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熊本から気ままに山と自転車のブログ

奥古閑六地蔵・嘉永新川(現緑川)・いんの川

奥古閑六地蔵・嘉永新川(現緑川)・いんの川
2022/1/19(水) 晴

今日は、最高気温予想9°と少し風は冷たいが晴天の陽射しで暖かろうと、気温が上がった11時過ぎからポタリングに出る。
目的地は、熊本市南区奥古閑町の「六地蔵」、川口町の「嘉永新川(現緑川)」、西松尾町の「いんの川」とする。

往路は井芹川沿いを下り、国道501を南進し、南区役所天明まちづくりセンター前を通ると、県道234との交差点角に六地蔵(写真1・2参照)が鎮座する。
六地蔵の仏像は、摩滅したか削られたか見えない。台石には、石粉を取るために穿った窪みが目立つ。神仏に縋った暮らしがそこにあったであろうと推測する。


六地蔵を後にして、嘉永新川(現緑川)の痕跡を求めて平木橋上流の緑川左岸にある「平木神社」(写真3参照)に移動する。


私が、この神社で一番目を引かれるのは、拝殿前の馬門石の踏み石(写真4参照)である。それはさて置き、この神社の位置は、旧緑川が急カーブする位置にある。堤防の守護神として建立されと推測して確認のため訪れてみたが、鳥居に「大正十五年建設」とある他は現地に手がかりなる情報はなかった。只、この後訪ねた「猿田彦大明神」の隣の地蔵尊の台石に「平木区」の文字があるので、「平木神社」が拡幅された河川敷から遷座された可能性もあると考えられる。


平木神社の東側(緑川上流側)の堤防上に行政区分の標識(写真5参照)がある。


堤防の外側には、旧緑川跡(写真6参照)が水を湛えている。


平木橋を右岸側に戻り、嘉永新川(現緑川)の痕跡がないかと堤防道路を下ると「猿田彦大明神」の石碑(写真7参照)が鎮座していた。「大正十年二月建設」の文字が見える。


浜戸川合流点(写真8参照)まで下るが、手掛かりになるようなもの見られず、天明漁港まで来て引き返す。


時間に余裕があるので、西区西松尾町の「いんの川」水源(写真9参照)に移動する。


「いんの川」水源の水は澄んでいて、湧き上がる湧出口が2ヶ所(写真10参照)見える。


説明文(写真11参照)には、「梅洞にある「いんの川」は、昭和の初めころまで水量が非常に豊富で水質もよく、家庭生活用水や灌漑用水として地域にとって貴重な川でありました。「いんの川」には諸説あります。※1(陰の川)・・・伏流水によってできた川で、太陽が当らない地下深く流れた川。※2(隠の川)・・・潮が満ちると隠れて見えなくなる川。※3(犬の川)犬が入って亡くなった川。※4(引の川)・・・洗いに来た鍬が引き込まれ多くの鍬が入っている川」とある。


ここを最後にして帰途に就く。16時前帰宅する。今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)22km→天明漁港28km→熊本(自宅)
所要時間5時間(実4時間) 総計50km 走行累計45,223km

自転車で探訪した史跡・文化財等の記録です。一部山行の記録もあります。

コメント一覧

asotakadakedake1592
Re:白神仙人さんへ コメント有難うございます。
猿田彦大神は、熊本(肥後)の殆どの神社に境内に祀られています。「瓊瓊杵尊を道案内した国つ神」と云う事でしょうか。そこから転じて「道祖神」として単独で路傍に祀られてもいます。この猿田彦大明神は、後者ではないかと思いました。自転車くま
白神仙人
古い遺跡が沢山あって、古い遺跡に興味ある人にはたまらない散歩道です。猿田彦には少し興味あります。
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