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特定失踪者を取りあげた記事の紹介(4)

2008-05-06 | 記録
足跡が消えた日 特定失踪者を追う第4部 


神戸新聞の独自取材、特集記事をご紹介します。
連載記事ですので一回目だけを掲示します。
※続きは、下記リンクを辿って、全編を是非ご一読願います。
足跡が消えた日 特定失踪者を追う第4部 目次

(1)大山まで車内に旅程記録残して
         
失踪した広田公一さん  広田さんの車が放置されていた南光河原駐車場=鳥取県大山町  

 〈午前9時半 尼崎出発、12時牛窓、喫茶もみじ午後3時着、午後3時半発 大山着午後6時20分〉

 一九八四年七月二十一日は、夏休み最初の土曜だった。尼崎市の西武庫団地に住んでいた広田公一さん=当時(30)=は、自家用車で鳥取県・大山へ向かった。そして、消息を絶った。車だけが登山口に近い南光河原駐車場で見つかり、車内に旅程の記録を書いたメモがあったという。

 私たちは昨年十一月、約三百二十キロに及ぶ、このメモのルートをたどってみた。

 海沿いにペンションが並ぶ岡山県瀬戸内市牛窓町。穏やかな海に島影が映る。

 広田さんが、海水浴客で込む町にわざわざ足を延ばしたのは、観光のためか、ほかに目的があったのか。私たちに答えを探すすべはなかった。

▲▽

 広田さんは西脇市出身。立命館大を卒業後、日本自動車連盟(JAF)に就職し、経理担当だった。「週末に大山へ行く」と、電話で聞いていた二歳上の姉、勅子(のりこ)さんは登山をすると解釈した。

 失踪(しっそう)直後、広田さんの家族もメモのルートをたどった。二〇〇三年以降、広田さんの親族の依頼を受け、特定失踪者問題調査会の常任理事岡田和典さん(58)も調べ直した。

 岡山県総社市の国道180号沿いで「喫茶もみじ」を見つけたのは家族だった。そのとき、広田さんの写真を見た常連客が「大山までの道を聞かれた。女性と一緒だった」と証言したという。だが、確実な情報とは言い難い。一人旅だったのか、同行者がいたのか、謎は残る。

 もみじは二〇〇〇年に閉店していた。私たちは元経営者の女性(67)に会えた。かつては大山へ向かう観光バスが店に寄ったが、山陽道などの開通で客が激減したという。広田さんのことは予想通り「知らない」と首を振った。警察が調べに来たこともないという。

 長いドライブの末、南光河原駐車場に着いた。

 大山は雪雲の中だった。広田さんが訪れた七月下旬は登山者が最も多い季節だが、晩秋の夕刻に観光客の姿はなかった。赤い登山届ポストだけが目についた。当時、広田さんの届けは出ていなかった。

 失踪した日の登山者は約二千五百人、駐車場に約三十台の車が止まっていたという。だが、目撃情報はなかった。



 北朝鮮に拉致された可能性を否定できないとして、家族が調査会に届け出た特定失踪者。一九八〇―九〇年代を中心とする時期の失踪者たちは、消息を絶った日がはっきりとしている。そこで、ふっつりと足跡が消える。謎だけを残して。

(企画報道班)(2008/03/01)

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バックナンバー
(1)大山まで車内に旅程記録残して(2008/03/01)

(2)警察犬「山で遭難」の確証もなく(2008/03/02)

(3)やぶの中「なぜ」の答え定まらず(2008/03/03)

(4)入社式就職に悩み募らせた2人(2008/03/04)

(5)女児の声自宅に相次いだ不審電話(2008/03/05)

(6)派遣労働自立にもがく息子の姿(2008/03/07)

(7)母娘の名を言うのもつらい(2008/03/08)

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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2008-09-10 23:32:47
広田さんは牛窓では何をしたんでしか?

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