「冬蜂紀行日誌」(2009)・《絶筆》

「冬蜂の死にどころなく歩きけり」(村上鬼城)という句に心酔した老人の日記

小説・「フライト・レコード」・《一》

2010-12-17 00:00:00 | Weblog
2009年12月17日(棺の中に入っていた私の作文・その4)
【小説・「フライト・レコード」】

空がただもうやたらに青くてたまらないから死にたい。もうずっと昔から思っていたように死んでしまえばよかったんだ。空が青いんだよ。太陽が悪いのでしょうか。この町で唯一つの動く電車、地下鉄に乗ってみたくて乗った。動きゃあしないじゃないか。ものすごい吐き気がして、そこにボクがいた。そしてボクがあいさつをしたのだ。この世界では、あの太陽とやらに優るとも劣らず蛍光灯という奴が幅をきかせていることは、知っていた。別におかわりありませんか。だからこうして生きているのだけれど、それにしても吊り革にヒモノのようにブラ下がっているボクときたら、本当に生きているのだろうか。少なくともそのとなりのおいしそうなお嬢さんより、まだ生きているように思えるけれど、変わっていないんだな、何もかも。そんな筈ないじゃないか。苦しいんだよ。ガタリと鈍い音をたてて、地下鉄が闇の中に走り出した。と思ったのに、闇なんかどこにもありはしない。おかしいな。ボクは相変わらず、さも心得たように吊り革にブラ下がりながら、となりのお嬢さんのブラウスが静かに動くのをボンヤリ見つめていた。狭い下宿の壁で、コカ・コーラをチビチビやりながらボクのモデルになってくれたお嬢さんはどうしたのだろう。ボクはまだまだコドモだなと思った。地下鉄電車、動かない。アカサカミツケ。おい、待ってくれよ。困るんだ。ボクはそこでまた消えたのです。(つづく)
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