ジョーが帰ってきた。本当に嬉しい。
クロスオーバーなメインストリーム・シーンの中にあって、最もカントリーの伝統に忠実な歌声とサウンドを持つ男性シンガー、ジョー・ニコルス。2007年の前作「Real Thing」では、時に”アンティーク”とも形容できるディープな素晴らしい音世界と歌唱を聴かせてくれたのですが、そのリリース直後、悪化していたというアルコール依存症のリハビリに踏み切ったと言うニュースが、我々ファンを心配させていました。しかし、そのリハビリも順調に克服、こうしてニュー・アルバムと共にファンの元に帰って来てくれたのです。気持ち的にも大いに前向きになっているよう。長かったヘアもばっさりとカット、スッキリしたイメージになってハンサムなルックスが引き立ちます。そして音楽的には、我々が彼に対して持っているジョー・ニコルス像に果敢にも挑戦を試みているのです。それは、ジョーがこれまで愛情を持って守り続けてきたカントリーの伝統的なスタイルと、シーンをリードするものとして逃げるわけにはいかない、モダンなコンテンポラリー・サウンドとのブレンドを、彼のディープ・ボイスを生かして高次元で実現したものになっていると言えるでしょう。
ここで聴かれるジョーの歌声は、偉大な先達である、マール・ハガードの男らしさと、キース・ホイットリーKeith Whitleyの生身の感情表現を、彼なりのセンスで吸収し、信念に満ち溢れています。制作過程において、ジョーは現代カントリー・シーンの構図の中で、彼の果たすべき役割が何なのかを明確にしようとしました。確かにそれは、彼自身がジャーナリスト、トム・ローランドに語っているように、難しいことではありました。「自分の歌声を聴いて、”そうさ、これこそが僕なんだ!”って簡単に言えるものじゃないよね」と彼は認めます「自分の歌を聴いて、”僕はマール・ハガードのように歌ったかな?それとも、キース・ホイットリーのまねが上手くできたかな?それって、本当に僕なのかな?”ってなりそうでね」
しかしその甲斐はありました。「このアルバムで聴ける作品は、いずれも僕たちのこれまでの作品とは違う響きを持っているんだ。しかし、それは僕から自然に生まれたものなんだよ。”ワァオ!凄くイカシてるぞ。僕にこんな事が出来るなんて思わなかったよ”て思う瞬間が何度もあったんだ。このアルバムは本当に信じられない。僕はこんな経験をした事がなかったんだ。なぜなら僕は今精神的にかつてとは違う場所にいるんだからね」
まず耳を捉えるのが、オープニングの"Gimmie That Girl"。実にヘヴィで粘りのあるギターがフィーチャされたミディアム・ナンバーです。ジョーの思い切ったコンテンポラリー・サウンドへの挑戦。そのコクのあるギター・サウンドと彼のディープで伸びやかなトラディショナル・ボイスのマッチングがナイスで、次世代のリアル・カントリー・サウンドを創造しようとする意欲を感じます。私コレ、ハマッてしまいました。アメリカのメインストリーム・ファンに理解されるかどうかは心もとないですが、一つの発火点になるナンバーだと思います。一方、生きる伝説と言えるソングライター、ビル・アンダーソンBill Andersonやポール・オーバーストリートPaul Overstreetらによるタイトルソング"Old Things New"は、曲中でも歌われるとおり、1952年のカントリー・ソングのようなシンプルで穏やかなスロー。すでに名曲の風格を称えています。ホンキー・トンク・ソングの"Man, Woman"は、カントリーの様式に則り、女性に去られた哀れな男の悲しみを、楽天的なメロディとシャッフル・ビートで歌います。現代の名ソングライターである、ゲイリー・バーGary Burrとヴィクトリア・ショウVictoria Shawのペンによる、モダンで妖艶な響きが美しいバラード"This Bed's Too Big"でのスムーズな歌い口は、ボブ・ウィリス&テキサス・プレイボーイズBob Wills & His Texas Playboysの名リード・シンガー、トミー・ダンカンTommy Duncanを想起させます。
そしてアルバムを締めくくる"An Old Friend of Mine"。アルコール依存症に苛まれていたジョーが、そんな自分に決別して人生の新たな境地を切り開く為に、自身の課題を克服しようとする決意を歌った(作曲は、Rick TigerとBrock Stalvey)、ピアノのみによるゴスペルタッチのバラードです。これまで日ごろの苦悩、苦しみの逃げ場として頼り続けていた”酒”を”旧友”に置き換え、その”旧友”への別れをここに誓っています。そしてそれは、どんな事があっても彼を支え、家で待ち続ける女性、つまり妻の為なのだ、と歌われているのです。ほとんど2テイク程度でレコーディングが完了したそう。実はこのアルバムの制作段階の初期には、同じくアルコールとの決別をユーモラスに描いた"Cheaper Than A Shrink"がオープニング曲になる予定でした。しかし、ラストを締めくくる"An Old Friend of Mine"の真摯な態度とのバランスが取りづらいと考えたジョーは、最終的に曲順を変更(6曲目に)したのです。ジョーは、「僕は、"Cheaper Than A Shrink"は楽しい曲で、この状況を説明するのに適切でない曲だとは思ってないんだけどね」とは語っていますが、それ以上に"An Old Friend of Mine"に込める思い、情熱が重かったのでしょう。
ジョーは今年2月に、オーストラリアへの初めてツアーを敢行しました。「僕は以前にも増して、アメリカ国外へのツアーに積極的なんだ。以前なら”オーストラリアなんて行ってもしょうがないと思うなぁ・・・”なんて言ってたかも知れないけれどね」そして何と、2010年初旬に予定されている、90年代にジョージ・ストレイトが主演した映画"Pure Country"のニューヨークはブロードウェイ・ミュージカル版に、ジョーが主演で抜擢されたという凄いニュースも。カントリー・ミュージックが、その音楽的テリトリーをドンドン広げているのは意欲的な事ではある一方、ジョーのような”伝統的な”スタイルを守り続けるタレントが、こうして活躍の場を広げている事実を忘れてはいけないと思います。カントリーシーンの末広がり部の豊かなローカル・フィールドではなく、メインストリーム界にこうしたジョー・ニコルスのようなアーティストが存在する事に、カントリー・ミュージックのみならず、アメリカン・ミュージック・シーン、さらにはアメリカ文化・社会自体に、軽はずみで行き過ぎた変化を調整しようとするバランス感覚が存在する事を感じずにはおれません。
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