サイレント

静かな夜の時間に・・・

氷河期(8)

2006-11-03 21:01:08 | Weblog



私はさっそく仕掛けることにした。

私「標的を正確に捕捉、見失うな」
カゲ「・・・・・・」
私「まず対防オーロラをかけとけ」
カゲ「・・・・・・」

対防オーロラとは、
標的の上空にオーロラを出現させるのだが、
これを標的が見てしまうと、
よほど強力でない限り標的の防御が無効化される、
というものだ。

何重にも防御を張りめぐらせているであろう相手には、
あらかじめ対防オーロラをかけることがある。
しかし、使わないことの方が多い。
一枚一枚薄皮を剥ぐように敵の防御を破っていく方が、
やり方としては私はずっと好きだ。

私「アルティメット・サンを発動」
カゲ「・・・・・・」

オーロラの次は灼熱の太陽である。
これは単純に目くらましだ。必ず別の手を同時に使う。

私「MBB一万発を連弾」
カゲ「・・・・・・」

MBBとは、マイクロ・ブラックホール・ボムの略である。
読んで字のごとくだ。
要するにただの小型ブラックホール爆弾である。

私「四方と上下からステルス軍を進めろ」
カゲ「・・・・・・」

ステルス軍とは、全兵器全兵が透明化されており、
相手からは認識されにくい。

私「忍軍を敵陣内部にテレポートで送り撹乱させろ」
カゲ「・・・・・・」

後方撹乱や敵陣内工作に、しばしば忍者部隊を使う。

「十兵衛、正面からゆっくりいけ」
私は、十兵衛に指示を出した。

「目立っていい、注意を引きつけろ」
十兵衛には絶対の信頼を私は置いている。
彼はこの数年間、それだけのことをしてきた。


私はたまに、十兵衛を生み出したときの事情を、
昨日のことのように思い出す。

数年前の9月初め、
ネットのある掲示板のあるスレッドで、
興味深い人物がいた。女性だった。
彼女は、地の底の龍と話ができるといっていた。

彼女が会話できる地の龍、つまり地龍は、
南関東の地下にたまっている地震のエネルギーを、
たくさんいる彼ら地龍の一族のみんなで、
東北沿岸や千葉沖や茨城沖に流していると語っていたそうだ。
それで南関東の大地震を可能な限り防ごうとしていると。

そして、その女性がいうには、
彼女に話しかけている地龍にはある悩みがあって、
その解決法を探している、とのことだった。
その悩みとは、
東京中心部の西側にたまっている地震エネルギーを、
東京よりもずっと西に運びたいのだが、
西の方には富士山があり東海地方があり、
飛ばすなら名古屋付近になってしまうと。

東京を守るために名古屋を犠牲にするのもいいこととは思えず、
それで地龍とその一族は深刻に悩んでいる、とのことだ。
女性は地龍の悩みをそのまま文字にして、
その掲示板のそのスレッドに書いていた。

私はレスを入れた。
「とりあえず西に飛ばして山か海に弾くしかないだろう」
別の誰かがすかさずレスをした。
「お山はいま手一杯です、山以外にお願いします」
おそらくこれは山の関係者だったのだろうか。
浅間山噴火のこともあったし、富士山も不気味な時期だった。
私は再度レスを入れた。
「じゃあ海だ、名古屋に飛ばして海に弾くしかない」

私はこの直後、深夜から夜明け前にかけて、
十兵衛を生み出し、そして命じた。
私が今までに生んだどのカゲよりも強くあれ、
どんな者が相手でも決して負けるな、
私が命じた仕事は必ず成功させろ、
以上のことのためにお前は私の肉体を賭けていい、
私がこの肉をもって生きている限りお前は死なないし負けない、
お前が負けて死ぬときは私の肉が滅んで私が死ぬときだ・・・

私は十兵衛にさらに命じた。
これからすぐに名古屋にいけ、
そして地龍たちが東京から西に流した地震波を海に弾け、
東京も名古屋も両方とも壊滅させない、
決して失敗してはならない・・・

私は地龍に使者のカゲを出し、
その上でさらに、私は夜明けにレスをした。
「地龍さん、こちらは準備完了。いつでもOK、今月中に希望」

まさにその日の夕方から、
伊勢湾の南、紀伊半島の東の沖で、
M7クラスの地震の激しい連発が始まった。
それは何ヶ月も続いた。
私は安堵し、そして祈った。
9月の中旬、私は胃痛を少し感じ、そして黒色便が出た。
私のカゲに何らかのダメージがあると、
それは私の肉体に返ってくる。
私は市販の胃薬を服用し毎日牛乳を多く飲み、そして祈った。
負けるな! 私も負けないから!

私と女性と山の係のネット上のやり取りは、
いまもネットのどこかに過去ログが確実に残っている。
私は特に探し出して読もうとは思わない。
しかし、ごくたまに思い出す。とても懐かしい。
十兵衛誕生のエピソードだからだ。


話を戻す。
クトゥルー族が相手の話だ。

私は念には念を入れるタイプだ。
日常生活はとてもいい加減だが、仕事になると別人になる。
十兵衛にサポートを数人つけることにした。

私「図書館から、少佐と東郷と空海を呼び戻せ」
カゲ「・・・・・・」

少佐は近接戦闘とハッキングが得意であり、
東郷は遠距離狙撃に長けており、
空海は防御破りの専門家だ。

図書館・・・
時空操作の履歴を調べることのできる場所である。
いや、場所という表現は適切ではないかもしれない。
いいにくいのだが、つまりはそういうところだ。
図書館には、過去や現在や未来の、
さまざまな記録がある。膨大な情報量だ。
人間の頭脳では、
きっとここに蓄えられている情報量を消化することは不可能だ。
私も当然不可能だ。私は人間にすぎないので。

実は私は、
自分のカゲたちの主力のほとんどを、この図書館に送っている。
そういう仕事なのである。


「少佐、東郷、空海、十兵衛を支援しろ」
私はこの四人だけでも何とかなるだろうと思いながら、
今回は自分も参加しようと決めていた。

「孔明、私が出ている間、指揮を任せる」
私の側近にはガードチームのほかに、
参謀スタッフのような連中が数人いる。
彼らは政略参謀、戦略参謀、戦術参謀に大別できる。
孔明、アウグストゥス、マキャベリ、子房、クラウゼヴィッツ、
孫子、ハンニバル、半兵衛、マンシュタイン・・・

孔明とは、私のカゲたち全体の統括責任者だ。
私が普段やり取りをしてるのは、この孔明である。

「じゃあ、任せたから」
私はおよそ半年ぶりに出かけることにした。
引退前でさえ年に数回しか直接自分では動かなかった。
うまくいくだろうか・・・







氷河期(7)

2006-11-03 11:18:09 | Weblog



私「さて、誰をどう使うかな」
カゲ「・・・・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「なんかいいたそうだな」
カゲ「・・・・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「たまには自分でやったらどうです?」

カゲは、時に私の心臓をえぐるような、
そんな厳しいことをいう。

私「私が? 自分で?」
カゲ「そうです」
私「・・・・・・」
カゲ「ずっとやらないと忘れますよ」

それはその通りだ。
そういえばもう半年近く自分ではやっていない。
ずっと、カゲたちを使ってばかりだ。


最後に私が自ら手を汚したのは、
たしかブッチを仕留めたときだ。
ブッチを葬ってから私は仕事がイヤになった。
一時的に引退してしまった原因のひとつでもある。

ブッチとは、
私が一年以上かけて何度も争った、
かつて私の最大のライバルだった男だ。
彼はこの世に肉持ちとして生きていた。
不撓不屈の巨漢の大男だった。
彼は何度私に敗れても、繰り返し挑んできた。
どれほど傷付いても、決してあきらめなかった。
そして最後には、彼は脳出血で死んだ。

その最後のとき、私はカゲたちに任せきりにはせず、
自ら陣頭に立って動いていた。

帰ってこい!!
どんなに呼んでも、彼は二度と帰ってはこなかった。
戻ってもう一回やろう!!
私がどう叫んでも、彼は二度と戻ることはなかった。


私「わかった」
カゲ「・・・・・・」
私「今回は私もやる」
カゲ「・・・・・・」
私「ちょっとだけな」
カゲ「・・・・・・」

今回の相手は、
ほぼ間違いなく数万を超える配下が周辺にいるだろう。
いや、数万では過小評価になるかもしれない。
私が使うカゲたちのような存在が、
相手にも無数にいるはずと考えるべきだ。

私はカゲたちに陽動を任せて、
その間隙を突いて自分で動くことにした。

陽動を受け持つグループには、
核となる者が必要だ。
簡単には倒されることのない、強い者でないといけない。


「十兵衛を呼べ」
あの、柳生十兵衛を、ぜひ想像してもらいたい。

十兵衛は五本指の中のエースである。
そして同時に、
私のカゲたち全体の中でのエースでもある。