北海道十勝から然別湖くん発信

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神田日勝記念美術館

2007-11-09 08:43:32 | インポート

結局、どういう作品が生まれるかは、どういう生き方をするかにかかっている。

 

 

 

 
 神田日勝記念美術館

 

「農民である。画家である」と、明確に語った神田日勝。

『結局、どういう作品が生まれるかは、どういう生き方をするかにかかっている。』
25周年記念全道展帯広回展目録より
彼の生涯を貫いた画家としての姿勢である。

 

神田日勝は1937(昭和12)年、東京・練馬に、父神田要一、母ハナの二男として生まれた。
 日本の敗戦色濃くなった1945(昭和20)8月、拓北農兵隊(戦災者集団帰農計画)に応募し、北海道へ向かう。鹿追に着いたのは終戦の前日814日であった。 "東京・疎開者"は全く農業の経験もない中、素手同然での開拓を強いられ、その殆どが5年を待たず脱落した。だが、神田一家は定着した。
 1953(
昭和28)年、中学を卒業すると営農を継ぎ、地域の青年団の中で演劇や相撲、釣りなどに積極的に取り組む快活な青年として成長した。その頃兄一明は東京芸大に進学。元々絵に興味のあった日勝は兄の影響を受け本格的に油絵に取り組むようになる。

1945年の終戦から1960年代まで戦後の開拓農民として生き、同時に、ものの本質にせまる克明な描写によって、戦後日本の具象絵画に異彩を放つ作品を残したこの画家は、最後の完成作【室内風景】と前半身だけ克明に描き出された【馬】(絶筆)を今の私達の時代に残したまま、あるいは美術そのものへの本質的問いかけを遺したまま、328ヶ月の短い生涯を閉じた。彼が生きた時代は、戦後日本の高度成長と資本主義の矛盾や弊害がさまざまな形で広がっていった激動の時代と重なっている。

 

 

 神田日勝記念美術館

http://kandanissho.com/

 

 

 

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コメント

--------これより以下のコメントは、2013年5月30日以前に-----------
あなたのブログにコメント投稿されたものです。

キラリ☆ [2007年11月9日 8:55]
神田日勝さん、知りませんでした。32歳8ヶ月の生涯とはあまりにも短すぎる。。彼の年齢を上回っていますが、彼のように一つのことに没頭できればいいなと思いました。
然別湖くん [2007年11月9日 10:20]
キラリ 様
中学校の美術教科書の表紙なった有名な作品「室内風景」は、北海道立近代美術館に収蔵されていますが、この写真の中央にある代表的作品「馬」別名「絶筆」が鹿追にはあります。機会があればぜひご覧下さい。小説「幸福の手紙」に出てくる作品はこの「馬」です。
ふみぞう [2007年11月12日 11:00]
”未完の馬”と呼ばれている作品ですよね。
私は芸術に精通していませんが、この作品は人に訴えるものがあります。
これだけを見に、年に一度は足を運んでしまいます。
神田日勝さんの行き方が伝わってくるのでしょうね。
然別湖くん [2007年11月12日 11:52]
ふみぞう 様
この絵を見に遠くから来られる方がいます。
絵の力は大きいです。