また…近いうちに…

ひとりごと…覚え書き…。不定期で 呟いていこうと思います。

ふと 思えば。

2015-07-15 07:21:12 | 日記
32年前。
やっと退院はできたものの 当時は 日々 再発に怯えていたんだよね。


退院後、4日で養父、その一年半後に養母が亡くなったので 人の寿命は、様々…。
祖父母は80を過ぎてるのに 両親は54、48歳での別れは想像していなかったから、ショックだった。

だから、祖父母を看取ったあとは、自分がすぐ? 後を追うように、再発してしまうのかもと思っていたのだけど。

今日は、職場と趣味の活動、両方の先輩であり、お友達のジュンちゃんの命日で、ふと、思ったのは。


親友達には 私の病状も予後についても伝えていたわけですが、いつ 再発してなす術なく死ぬかもわからない私と 会い続けるのは つらいから 嫌だと もし 離れていかれていたら 私はこんなに長くは 生きられなかったんじゃないかな…ということ。


今まで、考えたこと、なかった。

自分は、たしかに身内縁は薄かったけど、幸せな人だったんだなぁ、と あらためて 感謝の念が。


ジュンちゃんの闘病中、お見舞いに行きながら 私は なんど 奇跡を願っただろう。

一歳しか歳も違わず、しかも 不思議な巡り合わせで 共通の親しい友人がいる私たち。

お互いの子供達の年齢も近いし。


………。

それだけに、ジュンちゃんの心情を思うと お見舞いも遠慮した方がよいのでは、と思ったり、いや、それは、自分だけが楽をしたいだけで、真の思いやりではないのじゃないか、と 考えてみたり。
そうした思いから あまりに大切な人との別れというのは、こんなにも 辛いのだから、もう新たな出会いがあっても、もう、誰とも 親しくはなりたくない、などとまで 思ってしまったり。
そういう自分だけの世界に埋没しかけた時がけっこう長かったから。

自分はそうして辛さから逃げ出したくなったのに、あの親友達は変わることなく、そばにいて、支え続けてくれたし、その友情を私はちっとも疑わなかったんだねぇ…。
あの、親さえ信じられなかった私だったのに…。

感謝m(__)m