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見えないから「闇」だが、その世界は存在する

2007-07-18 | 燕山の声さん投稿集
投稿者:燕山の声さん 投稿日:2007年 7月 4日(水)



この一年余り南米から北米、アジア、オセアニア、欧州、そしてアフリカまで(中国燕山を中心に)いわばグレートジャーニーを逆回りして多くの民族に接し感じたことから、北朝鮮・民族の問題を、少し離れた位置から俯瞰してみたい。このHNでの投稿もたぶんこれが最後になるので、板汚しの駄文に少々お付き合いください。

非礼を承知で言えば、アフリカの諸国民族は自分で自分の国を維持管理する能力が不足しているのではないか、一時が万事おおざっぱ・いい加減、よく言えば鷹揚・素朴で、政府レベルの公式アポも庶民レベルの待ち合わせ時間もアナだらけなのである。決め事が決めた通りにちっとも進まない。1960年代の独立以降、無理やり近代国家の体裁を整えようとしているわけだが、今の社会形態なんて欧州に住み着いたコーカソイドが300年前、あるいは100年前の彼らのヒエラルキーの中で考案した折衷案に過ぎず、ここの連中にはもともと馴染まない仕組みなのではと思う。

気候変動で登る木の無くなったアフリカ東部の猿が地面に降ろされ二本足歩行の猿人が現れたのが500万年前、今の我々に通じる種としてのヒトが発生したのは約250万年前のこと。それから何度もアフリカを脱出したがネアンデルタール、ジャワ原人、北京原人など化石だけを残してことごとく絶滅(死滅)していった。そしてほんの約5万年前にアフリカを脱出した、ミトコンドリア・イブの子孫たちのみが、なぜか卓越した適応能力・知恵を持っていて、氷期でも死に絶えず急速な勢いで世界へ広がる(人種の分化はさらにそのあとの出来事だ)。気候変動と部族間殺戮の中での繁栄衰亡を経ながら、生き延びるための「ワル知恵」により長けたものが新天地の逆境の中で生き残ってゆき、そして、本家のアフリカにはホモサピエンスの原型が残ってしまったのではないか、近代国家社会とは無縁の、自然と調和しながら500万年平和に幸せに生きてこられた素朴な姿で。

                            *

世の中を実際に動かしていながら、市井の我々には見えてこない世界がある。旧社会党の北朝鮮への「拉致人選・日本人供出」を私は事実だと思うし、これは参議院選を前に政敵の息の根を止める恰好のネタなのに、自民の議員はだれもこれを口にしたことはない。ヒル次官が先般ドイツの会議で北朝鮮に色仕掛けで篭絡されたのも常識的裏ネタだが、マスコミは決して触れない。なぜだろう。

久間大臣の「しょうがない」の何がそんなに問題なのか、被爆関係者の私にも良く分からない。どうせ騒いでるのは騒ぐのが目的の連中だろ。私には「アメリカは原爆でひでぇことしやがったが、これもまぁ起きてしまったことは前向きに解釈するよう自分を納得させるしかしょうがあるめぇ・・・・」程度の印象しかないし、北朝鮮・中国の今の核のほうがはるかに「問題」だと思うが。以下はこの「しょうがない問題」にからめた今朝の朝日の記事の、過去に「問題になった閣僚発言」リスト;

松尾文相:「(日韓併合は)韓国側にもいくらかの責任がある」
奥野国土庁長官:「(戦前は)白色人種がアジアを植民地にしていたのであり誰が侵略者かといえば白色人種だ、それが日本だけが悪いことにされてしまった」
永野法相環境庁長官:「(南京大虐殺は)でっちあげだと思う」
桜井環境庁長官:「日本も侵略戦争をしようと思って戦ったのではなかった」
江藤総務庁長官:「(日韓併合の)村山発言は誤りだ、植民地時代に日本は良いこともした」
西村政務次官:「日本も核武装したほうがええかもわからんということも検討せなアカンな」
・・・・
これらを「問題発言」としてあげつらうのは朝日の勝手だが、上記旧社会党の日本人奴隷輸出犯罪やヒルの篭絡よりも「問題」だとは、私は思わない。

やや古い本だが、ユダヤ社会の闇の部分を描いた「ダイヤモンドは永遠か」(エドワード・エプスタイン 田中昌太郎)と「赤い盾」(広瀬 隆)という名著がある。「ダイヤモンド・・・」には、保守的な日本伝統文化をデビアスの思惑通りに変え日本を世界屈指のダイヤ消費市場にしたことが「成功例」として冒頭に紹介してあり、「赤い盾」では世界を裏で操るロスチャイルドの闇の深さをうかがい知ることができる。(「ブラッド・ダイアモンド」に描かれた世界は30年以上前からあった周知のこと、しかもあの映画は黒人民族運動に対する偏見のカタマリの犯罪的愚作であり、今この時期にああいうのを作らせた仕掛け人とその背景を我々は見据えるべきだろう)

                            *

日本の明治維新において我々の先代は、ものすごいことをした。奇跡あるいは神がかり的といってよい。自らの意志による封建制から近代国家への急速な大転換が、なぜ日本にだけできたのか、アフリカや中東、アジアの多くの途上国が当時の日本を手本としながらがんばっても、まだどこも成し得ていない。

欧米アングロサクソンたちは当時の日本の変化を注視した。日清戦争の勝利までは単なる驚きだったが、日露戦争からは明らかな憎悪の対象になった。白人の覇権に正面から対抗した日本、そのまましばらく暴走させておいて狂気のジハードまで達した段階で、原爆投下による見せしめ・人体実験を皮切りに、戦後60年かけてじっくりと息の根を止められつつあるのが極東の異端児日本であり、ネオコンの源流につながるユダヤ社会の危険性を悟りながら、あまりに露骨に反応して叩き潰されたのがナチス・ドイツなのかもしれない(当初ユダヤ弾圧を支持あるいは見てみぬ振りする“空気”は反ナチの米、英、仏、露の国民感情の中にも広く存在した)。

先月末の「朝生」を見た。自民と民社のどっちもどっちの掛け合いの中で印象に残ったのが金美鈴氏の「日本人が劣化している」との言葉。 実は、ほぼ同じ趣旨の「日本人の劣化」をあの香山リカ精神科医が最近の朝日新聞のコラムでも指摘していた。「こんな世の中に子供を置いていくのはかわいそう」と父親が3人の子を殺してしまう。昨夜のNHK番組「プロフェッショナル」で365日24時間頑張る世界的外科医に対しアナウンサーが「あなたの気力を支えているものは何か?」と、プロに対しまことに陳腐な質問を平気でする、つまり今の日本人はわざわざ考えないと、あるいは人から教えてもらわないと、生きるモチベーションすら見つからないのか。40億年前の発生のときからずっと、生き物はほっといても生きるようにできている、その本能すら「劣化」しているのか。

社会のさまざまな部分に表と裏(闇)があるが、今の日本の外交・政治は表だけで対応し、政党も上っ面の言葉に過剰反応し国政が停滞し国民全体の大損失が生じても党利・面子を優先し、国民もそれに迎合、一緒に騒ぎ、そんなコップの中の渦に生きがいまで感じてしまうのか。我々の表の現象が「劣化」であれば、その裏に潜むのは、劣化のしくみを仕掛けあとは民族自らによる「愚民化」に任せる、闇の意志である。

個々人の考えに温度差はあって当然なのに、皮相的な差異にこだわるあまり、基本ベクトルを揃えるべき支援者同士がつまらぬ諍いに消耗し運動本来の趣旨から脱線しやすいのも一種退行現象だろうか。明治維新期の日本人の精神風景を、我々はもはや「他国の事例」として学ぶ必要があるのではないか。

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アフリカから見た中国・北朝鮮、そして我が祖国日本

2007-07-18 | 燕山の声さん投稿集
アフリカから見た中国・北朝鮮、そして我が祖国日本

投稿者:燕山の声さん 投稿日:2007年 6月20日(水)



いま南部アフリカにいる。10年ぶりのアフリカは、ずいぶん変わった。1~2枚目の写真のように、白人、混血、黒人が椅子を並べて働き、食堂も混在、それが自然になった。彼ら自身がどんどん変りつつあり、いまだにマンデラの面影を追っているようではこっちが取り残されてしまう。キング牧師のdreamはもうdreamではない。

そういうこの地にあらたな影を落としているのが中国の進出である。中国の資源戦略のターゲットは今アフリカに向いている。ここ数年来の胡錦濤自ら出向いてのトップ外交と援助攻勢が功を奏し中国資本が次々と参入を始めている。目的は二つ、世界の資源覇権への布石と中国人の雇用確保。

3枚目の写真は、南アフリカ航空の香港⇔ヨハネス便のビジネスクラスの座席。この路線だけファーストクラスなみのスーパーシートを使っているのは、中国との関係を南アが特別視している証拠でもある。(ちなみにこの御脚の持ち主も中国女性、彼女のエアチケット代はその下の写真の中国農村部の夫婦の2年分の年収に相当する。)

中国はもともと資源の豊かな国だ、ダブつくくらい。その中国が国内需要量を上回る資源を外地であさっているのは、いまは国内資源を温存しておき、ゆくゆく自国の資源力で世界への覇権力を高めるという、おぞましくも強力・明確な長期国家戦略に基づいている。まず援助と賄賂で相手国のトップを懐柔篭絡し、資源を吸い上げ、労働者は奴隷扱い、反発住民鎮圧のため相手政府に武器を売る。

数百年アフリカを支配してきた白人にも、今の中国のやり方は「えげつない」と映るという。中国資本に雇われた労働者たちが中国の正体に具体的に気付き始めている、「中国人はかつての白人よりもひどい」と。

中国が石油権益を持つスーダンのダルフール虐殺における「死の商人」としての中国政府の役回りは報道されているとおり。かつて日帝にチャンコロと蔑まれた国がいま自国利益のためにアフリカへの侵略とドジンからの搾取を本格化し始めた。ずさんな安全管理で40人以上の死亡事故を起こしながら対策も補償もしなかったザンビアの鉱山では反中国運動がおきている。

中国とアフリカ諸国首脳同士の握手シーンは放映されても、こういう末端部でのよじれ現象はなかなか報道されない。しかし、実際に現場を見て思う、近いうちに中国は手痛いしっぺ返しを食うのではないかと。

では、なぜアフリカなのか。環太平洋圏の目覚めた国々には環境規制・労働基準があり裏技も使いにくい、中国の評判も悪いから、遠く離れたクロンボのドジンの国で保安無視・環境無視・利益最優先のチャイニーズスタンダードによる手前勝手をやり始めたのである。

ベトナム人が中国と華人を毛嫌いしていることは以前触れた。マレーシアは華人隔離収容場所としてシンガポールを造った。インドネシアでは華人による現地人の奴隷扱いが長く続いたが、アジア通貨危機に端を発する住民暴動の際に日ごろの華人たちの傲慢な態度への鬱憤が爆発し、華人への焼き討ち・殺人・レイプが続発する惨事に至った。

かつてマハティールやスハルトが中国に対する日本の謝罪外交をたしなめたのは、危険な中国の言いなりになっている日本へハッパかけた意味合いもある(から大東亜戦争を正当化したい阿保ウヨクはあまりヌカ喜びしないほうが良い、かといって中国・北朝鮮をどうしても叩けぬ間抜けサヨクには何も言えまいが)

かかる獰猛な中国の資源戦略上、当然ながら、北朝鮮も重要なコマの一つとなる。北朝鮮の資源は戦時物資がらみの特殊金属資源が多い。もちろん北朝鮮も自国資源のコマとしての価値を知っている。ロシア、アメリカにとっても北朝鮮はコマなのである(核問題は表向きのダミー議題に過ぎないという見方さえある)、そういう中では拉致事件はコマのためのコマ・・・となる。

・・・じょうだんじゃねぇ、拉致事件をコマにするな!されてたまるか!→というのが我々の立場、だと思う。

ところで、北京オリンピックを控え中国共産党は自国民のマナー改造に躍起になっている。最近、空港の中国人官吏が挨拶するようになった。無愛想な口先だけなの挨拶だが、以前はムッツリして何も言わなかったから進歩である。そして挨拶のついでに紙を放り投げるようによこす、「空港職員の態度に関するアンケート用紙」だった。最後の写真は最近の北京空港の巨大な2列平行下りエスカレ-ター、歩く人は右、立つ人は左のレーンに別々に乗る、いつもゴチャゴチャで、いくら端に立つよう口で言っても埒が明かないから、当局指導の強制分別による左立ち。(右に乗ったら途中で疲れても止まらず歩き続けなければならない、止まると後ろから怒鳴られる、左に乗った人は降りるまで運動の自由は拘束され、左から右へ壁越えするのは違法で射殺か強制送還・収容所送りか、間違えて青森に漂着したり・・・する?)。

こういう「当局による強制指導」による「国民のための精神改善」を日本人は誰しもあながち否定はできまい、背骨の無いクラゲのような自主・自由幻想による放任が腺病質・傷つきやすい子供たちをつくり、優しいだけの打たれ弱い、つまりは生命力の無い、結果的に「不幸」な大人を大量生産した戦後の日本の教育社会の瑕疵の代案を示せない限り。しかしそれにしても、かつてマルコス、スハルトを「開発独裁」と非難しながら今の中国の他国まで巻き込む極めて危険凶暴なる開発独裁に口を閉ざすなら、手前勝手なだけの日本の頓珍サヨクなんざもはや居なくてよい。

当地のスーパーの棚に並ぶ製品の多くが中国製品。中国人と勘違いされて黒人に「ニイハオ」と挨拶されるたびに、アフリカへの中国の浸透力の不気味さを感じる。北朝鮮の運命は中国の匙加減次第、その北朝鮮と中国の関係が今ここの中国と黒人労働者との関係にダブってくる。いま黒人たちの味方になりうるのはむしろ白人たちである。覇権争いといえばそれまでだが、白人資本の間に中国資本つぶしへの動きはある。

そして思う、中国に首根っこを押さえられたまま誰も助けてくれない北朝鮮という国は、世界で最も「孤独」な国なのではないかと。そういう奇形国家中国・北朝鮮に左右のタマを握られて身動き取れない我が祖国日本、中国の後塵を拝しながらにわかにアフリカ援助の見直しを始めたところだが、総連・中国に国の与野党の中枢が侵されているような国に何ができるのか、その資格はありや。



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ジャーナリズム;巨悪を暴き社会へ告発するために自分の命を賭す勇気

2007-07-18 | 燕山の声さん投稿集
投稿者:燕山の声さん 投稿日:2007年 6月 4日(月)


>日本の 報道に携わっている人たちは「本当に真実」をありのままに、国民に伝えているのか?と考えました。/きわきわさん

私の中国などの情報や視点が目新しいと感じられるかもしれませんが、現地で具体的に何か仕事・活動をしていれば自然にいろいろ見えてくるもので、日本のマスコミに出ない裏情報も耳に入り目にするし、日本大使館の警視庁・防衛省からの出向書記官(武官)はかなり踏み込んだ治安情報もつかんでいる(まぁそれが連中のシゴトですが)。企業がその国や地域に進出する場合も、投資リスク・治安リスクなど投資環境評価の側面からもその地域の歴史・社会・民族特性などは可能な限り徹底的に調べますから、それなりに詳しくなります、特に商社は相手国のかなりの内情を把握しています(たいてい大使館以上に詳しい)。

私はマスコミの専門家ではありませんが、過去に2度それぞれ数ヶ月間、日本マスコミのひどい取材攻勢に晒されるとともに主な報道機関とはひととおり付き合ってきましたから、彼らの実態については普通の人よりは詳しいかもしれません。(もちろん拉致被害者家族会の方々は私なんぞよりずっと、その問題点を肌身にしみて理解されていることと思いますが。)

日本の商業マスコミから真実がなかなか伝わってこない原因は、記事を書いている多くが企業組織の中のサラリーマン記者だということ、大手報道会社が学生のブランド就職口の1つに成り下がっている(NHKの就職試験落ちて朝日へ、朝日落ちてサンケイか共同へ、なんてのがいくらでもいる)ことにもあるのではないか。日本のマスコミの鼻持ちならぬエリート意識は昔からのようで、小学卒の松本清張が就職先の朝日新聞社で低学歴を理由にひどい差別待遇をうけ「社会派の朝日でも実態はこんなものか」と失望したことを自伝「半生の記」の中で触れていたかと思います。

ジャーナリストの真骨頂は「社会の正義のために巨悪の闇を暴くこと」でしょう、特に全体主義社会ではそれが命がけになるからこそ称えられる。昔から、そして今も世界あちこちの紛争地や社会弾圧の下で多くの欧米人ジャーナリストが命がけで挑んでいる、フリーが多く女もいる。アサヒ社員でもサンケイ社員でもなく、一人のジャーナリストとして危険へ飛び込み命がけで事実を告発する。そして何よりそういう本来のジャーナリズムを支える社会文化が欧米にはある。そういう真のジャーナリズムが日本社会には育っていない、そのことをはっきりと示してくれたのが、北朝鮮拉致事件だったのではないか。ベネズエラのチャべスが反政府マスコミを強権で封鎖した。彼の凶暴性は(地元では)前からわかっていたしこれが彼の墓穴になるかもしれないが、「反米左翼」というだけの視点から安易に彼を称えてきた日本の左巻き系マスコミはこれから論調をどう変えるのだろう。

成田で入国を拒否されている魏京生も、まさに命がけで活動している。当局の弾圧受けながら頑張っている中国マスコミ人も少数ながらいる。私は自転車爺さんも好きだがこういう気骨あるタイジンにも拍手を送る。青森に流れ着いた北朝鮮の4人もまさに命を賭しての逃避行だった。社会に寄生し安全地帯に身をおきゴキブリのようにゴソゴソ「革命ごっこ」やってるだけの日本赤軍とは、いずれも次元が違う。

中国共産党員をやや弁護すると、彼らは基本的に(中国人の中では)マジメな連中であり、社会主義体制というのは中央(全人大)決議の流れを汲むコチコチの上意下達式管理体制、いわば「徹底した官僚体制」ですから、交渉の場面で党の方針に逆らう変化球をこっちが投げると彼らはしばしばパニックを起こす、その姿を見ると「宮仕えの心労も大変だな」と気の毒に思うこともある。交渉に派遣され出てくる北朝鮮の木っ端役人の立場も似たような「つらい立場」なのではないか。そして、日本マスコミのサラリーマン特派員の職場環境もこれに近かったりして。




蒼き星々 北朝鮮に拉致された被害者と家族を支援する人の集う掲示板への投稿より
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一罰百戒・・・といかぬのが中国。百の罪には百罰を課し、而して戒はゼロ。

2007-07-18 | 燕山の声さん投稿集
 投稿者:燕山の声 投稿日:2007年 7月16日(月) 




中国野菜の残留農薬が騒がれたが現在は厳しく管理されていて(・・・こと日本向け野菜に関しては)、「いまの中国野菜は日本の国内産よりも『きれい』なくらいだ」と、日本の輸入検疫関係の知人からこのあいだ聞いたばかりだったから。ちょうどアエラで特集やっていたので買って読んでみたら、案の定、今回の問題は農薬野菜よりも養殖・加工品などが主流、しかも米国などでの中国製品騒ぎが日本へ逆流したものだ。

まだ目は離せないが、少なくとも日本向け野菜の残留農薬については、中国はずいぶん変わったのである、いや(イチロー風に言えば)「変えた」のだ、我々日本の消費者が“経済制裁”によって中国人の振る舞いを矯正したのである。前回の残留農薬騒ぎのとき、日本向け野菜輸出が激減した中国政府はすぐに動いた。食品安全衛生に目覚めたからでは(もちろん)ない、右肩上がりの計画経済で下方修正は許されない(=責任者の首が飛ぶ)中国はあわてて、売るために農薬を減らし、有機栽培の技術指導を日本に頼んだのである。

この件で我々は中国人のモラルを変えるために動いたのではない、自分の家族・子供たちの命を守るために買い控えたのである、そしてそのことが、「結果的に相手を変えた」。ここに鍵があり、北朝鮮への制裁の意味もそこにある。

その昔(?)、南米での駐在生活を始めた頃、南米人のいい加減さに苛立つ日が続いた。納期が遅れてもミスっても物を壊しても謝るどころか言い訳ばっかしで、ケロッとしてるからよけいに腹が立つ、私がカッカしていると古株の日本人先輩からよく言われた、「この国で相手を正したかったら、情や倫理を口であれこれ言うよりも、黙って具体的『実害』をあたえること、つまり減給、解雇、契約破棄、損害賠償提訴。」

今回の1枚目の写真は先日中国で弁当のおかずに出た、とっても美味しい川エビとピーマン炒め。なぜ(海でなく)川エビとわかったかって?トンボのヤゴが混ざってたから。トンボのヤゴは加熱しても赤くならず茶色のままだからすぐわかる。これまでイヌもネズミもヘビも食べ(させられ)てきたが、初めてのヤゴには少々びっくりして、それを箸につまんだまま固まっている私に同行の中国人が「ヤゴがいるのは農薬を使っていない証拠だ、安心して食べろ」と言った。

次に2枚目の写真の発泡スチロール容器を見ていただきたい。見かけはまともだがすぐに穴が空きボロボロに破れてしまう、「ひどい粗悪品だな、せっかくのウマいダシ汁が流れ出てしまうじゃないか」と私がぼやいたら中国人曰く、「これは生分解性の発泡スチロール、捨ててもバクテリアが分解し土壌に返る自然にやさしいプラスチック、日本の先端エコ技術が生かされている」自慢の新製品だとのこと。

国家の歴史的大事業オリンピックを控え、少しでもイメージアップを図るための、共産党独裁政権主導による見せ掛けの「エコ政策」である(肝心の大量の廃液・排ガスは垂れ流しのまま・・・)。生分解プラスチックには強度上の問題あるが「環境に配慮する中国」を演出するためにとにかく作る、品質や実効性や消費者のことは考えない。

「日本では素材を変えても品質は絶対に落とせない、落とすと消費者が逃げる、品質を下げずにコストも抑えようとすれば相当な努力と犠牲も必要だが、それを知恵でクリアーしてきた日本はすごい」と日本通の彼は我々を素直に褒めつつ、「中国人にはそれはできない、文化が違う」とも付け加えた。

今の中国人に社会モラルは無い、が、「ゼニ儲け」という古くから染み付いた価値観がある。相手を変えたかったら相手の価値観に仕掛けるのが原則だ。私は何もゼニ儲けが悪いとは思わない、それなりの社会的モラルが生まれるのも経済的余裕があってのこと、かつて松下幸之助も「儲けは善」としたし、今の寄生虫サヨクも企業の儲けに下支えられてこそメシが食えるのだから。

しかるに、相手の正体を無視した自己満足優先の無意味、どころか逆効果なことをやっているのが日中戦争・靖国をめぐる日本のウヨ・サヨの行動ではないか。日本人は右も左も中道もおしなべて、ゼニより倫理観・面子を重んじる精神カルチャーが強い(それも誇るべき日本文化の一つだが)。中国政府のクレームがわかってても靖国参拝賛成派はイジでも(むしろムキになって)参拝させようとし、反対派は同様にイジでも(やはりムキになって)やめさせようと騒ぎを大きくする、中国はそういう日本人の特性を利用しているだけである、ありもしない「中国人民の心情」まででっち上げ、「我々のココロを傷つけた」だの「軍国主義復活」などと、今の中国がよくもまぁいけしゃあしゃあと口にするものだが、そうすることで「自分が得をする」からそうする。つまり日本のウヨもサヨも結果的に中国を利する形で、中国の手のひらで踊っていることになる。

前回の「農薬野菜問題」では嫌中派のみならず広く一般人、さらには(いつもの)親中派も含め「イデオロギーを越えてベクトルをあわせ」一斉に中国野菜をボイコットしたから、靖国が使えないと分かった中国はすぐに動いたのである。もしあのとき日本が「環境・人命への中国人のモラル欠如」を中心に突いていれば、むこうも「旧日本軍の毒ガス」を持ち出し日本側の世論の分断を仕掛けてきただろう。

いずれにせよ、相手を本気で変えたければ、相手の価値観に働きかけねば意味が無い、そういう「実効性」の観点から北朝鮮の「動かし方」を考える必要があるのではないか。


【安明進氏の逮捕】

「中国政府側が準備した宿」に泊まる場合、私はメールも電話もほぼ間違いなく「盗聴」されているものとして対応する。実際、「そうとしか思えない」状況をこれまで何度も経験した。経済開放は進めても思想・治安統制は基本的に北朝鮮と変わらない、軍事独裁全体主義国家の策謀能力を決して侮ってはならない。そういう国であるから、安明進氏の中朝国境での動きを当然ながら中国当局は逐一掌握していたはずで、いままで「泳がせて」おいて今この機に韓国と連携で逮捕・マスコミ公表した背景こそに我々は注意しておくべきだろう。「だから安明進がこれまで言ったことは全部出鱈目だった」というキャンペーンでは今のところなさそうだが。


【日本人の劣化について:雑感追記】

きのう、自宅近くのスーパーマーケットをぶらついていて、野菜コーナーで売っているマンゴが1個500円以上するのに驚いた(私は外地で20~30円以下のものしか食べたことが無い)。その高価なマンゴを小さなこどもたちが取り囲んで指でつついている。マンゴは指で押すとすぐに傷んで売り物にならなくなる。私が子供のころ親から「店では買わないものには触るな!」ときつく言われたものだが、そういう意識が最近は弱くなったらしい、子供たちの親も店員も黙っている。「公」だの「私」だのと大そうに構えるまえに、せめて「内と外の区別」くらいはあってほしい、それがモラルの基本だろうに。(自分の部屋と社会を直接つなぐこのネットという仮想空間も内と外のケジメをなくす元凶の1つかもしれない)

私は団塊世代の10年後の世代にあたる。いつも団塊と比較され「覇気が無い、政治意識が低い、出来も悪い・・・」と言われ続けた我々は高校になると「シラケ鳥」となって開き直った。団塊が頑張って破壊した泥道に続かざるを得ない我々、むやみに頑張らないことを美徳として覚えた。

我々にとって目の上のキノコ雲のような団塊世代だが、今思えば学生運動も音楽文化もフリーセックスも欧米のモノマネと大人数ゆえの集団心理であり、敗戦後の幼少期に染み付いた貧乏性と欧米コンプレックスの裏返しの、クリエーターどころか、所詮は「だらしの無いクレーマー」に過ぎなかった。

先日、若い部下を引き連れての出張から戻った理事が私を呼んで言った。「あの国にはロクなホテルが無いとは聞いていたから、自分にあてがわれた部屋が狭くて暗く窓の外は壁、シャワーしかないのも仕方ないと思ったが、あとで聞いたら若い連中の部屋には窓の外の景色がきれいでバスタブもあったそうだな。自分が若いときは目上の人間に少しでも良い部屋を当てるように気を配ったものだが・・・・」

つまり私に「俺から直接文句言うとヒガんでるみたいだからお前から言っとけ、若い連中をちゃんと教育しろ」ということだった。私は「そりゃまた気が利かぬ連中だ、怪しからん」と相槌を打ちつつ「彼らを育てた親は、あんたら団塊の世代だよ」と心の中で思った。

で、自分の席に戻って考えた。団塊を育てた戦後民主主義のレールが敷かれたのはドッジ・ラインの頃、日本に対する矯正ラインは経済路線だけではなかった、「日本人の精神構造の根本的改造」こそがアングロサクソン連合軍の最重要占領課題だったのだから。そして、それは成功したかに見える、だからイラク占領政策では日本の戦後統治が参考にされた。

ドッジ・ラインはとうに終わったが、日本人の精神改造ラインは今も続いているのではないか。団塊の第3世代たちがスーパーでマンゴをつついている姿を見て、何気なく、ふと、そう感じた次第。

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情に棹差し流されるのが人間、それは世界どこでも同じ

2007-06-07 | 燕山の声さん投稿集
燕山の声さんの投稿 蒼き星々掲示板メインボードへの投稿より

>私は情感人間でございます・・

欧米社会がドライ・理論で動くというのは多分に日本人の思い込み・偏見です。私が今いる、一世紀近く唯物論社会主義が支配した国でさえ、政治を除いた個人レベルの付き合いはまるきり人情世界、もちろん「敵」は警戒しますが、一度心を許せばその心のウェットな温かさは日本人以上のものを感じます、それはロシア人もトルコ人も同じ。

中国人もマスとしては嫌な部分が多々ありますが、個人的つきあい、特に貧しい地方農村地帯の人は情に厚い人たちが多い。先週も広大な麦畑で道に迷って、通りすがりの自転車の爺さんに道を聞き、礼を言ってスタートしたらその爺さん、自転車に乗って大声で怒鳴りながら我々の車を一生懸命に追っかけてくる、何か失礼なことしたのかと同行の北京人に訊いたら、「もっと詳しくいろいろ教えたくて追っかけているのさ、普段家族から無視されてるから、久々に人に頼られてきっと嬉しいのさ」と嘲るように言ったが、私は麦畑の一本道を一生懸命ペダルこいで手を振って叫びながらおっかけてくる爺さんに、愛おしささえ覚えた。

情があるから人間だ、無闇にニヒルぶるのは不感症の開き直りか心貧しき虚栄、その浅薄さは本人に会って話せばすぐ分かる。




添付の写真は、桜草さんの文章でふと思い出したもので、先月バルカンからイタリアへ向かう空港の待合室で見かけた母子。アドリア海を隔てたバルカンとイタリアとの微妙な関係は宮崎駿の「紅の豚」の中でも少し描かれています。この母子の暮らしもこれからいろいろあるでしょう、また、このあたりは紛争中に婦女子が徹底して暴行された地帯ですから父のいない母子を見るとつい下衆の勘ぐりもしがちですが、そんなこととも関係なく、親と子の絆、特に母が子を思う気持ちは時代・場所を問わず強く深いものだと、この情景を見て感じ入った次第です。

危険な幻想 
~ 中国が民主化しなかったら世界はどうなる?~
ジェームズ・マン,渡辺 昭夫



上記の本について
金木犀様
私はその本はまだ読んでいませんが、中国国内で連中と直接付き合って仕事すると誰しも似たような視点に行き着くようです。まず政府レベルの徹底した接待漬けで基本路線作ったらあとは企業から徹底搾取するのが彼らの常套手段、篭絡戦略の巧緻に長けた民族です。つい先日も「日本人は平均レベルは高いから高品質製品を作るが、トップレベルの優秀な人材は中国人のほうが勝っている」と、先方の党書記が、これから投資を(しかもさいしょは中国側に頼まれて)しようとしている我々日本人を前に平気で言うのを聞いて(まぁ当たるっている部分はありますが)その傲慢さに辟易したところです。・・・でも上で述べた自転車の爺さんは、ほんまに素朴でいい人でしたよ。


と、ここまで書いたところで晩餐会に出かけていま戻ってきたところ(日本との時差4時間)。ウオッカが入っているから文章に自信ないが、やや興味深い経緯があったのでご紹介する。今日の相手は6名の旧ソ連人、日本人は私一人。桜草さんの話の流れでつい、親子の絆の話題になった。で、63歳の男が「俺は父を知らない、ナチスに殺された」と言った。続いて日本の軍備の話題になった。意外だったが、日本の防衛庁が防衛省に昇格したことを彼らはみんな知っていた、そして憲法改正の動きがあることも。戦争との関係を聞かれるままに、私が、自分の父がヒロシマで被爆したことを言うと一瞬坐が静まった、そして一人が「この話題は、次の機会にしよう」ととりなし、それからまた「ナ・ズダロービエ(乾杯)」で当たり障りの無い歓談しながらつつがなく終了していま宿に戻ってきた。言いたいことと言うべき事を、場をわきまえながら区別して使いわける、効果と意味合いで感情をコントロールするのが大人のマナーであり、その点はアジア人よりヨーロッパ人の方が進んでいる、それは、過去に彼らはそれだけの授業料を払ってきたということでもある。

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中華から見た東アジア

2007-06-06 | 燕山の声さん投稿集
中華から見た東アジア
          燕山の声さんの投稿
                  投稿日:2007年 5月26日(土)




写真は中国であちこちに掲げてある地図。現代中国の形は、右上を向いたニワトリの姿にたとえられる。知人の中国人はこの地図を指差しながら「海南島と台湾(もちろん中国領土)はニワトリの足と卵、そして朝鮮半島はニワトリの下顎の肉垂、それが中国人の一般的捉え方だ」と説明した。「で、日本は?」と私が聞いたら「餌のミミズだよ」と笑いながら言った。

二枚目写真は開きドアに書かれている字。「拉」の原意は「引っばる=pull」。著書「中国の旅」で日本の土下座外交の礎に貢献した本多勝一が「“拉致”などという難解表現つかわずヤマトコトバ“ひとさらい”を使え・・・・」と事件の本質と関係ないコトバの問題で拉致被害者奪還運動を陰湿“感情的”に揶揄したことがあったが、北朝鮮のかかる国家犯罪は「ひとさらい」や「誘拐」ではなく「拉致」がふさわしい。

自分の故郷近くで起きた事件としても気にしていた光市母子殺人事件の、21名弁護団形成については「日本の左翼もここまで落ちたか」とため息すら出る。「死刑廃止という自分の思想運動のために犯罪者をも利用している、弁護団は本当に被告のことを考えているのか」との被害者本村洋氏のコメントにすべては尽きる。私情に囚われ周囲の目が分からなくなった弁護団は自ら墓穴を掘り「敵」の資格すら失った。



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最近見たこと思うこと、ご参考までに~中国考~

2007-06-06 | 燕山の声さん投稿集
最近見たこと思うこと、ご参考までに~中国考~
              燕山の声さんの投稿



人が相手を「好き」「嫌い」で判断するのは当たり前とも言えますが、駆け引きが絡む場合、こと外交戦略レベルでは感情を殺して相手を知る必要がある、相手に勝ちたいならなおさら。中国に世論は無い、市場開放は進めても思想統制は北朝鮮と変わらない(だから私も投稿の発信場所には注意している)、この国の世論なるものはほとんどヤラセと思ってよい、民主勝手な政治的自己主張、とくに体制批判のそれの結末は、天安門事件のとおり。そういう国を相手に感情を「表に出す」のはいかがなものか。

【民族と国家・公民意識】

中国北京空港の入管に書かれた「中国公民」の文字を見て私は違和感を覚えた、なぜ中国「人」でなく中国「公民」なのかと。学校社会科目の「公民」の言葉以外には、1960年代アメリカ黒人たちの「公民権運動」くらいしか思いつかない。

中国人に確認したら「中国公民」とは「中華人民共和国政府に対し国民としての権利を有し義務を負う、今の中国国籍を持つ者」という意味合いだそうで、この公民(国民)意識とは別に、彼らには世界に分布する「華人社会」への強固な帰属意識がある。天安門事件で弾圧され海外に逃れた学生運動家たちの多くが米国の「公民権」を取得し米国人として暮らしているが、華人意識は捨てていない。私の中国人知人の何人かが日本国籍を取得している。その理由を聞いたら「中国より日本のパスポートのほうが外国のビザをとりやすい、海外出張のときに便利だからね」とさらりと言った。日本公民のメリットが無くなれば、また別の国の公民になるのだろうか、華人意識はそのままに。

拉致した日本人たちを「いまの彼らは(朝鮮民主主義人民)共和国の公民である(から日本には戻さない)」と北朝鮮が言った時も同様な違和感を覚えたが、朝鮮民族は中朝国境を越えて中国東北部*にも分布し、そこでは中国公民でありながら言葉・文化の民族アイデンティティーを保持しているから、中国人と同様な公民・民族意識構造が北朝鮮にもあるのかもしれない。

(注*:「中国東北部」は旧満州国にほぼ一致するが、現中国政府は「満州国」のコトバを禁止しており「偽満州国」か「偽満」の表記しか認めず、満州とはマイノリティーの一つとしての「満州民族」をさす)




【民族を分かつもの】


民族意識に内包される華人の国家意識と逆に、国家と民族が交錯する場合。

「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家」と言われたユーゴスラビアが世界地図から消えて久しい。1989年ベルリンの壁崩壊は社会主義の頸木から民族を解き、バルカンの世界も混沌に包まれ内戦の流血を伴いながらいくつもの国に分裂・独立した。マケドニア、スロベニア、セルビア、モンテネグロ、グロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナが生まれ、もとからあったギリシャ、アルバニア、ブルガリアを加えて複雑にひしめき、現在国連管理下のコソボが独立すれば10カ国になる。独立前から内包していた多様性がバラバラになっただけのようにも見えるが、国境が定まっても民族と宗教が国境をまたいでいるからややこしい。そしてこのあたり中欧・東欧の社会主義国はロシアよりも中国・北朝鮮と深い交流を持っていた国が少なくない。

これらの国々の正確な位置や事情をどれだけの日本人が知っているだろう。そういう私も先月そこを訪れるまでは疎かった。しかし我々が知らなくとも、彼らは日本のことを、我々が彼らを知る以上によく知っている。「世界大戦で破壊されながら努力と技術で世界トップレベルになった、ドイツに似ている国」という日本評をいく度も耳にした。彼らと関わるとき、我々に何が可能なのだろうか。中途半端な理解や同情は禁物、「我々日本人に彼らの心情世界は理解不能」と割り切ってから考えたほうがいい。

バルカンの民族間の言語や血統の違いは、日本国内の地域差とたいして変わらない。彼らを民族に分かつ重要な要素のひとつが、歴史的経緯の違いである。支配者の違い、属する国の違いにより宗教と歴史が異なってしまい、似たような言語・遺伝子を持ちながら同族意識が持てないのである。人は今現在おかれている水平的状態だけでなく、縦方向に延びる時間軸をもっている。過去において同じ時間と精神を共有した記憶は、民族アイデンティティーのタガとなりうる。人は流れゆく時間の中で、他人とともに自分自身も変化しながら今を生きているのである。(写真はコソボ付近)

それを思うと、戦争ですさまじい殺し合いをやり半世紀以上も分離対立の続いた北朝鮮と韓国の融合はもはや実質的に無理なのではないか、違うものが無理をして一緒になる必要も無いだろう、中国の長江の北(呉)と南(越)ではその民族意識が今も大きく違う、言葉も違う、同化する意思もない。北京にいると「越の連中と我々(華人)とは民族が違う」というセリフをしばしば耳にする、お互いに違ったまま共産党支配下での「呉越同舟」に新疆、チベット、満族、朝鮮族などを含めたユーゴスラビア状態が続いているのである。北朝鮮も体制崩壊後は(まずとりあえず)中国の参加に下るほうが現実的だ、今よりマシだろう、血統・言語よりも歴史共有性を考えるなら。

と思っていたら、最近、水面下で韓国と北朝鮮が深く繋がっている場面に何度か出くわして意外な思いをした。その南北連携に(赤軍でも総連でもない)普通の日本人個人商売人が絡んでいたりして、ますますようわからんが、その日本人から「北内部へのアプローチは中国経由よりも韓国経由のほうがたやすい」とも聞いた。前回紹介したあの中国国土地図の写真をもう一度見て欲しい、鶏の肉垂半島に過ぎぬ彼らの共通の敵は有史以来ずっと中国だった、反日だけではなく、反中国の立場でこそ南北朝鮮民族は昔から合体するのである。

中国の「全国人民代表大会(全人大)」、なぁにが人民代表じゃい、選挙の無い独裁共産党員代表者による独裁方針会議を日本のマスコミがわざわざいつも「日本の国会に相当する」とくっつけるのは、2002年9月以前の「朝鮮民主主義人民共和国、え~、北朝鮮では」と同じ構造、言わしめているのは中国政府の圧力である。独裁左翼暴力団の脅しで横並び合体する日本マスコミの腑抜け体質は以前とちっとも変わっていないのである。

【他人と自分の関係】

あえて言う、最近私は中国の共産党独裁体制を、この国にはこの統治方法がとりあえずふさわしいのではと思い始めている、党員のレベルは(国民平均より)はるかに高く国を動かす選ばれしリーダーとしての気概も強い、努力もする(が賄賂も受ける)。路上・食堂あたりかまわずタンを吐き大声で喚きタバコ吸う愚衆を「オリンピックでガイジンいっぱい来るってのに恥ずかしいことするな」と大所高所から指導し北京空港・タクシーをこの4月から全面禁煙にしたのも共産党である。この国に普通の愚民主主義が始まったら、先週の西日本の光化学スモッグも、中国人犯罪もこの程度では収まらなくなる、みなさん、どっちがいい?

ただしこれは華人による華人政治体制の場合。華人による少数民族支配弾圧は別、私は断固反発する、そしてその少数民族には朝鮮族も含まれる。

北アフリカ・マグレブ地域の政府治安当局によるイスラム過激派(ハマス)の取締りに伴う人権弾圧を欧米のアムネスティ・NGOなどは前から強く非難しているが国家外交ベルでの制裁はしない、タテマエは人権擁護を唱えても、本音は、取り締まりが緩んで自国へのテロの波及や難民流入を恐れ、弾圧による治安維持をある程度黙認しているのである、地中海を挟んでその向かいにあるイタリアもフランスもスペインも、そしてアメリカも。

ただし彼らは自国民がさらわれたらその独裁国に戦争を仕掛けて自国民を救う。「風とライオン」の舞台はモロッコだ。

蒼き星々掲示板メインボードより
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