サイレント

静かな夜の時間に・・・

氷河期(5)

2006-10-29 20:40:48 | Weblog



「クトゥルー??」
私はなかば呆れ顔で聞き直した。

「おかしなこといってないで調べ直せ」
私はカゲに再調査を命じた。


私はあの晩から、さらに一週間ほど連続して、
東京の中心部に防壁を張り続けた。

その間、北陸のある県では、
寒波と積雪によって大きな停電があったし、
東北のある県では、
突風による列車の脱線事故があった。

大停電はものの二日で復旧し、
凍死や餓死などの被害は避けられた。
脱線事故の方は、
驚くほど少ない死者数にとどまった。


私「あのあたりには・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「どう考えてもスゴ腕がいるな」
カゲ「・・・・・・」

今回大停電があった県は、
数年前の大地震のときも驚くほど死者数が少なく、
しかも走行中の新幹線が脱線したのにもかかわらず、
ひとりの死者も出さなかった地域だ。
ガケの中に埋まった自家用車から、
生存していた子供が奇跡的に救出されたのも驚きだった。


今回、北陸や東北だけではなく、
関西や中部なども例年では想定しにくいほどの、
寒波や積雪に見舞われていた。
日本列島の大部分が大寒波に襲われていた。
首都圏は、無事だった。

もし、首都圏で大寒波と大雪による、
大規模停電と交通網遮断と物流途絶が生じていたら、
その状態で一週間以上も氷点下に曝されていたら、
いったいどうなっていただろうか・・・

そして、
記録的な寒波は、日本だけではなかった。
ロシア、ウクライナ、北欧などユーラシア北側のみならず、
この年末は、
欧州全域、北米、そしてインドまでも歴史的な厳冬となった。
世界中で多数の凍死者が生じることになるのである。


私「クトゥルー??」
カゲ「・・・・・・」
私「あれは作り話だろう?」
カゲ「・・・・・・」
私「からかってる場合じゃないぞ」
カゲ「・・・・・・」

再調査を命じられたカゲが、再度同じ報告をした。
私はすぐには信じなかった。

だって、当然だ。
クトゥルー神話など、
作家たちの手によるただの架空の創作神話にすぎない。


クトゥルー神話・・・
20世紀前半にラブクラフトによって小説として創始され、
その後ダーレスによって整理された架空の神話体系である。

太古に地球を支配していた異形の旧支配者たちが、
現在は地上から姿を消しているが、
やがて現代に蘇るかもしれない・・・
というコンセプトが基本となっている。


私「ああ、そうか」
カゲ「・・・・・・」
私「例のインスピ・リークか」
カゲ「・・・・・・」

インスピ・リーク・・・
私の造語である。

この世の人間が、ある時ふいに、
直感的になにかをひらめいたりイメージがわく時、
実はそのインスピレーションの内容は、
異界の住人に吹き込まれた場合が多い。

ときに、先祖が危険を教えてくれるケースもあるし、
自分が死んだことを肉親に知らせるケースもあるし、
重要な科学的発見のヒントを科学者が授かったり、
独創的なモチーフを小説家や漫画家が受けることもある。

断言しよう。
インスピレーションというものは、
ひらめいた人間が完全に独力で直感することは、
驚くほど少ない。

直感力のある人というのは、
実は、受信能力の秀でた人ということだ。


そして、
異世界での出来事や、異世界の住人の存在を、
小説家などのこの世の創作者が、
インスピレーションをきっかけにして表現することがある。
これを、
私はインスピ・リークと呼んでいる。

小説家が現実離れした創作小説として書いたものは、
あくまで架空のフィクションであり、
それを読んだ人は誰もが、
それらを決して現実ではない作り話として楽しむ。

しかし、
多くの人の記憶の中にずっと残り続け、
何世代にもわたって記憶されていくことには、
リークした側の異世界の者には大きな意味がある。
ある種のアピールとなるからだ。


例をあげる。
誰もが知っているあの「西遊記」である。
三蔵法師がありがたいお経を求めて、
中国からインドに長い旅に出る。

その三蔵法師を、
半人半獣の猿と豚とカッパがお供をして、
さまざまな異形の化け物の攻撃を退けながら、
旅を続けていく。

三蔵法師は玄奘三蔵という実在した人物だ。
しかし史実では、彼はたった一人で旅を往復した。
彼の回りには孫悟空も猪八戒も沙悟浄もいなかった。
あたりまえの話だが、
半人半獣の猿や豚やカッパなど実在するはずがない。

しかし、
異世界的には、どうも西遊記は史実らしい。
三蔵を、不可視の守護者たちがガードしつつ、
行く先々で奇怪な妖怪たちを撃退していった・・・そうだ。

「西遊記」は玄奘三蔵の死後、
およそ千年ほどたったあとに、
中国のある作家が空想的な物語として書いたといわれる。
「西遊記」はなんと、約500年かけて世界中に広まり、
現在では、洋の東西を問わず老若男女に人気がある。

あと数千年くらいしたら、
いつ誰が書いたということは忘れ去られ、
「西遊記」のストーリーだけが世に残るかもしれない。
そうなったらもはや、
これはひとつの神話といえるだろう。


インスピ・リークの実態としては、
いくつかのパターンがある。

ある異世界の者が、表現力の優れた人間に、
書かせたいことを吹き込んでイメージさせるパターン・・・
異世界の者が、自分の関係者を人として転生させて、
インスピレーションを授けて書かせるパターン・・・
そしてさらには、
異世界における物語の主役本人が、
人間として転生して記憶を蘇らせながら書くパターン・・・
などがあげられる。


さて、問題はクトゥルーである。

仮にカゲたちの調査が間違っていないとすれば、
クトゥルー神話の面々は異世界に確かに存在し、
彼らは太古の昔、この星の管理者たちだったことになる。

今回、彼らは寒波と降雪で攻めてきた。
おそろしく短絡的に推察するならば、
彼らは地球が寒波と雪原で覆われていた時代の、
旧支配者、つまり旧管理者であろう。

氷河期時代の旧管理者たちということだ。

彼らがもし、これから本格的に復活し、
再びこの星における覇権を狙うのであれば、
それは、
地球が氷河期に再突入することを意味するはずだ。