
本日4月18日は歌舞伎や映画・ドラマでもお馴染み『江島生島事件』に関係のある日です。
『江島生島事件』とは江戸時代の江戸城大奥で総取締役を務めていた「江島」という女性と、人気歌舞伎役者の「生島」という男性が禁断の恋に落ちて罪に問われたというエピソードを指しています。
徳川7代将軍家継のころ、大奥総取締役の「江島」は将軍家継の生母・月光院を支える存在でした。その「江島」の存在を快く思わなかったのが、前将軍家宣の正室・天英院の一派です。
「江島」は上野寛永寺への代参の帰り、懇意の呉服商の招きで歌舞伎役者の「生島」と知り合います。お互いに惹かれあうもののあった二人は、恋に落ちて密会を重ねたことが露見して断罪の憂き目を見たのでした。
歌舞伎役者「生島」は三宅島への遠島(島流し)、「江島」は月光院の嘆願もあって罪一等を減じられ高遠藩への流罪となります。
その「江島」の流罪が決まったのが、正徳4年の4月18日だったのです。
高遠藩は信濃(長野県伊那市)にあり、「江島」は藩内の屋敷に幽閉されました。食事は一汁一菜・菓子や酒類は禁止、衣服は木綿のみ、手紙のやり取りや面会も禁止という厳しい生活を送ることとなります。
「江島」は亡くなるまで高遠に留まり、その地で60歳で亡くなったと伝えられています。
(※画像は『江島生島事件』を描いた映画「大奥」より)
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