海外に持っていく作品は媚びるジャポニズムじゃなくてアジアンアイデンティティという考え方で舞台づくりをしていると今回何かで読んで、とっても納得しました。今回の作品もロンドンに持っていっていただくのに、とてもいいと思いました。
階段は「幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門」や「タンゴ、冬の終わりに」の階段席と比べながら観ていました。角度とかは違うけれど、観客にはけっこう観やすいですね。演じる方の負荷は大きく、またそれで役者から大きく力を引き出す手段でもあるようです。
鏡は蜷川さんの挑発を感じました。タイトルもそれにちなんでつけました。
>4体の四天王像.....そうそうこれも全部が階段の上部の扉の奥にあったり、手前の階段に段差をつけて並んでいたりしてその雰囲気を楽しめました。仏像けっこう好きなんですよ。階段の上の扉の中で鏡に経文を書いてあったものが気に入りました。そして最後の般若心経ですからね。
悲劇の中では一番気に入りました。オールメールシリーズの喜劇にも期待が高まります。
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シェイクスピアはわれらの同時代人 (butler)
2007-02-09 12:34:55
>ぴかちゅうさん、

TB&コメント、どうもありがとうございます!
蜷川さんの演出は、何やかや言ってもやっぱりパワーがあり、解りやすいのが観客に支持される所以でしょうね。
ですから、形容詞的な冠がジャポニズムであってもアジアン・アイデンティティであっても、観る側の自由だと思います。
そもそもシェイクスピアの作品が持つ普遍性が(これはギリシャ悲劇も同じですが)、如何ような解釈も可能にして、世の演劇人の創造力と想像力をかき立てるのでしょうね。
昨年観た『タイタス・アンドロニカス』は作品の性質上、いまひとつもの足りない部分がありましたが、今回は満足できました。

今回も2階サイド席でしたが、安くて観易くて結構好きです。オール・メール・キャストの喜劇も気になりますが、喜劇のほうが絶対難しいですよね。そのへんが…。

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Unknown (クワスト)
2007-02-09 15:41:08
こんにちは。butlerさんは相変わらず私のツボをついてくる舞台をご覧になっていて羨ましいです。

>市民への口先だけの言葉なんて私生児みたいなものだから、何ら責任を感じる必要はないと

こんなセリフ生で聞いてみたいです(笑)。

しかし東京は本当に興味深い作品をいつもやっていますね。ロングランシステムがないのが逆にいいからでしょうか?でも全部が限定期間だと口コミで客層が広がっていく、ということがないのが残念ですよね。例えば蜷川さんの作品を観たことがない人が、評判がいいから観にいってみようか、っていうことはできないでしょうね、今のシステムでは。(蜷川さんのファンやキャストのファンに前売りが買い占められているでしょうし)だからDVD販売とか舞台中継がTVであるのかしら?
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日本演劇界の歪み減少 (butler)
2007-02-09 20:03:30

>クワストさん、お久しぶりです。

おっしゃる通り、今回の『コリオレイナス』のチケットも苦労しましたが、希望のマチネは取れませんでした。

さいたま: 9000円、7000円、5000円
名古屋: 11000円、9000円
大 阪: 11500円(全席)
福 岡: 11500円、8400円 

今回のさいたま芸術劇場(約770席)に限って言えば、首都圏の観客は断然恵まれています。但し電車代が掛かりますが。(笑)
僕は5000円席でしたが、2階のサイド席でも全く問題ありませんでした。
勿論良い席に越したことはないですが、最近は安い席をゲットすることに悦びを見出すようになりました。(笑)

四季は別ですが、宝塚も含めた日本の演劇界は、アメリカと違って二次収入の映像化に頼った部分がありますから、そこで短期間興行の収入不足を補填してるんでしょうね。
これって本来のナマモノの舞台芸術とは相反しますよね。
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私もチケット代の高さに困ってます (ぴかちゅう)
2007-02-11 03:22:05
さいたま芸術劇場の彩の国シェイクスピアシリーズは芸術監督でもある蜷川さんの連続企画なので安い席があるのだと思われます。
同じ蜷川さんでも「エレンディラ」は5000円の席がないかもしれないと戦々恐々としています。
>最近は安い席をゲットすることに悦びを見出すようになりました。
私もご同類です。友人からは放送大学の単位受講生になって学割料金が使えるようにすればとすすめられてます。しかし定年前には無理そうかなと思ってます(^^ゞ
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定年→学生 (butler)
2007-02-11 11:24:05
>ぴかちゅうさん、

放送大学の単位受講生の情報ありがとうございます。
定年間近の身には一縷の望みです。(笑)

『エレンディラ』のチケットは12,000円と7,000円の
2種類だけのようですね。
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最近は小劇場に通っています。 (ヌートリアE)
2007-02-14 23:47:15
こんばんは。
ご無沙汰しています。
相変わらず忙しい毎日で、その間の安らぎは今まではほとんど映画だったのですが、先月偶然にコーヒー牛乳の「ローヤの休日」を見てから、俄然演劇熱を発してしまい、毎週映画を見ては演劇に通っています。
大体メジャーの演劇は見たいときに見れないときが多かったので、今は行く前の日にネットで予約を取ってから当日観劇しています。
この調子でハシゴをしたこともありますし、すでにもう8劇団を見たことになります。
この数はほぼ1年間の鑑賞数で、自分でも驚いています。
おそらくbroadwayさまの知らない劇団ばかりだと思います。
値段も1500円ぐらいから3000円ぐらいです。
大体でも満員ですよ。
王子で1500円の「砂の女」を見たときは質も高く驚きました。
演劇は値段でないのは分かってきました。みんな結構うまいです。質が上がっているような気もします。12日には神楽坂で G・ガルシア=マルケスの「百年の孤独」をテクストにした「豚の尻尾 ー金色の血をもつ一族の物語ー」を見ました。
劇団は UMPTEMPです。
美術も立派で、格調のある南米劇で、驚きました。
かなりシリアスな演劇だったのできつかったですが、それでも面白かったです。
ほとんど一人で見ていますが、演劇は二人で見る人が多いですね。
では、また。
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コメントのタイトル訂正します (butler)
2007-02-17 10:56:45
日本演劇界の歪み減少

「減少」を→「現象」に訂正します。
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はじめまして (とみ)
2007-02-21 21:50:36
>butlerさま
はじめまして。風知草のとみといいます。ぴかさまのところから参りました。上方で細々と観劇している雑食系です。観劇暦は細く長く,平幹アンドロマック他,自由劇場ジェネレーションでございます(チト言い過ぎ。)。演劇に係る全ての方に感謝を込めて書いております。
コリオレイナスは,成功体験の糸を紡ぎ織り上げた曼荼羅のような素晴らしく美しい舞台でした。キャスティングも勝利を目指した最高の布陣ですし,戯曲の選定もgoodです。レイフ・ファインズ版やケネス・ブラナー版を超えて英国演劇界をかつ目させて欲しいものです。
もし,よろしかったら,拙宅におこしいただけましたら幸甚でございます。かなり同じお芝居や映画を拝見しております。
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久しぶりだなぁ~(嘘です) (butler)
2007-02-21 23:04:54
>とみさま、
お富さんでもいいですか?

はじめまして。
最初から失礼しました。

私の観劇スタートも関西です。
紅テントの状況劇場が鴨川の河原、黒テントが大阪下町の空き地、玉三郎のお染の七役が南座、文楽が道頓堀の朝日座、藤山寛美の松竹新喜劇が中座、新劇が毎日ホールとサンケイホール、越路吹雪のミュージカルが梅田コマ、そしてレビューは宝塚と、全く同類の雑食系です。(笑)

本当にかぶった作品が多くて嬉しい限りです。
これからも、時々お邪魔して過去の記録もじっくりと拝見させていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

TB&コメントに感謝します!


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