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カネサダ番匠ふたり歩記

私たちは、大工一人、設計士一人の木造建築ユニットです。日々の仕事や木材、住まいへの思いを記していきます。

Do it myself!

2010年02月26日 | 山のこと
我が家には、猫の額ほどですが山があります。
ちょうど写真の中央部に杉や桧の植林に挟まれる格好で、明るい帯が見えるでしょう。
そこがウチの猫の額ニャンです。



美濃や飛騨では、杉や桧の植林木を「黒木(くろき)」、天然林である雑木類を「金木(かなぎ)」と呼びます。
周囲の山主が次々と黒木の植林を進め、その管理を森林公社などへ委託する中で、我が家では金木の山も守り続けてきたのです。



郡上あたりの天然林は、「樅栂山(もみつがやま)」といわれるように、樅、栂、松が中心を占めています。3種共にマツ科の木です。
悲しいことに、郡上でも南部の美並町や八幡町、和良町などでは松くい虫のために松はほぼ全滅してしまいました。

我が家の金木山も例外ではありませんが、どっこい樅や栂は樹齢120年を超える大きな木がまだまだ健在です。



2年前から少しづつ栂の木を切り出してきました。今年カネサダ番匠で取り組んでいる出登り造りの家に使うためです。

栂の木を使った家は、昔は「栂普請(つがぶしん)」と言われたように、貴重がられました。栂は木の目が細かく、木肌が美しくて丈夫なのです。
・・・うちの栂もスゴイでしょう、と自慢したいのは山々なのですが、くねくねの木ばかりで、太くてまっすぐな差し鴨居が取れるような木はどうも無さそうです・・・



木の皮だけを一見すると、樅、栂、松の判別はしにくいのですが、葉っぱを見ればすぐ分かります。
左が樅(みなさんよくご存知のクリスマスツリーです)、右が栂です。



我が家は代々が山師でした。
ご先祖様に恥ずかしくないよう、木の伐採や林道への運び出し、運搬なども全て家族の者や親戚の手でやってしまいました。
但し、方法はいわゆる我流です。父は父なりの我流、私なんかは昔使った岩登り用のカラビナやシュリンゲなんかを持ち出して来たり・・・ああでもない、こうでもないと大騒ぎしながら、最後には栂の丸太約30本が無事に作事場までやって来てくれました。



さあ、これらの栂の丸太との格闘が始まろうとしています。
とはいっても私は大工仕事の中でも、丸太仕事が一番好きです。どうやって組もうか?なんて考えるのも骨は折れますが楽しいものですよ。

カネサダ家の「できることは自分でやってみる」の精神を大切にしつつ、無事上棟目指して頑張ります!


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滑るスキーの風切る速さ♪

2008年02月23日 | 山のこと
人間国宝に叱られた経験ってありますか?
私にはあるんです。

若い頃、あるお寺の本坊の屋根の修理・瓦の葺き替えを担当したときのことです。
全長16メートルにも及ぶ隅木(屋根に45度に入っている部材)が3本継ぎになっていて、瓦の重みで軒先が垂れ下がったため、下の2本分を1本にして取り替えることになったのです。

現場に搬入されたのは12メートルの隅木が4本。
もとの直径がゆうに70センチを超えていたであろうと見て取れる奈良吉野の桧で、仕事をする手が震える思いでした。
建物をよくよく調べて、ここしかないという位置で継いだのですが、そうすると隅木の長さは11メートル。他の選択肢がなかったので、私は1メートル分を切り落としてしまったのです。

結果としてはきちんと取替えは終了したのですが、そのことを知った人間国宝の方(この工事を監督する立場におられました。法隆寺や東大寺大仏殿、薬師寺などの屋根を手がけられた有名な方です・・)が憤慨されました。

「最近の若い大工は仕事というものを知らんのか!マニュアル通りの融通のきかん仕事しかでけへんのか!!」
聞けば、隅木は山中を探しに探してヘリコプターでやっとのことで下ろしてきたとのこと。
その大切な木を1メートルも短く切ってしまった私には弁解する余地はありませんでした。

今思い出しても恥ずかしく、反省する私の失敗談です。





さて、ここで気分を取り直して、Y邸の木を山から下ろした様子を紹介しましょう。一昨年に白鳥林工さんに同行したときのものです。
写真の桧は直径約24センチ。70年生です。郡上市北部は雪深い寒冷地であるため、年輪の緻密な良質の材です。





使用するのは手製のソリです。昔よく使われた方法ですが、現在は重機で集材するのがほとんどです。





よっこらしょ。落ちないようにソリにワイヤーでしっかりと固定します。





1本1本雪の上を滑らせて谷筋を下ろしていきます。
オレンジ色のヤッケの奥平君は私と同じ歳。彼と私は兵庫県民会郡上支部のメンバーでもあります。(といっても現在のメンバーは私と彼だけなんです・・)





1本下ろしては斜面を歩いて登り、また下ろしてはまた登り、白鳥林工の皆様本当にご苦労様でした。

ヘリコプターや重機で下ろしてしまえば人間は楽かもしれませんが、私はこの人間らしいスピード感、スケール感が好きですし、大切にしていきたいと思っています。
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一年生、がんばれ~!

2007年10月07日 | 山のこと
今年も杉の葉枯らし乾燥に取り組んでいます。
今日は郡上市北部にある「鮎立中山(あゆたてなかやま)国有林」に杉の伐採の見学に行ってきました。





郡上を長良川に沿って、グングン北上し、高鷲(たかす)町のあたりまで来ると、本流はだんだんと細くなってきます。
さらに、支流の切立(きったて)川に沿って山に入っていくと、今日の目的地である鮎立中山国有林に到着します。





山では、白鳥林工さんの山師の方々が杉の伐採作業中です。
郡上のあたりでは、伐採適期は、お盆過ぎから春の彼岸までといわれています。





こちらの杉は直径60センチの75年生です。
倒れる時の音は豪快です。ドドーン、ババーンと周囲の山中に大音響が鳴り渡ります。

山の上手または横に倒し、葉っぱをつけたまま山中にて乾燥させ、本格的な降雪になる前には山から出してしまいます。何しろこのあたりは2~3メートルは平気で雪が積もるんです!

さて、このような乾燥方法を「葉枯らし(はがらし)乾燥」といいます。
伐採後に山中に2~3ヶ月葉っぱをつけたまま放置することによって、杉は「あれ、僕ってまだ生きてるんだよね?よ~し、頑張って葉っぱから水分出しちゃうもんね~」とばかりに、水分の蒸散を促進してくれます。

もちろん木の中の水分は完全には抜け切りませんので、山から下ろして製材後にしっかりと乾燥期間をとってやりますが、この山中での葉枯らし中に、適度に木の内部応力が抜け、クセが取れ、乾燥割れの程度も低くなります。色つやも良く仕上がります。





一方こちらは、同じ山中に昨年植えつけられた一年生の桧です。目と鼻の先で、70~75年生の杉や桧が林立していますが、かれらもしっかりと育ちつつあります。なんだか、私たちまでうれしくなってきました。
一年生、がんばれ~!





そしてもう一つ、今日のうれしい収穫。帰りがけに近くの谷で見つけたトチの実と山栗です。

手前の小さいのが山栗です。小粒ながら市販の栗よりもずっと甘いんですよ。
トチの実は後ろのコロコロと太った栗みたいなものです。これは市販の栗と同じくらいの大きさです。まわりにある丸い殻の中に入っています。
近所の物知りおばさんに聞いて、トチ餅にチャレンジしてみます。

山の恵みに感謝、感謝の一日でした!






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伝令、走れ走れ!

2007年03月06日 | 山のこと
先日の日曜日の午前中は、郡上八幡の消防団の春の消防訓練でした。
街の中で火災が発生との想定で、町内の各分団が役割を分担して、消火活動に当たるのです。

新入団員である私に割り当てられたのは、伝令。消防本部に、自分の部の様子を報告する役目です。
セリフは簡単、「第三分団第二部、部長以下9名、只今現場に到着しました。」、それだけです。

いよいよ火災が発生し、出動命令が出されました。消防車の後ろに飛び乗り、サイレンをウーウー鳴らしながら現場の担当場所に急行です。
先輩から出されていた指示は、「車が止まったら、とにかく消防本部目がけて突っ走れ!」でした。
消防車が止まり、皆ものものしく消火の準備です。伝令の私は、走る走る。しかしどこに向かって走ればいいのか分からないのです。煙の漂う現場付近の消防本部のまん前を気づかずに走り抜けていったのでした・・・

まあ、あまり役立たずの伝令でした。

午後は家族で山仕事です。
先日より父が切り倒しておいた杉と桧を林道脇まで下ろす作業です。





仕掛けはいたって簡単です。斜面に沿ってワイヤーを張り、そのワイヤーに滑車を通してチェーンブロックを吊り下げます。





運びたい丸太をチェーンブロックにセットし、少しづつ吊り上げていきます。丸太が宙に浮いた瞬間に、滑車が走り出します。丸太の向きやスピードを調節するために、私は丸太と一緒に移動していきます。チェーンブロックにはロープがくくり付けてあり、母はブレーキ役として、そのロープを持ってくれています。

一本目のワイヤーは35メートル。ワイヤーの終点に丸太を下ろすと、ロープを引っ張りながら、もとの所まで登り返しです。これを何回も繰り返すのです。結構キツイ作業です。





一本目と二本目のワイヤーの中継地点です。
ここから先は谷の上に50メートルのワイヤーを張りました。今度は丸太とは一緒に移動できないので、チェーンブロックに更に長いロープをくくりつけます。谷の傾斜が急なため、重たい丸太の場合はものすごい力がロープにかかりますので、足元の木にロープをぐるりと掛け、制動をかけながらゆっくりと下ろしていきます。





谷の下では父が荷下ろしです。わたしは谷の上で母と一緒に丸太をセットし、ロープを一緒に持って丸太を谷の下まで下ろしたら、急いで下まで走り、父の荷下ろしを手伝い、そして、また次の丸太をセットしに上に登りなおして・・ゼーゼーハーハー、山に来ても、やはり伝令なのでした。





しかし、こういう一日の作業を終え、帰宅後風呂あがりに飲むビールは本当に最高の味ですね。
伝令の特権なのであります。



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山に入って分かったこと

2006年06月15日 | 山のこと
先日、山に行ってきました。
山、といっても山登りではなく、伐採後の木の確認に行ったんです。





郡上市の北部の鮎立中山国有林(あいだてなかやまこくゆうりん)で、今年の3月に伐採した杉が葉枯らし乾燥してあったのですが、材木の直径や長さを搬出前に確認しておきたかったからです。

郡上のあたりでは、木の伐採適期は、お盆過ぎから春の彼岸までと言われています。木の含水率やデンプン質含有量が低いからです。
葉枯らし乾燥とは、木を伐採後に枝や葉をつけたままで山に倒しておいて、自然にある程度まで乾燥させるのですが、こうすることによって木の内部応力が適度に抜け、製材後も材木の狂いが少ないと言われています。また杉が持つ本来の色つや、香り、成分も損なわれることなく残ります。





今回Y邸新築工事では、伝統構法を用いて、梁を一本で通して使い、また桁や母屋などもできるだけ継ぎ手を少なくするために6~8メートル材を多く使います。
普通私たちが材木を一般に市場で流通しているものを調達しようとすると、ほとんど4メートル材しかありません。

4メートルの木材では、実は伝統的な継ぎ手は使えません。ほんのわずかなんですが、2~30センチ長さが足りません。現在の流通材だけでは、必然的にボルトや金物を使った工法しか選択の余地がありません。

また、現在は伐採時期などはおかまいなしに年がら年中木を切っています。夏に切った木というのは、水分やデンプン質の含有量が多く、中々乾燥もしにくいので、家を建てた後の狂いや、木の腐れを早めることになります。
流通材で、木の産地や伐採時期を特定・指定することはできません。木のトレーサビリティが可能になれば、それを使う私たちにとっても、お施主さんにとっても、とても安心し信頼できるものになると思います。

人工乾燥材も多く出回っています。これは、乾燥釜などを使って、温度や圧力をかけて短時間で乾燥させるものですが、ただ含水率を下げた、というだけのことで、木の色つや、香りなどは無くなりますし、木材の内部に不自然な割れが入ったりして、継ぎ手の耐力などは自然乾燥材と比べると劣ります。
ただ、試験では、人工乾燥材は「硬い」という結果もあるため、一般的な認識としては、人工乾燥材の方が丈夫だと思われているフシがあります。
総合的に、木の色つや、香り、粘り、耐用年数、加工のし易さなどを考えると、私たちは自然乾燥材を選択します。木材に負担をかけず、不要な労力やエネルギーを使わないという点でも、自然乾燥材を選ぶのが自然ですよね。

今回伐採・搬出した木は製材後一年間桟積みして、自然の風にさらして、ゆっくり乾燥させます。





さて、今日の本題ですが、切り株を見ていて気づいたことがあります。
よく、昔にオリエンテーリングなどをする時に、「木の切り株をみて、年輪の幅の広い方が南だ。その理由は南からの日照が一番多いからだ。」と教えられた記憶がありませんか?
山では方角にかかわらずに、枝は山の斜面とは反対側の谷側に一番多く出ます。その理由はやはり、谷側からの日照が一番多いからです。
では年輪の幅も日照が一番多く入ってくる谷側が一番広いのでしょうか?

実はそうではありません。山の斜面側の方が広いんです。写真の左手が谷側、山師さんが立っている右手が山側です。私も谷の方が広いものと思っていましたので、切り株を見たとき?あれ?と思い、その他の切り株を見てもすべてそうなっていたので、どうしてか考えてみると分かったことがあります。

山の木は斜面に立っていますので、倒れまいとして、山の斜面側に常に曲がろうとする力をかけています。斜面がきつかったり、冬に降る雪が多いとこの曲がりは大きくなります。
この、曲がった部分を体の部分になぞらえて、木の背、木の腹といいます。この場合自分が木であったとしたら、背中を谷側に向けて、転げ落ちないように腹筋に力を入れて、倒れまいと山側にふんばっていることになります。これが山の斜面側、つまり木の腹側の年輪が広い理由です。腹筋が発達するんですよね。

大工は木を横向きに使うときには、木の腹を下向きに使うのが常識です。木目からみても木が垂れない様に腹を下向きにするわけですが、この大工の常識と山で見た切り株が初めて、ああ、そうだったのか!と自分の中でつながったのです。
考えてみればすぐ分かりそうな単純なことですが、こうやって自分の経験から学んだことは決して忘れません。職人の仕事はこういった経験の積み重ねなので、今回の山行きは、非常に貴重な経験となりました。

山の神様に感謝です!
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