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熊本から気ままに山と自転車のブログ

田原坂西南戦争資料館・公園

第一陣地跡から田原坂公園まで上る
2020/2/13(木) 晴

田原坂攻撃官軍第一陣地跡からここ田原坂公園まで1.7km、歩いて30分。
現在は道も拡幅され舗装されているが、当時は道幅も狭く、ぬかるみの道をどこから銃弾が飛んでくるか分からないであろう中を進むのは、たいへんな恐怖であったであろうと思う。
写真は、当時の弾丸が残るという楠と美少年の像(写真12参照)


西南戦争史跡探訪記一覧

田原坂公園弾痕の家・資料館
2019/8/30(火) 曇

今日は、午前11時から1か月ぶりのポタイングに出る。山行からも19日ぶりの運動に、体はすっかり鈍っていた。
最初の目的地は、田原坂資料館。写真は、田原坂公園弾痕の家・資料館(写真1参照)。
ここまでの、自転車での所要時間の確認。距離15~6kmだから1時間以内で走り勝ったが、1時間15分かかった。
体力の低下には抗えない。



田原坂公園
2019/4/9(火) 晴/曇

今日も青空、気温20°超えの陽気に散り残る桜を求めて、午後2時からポタリングに出る。
熊鹿ロードを北へ走り、県道31を植木台地へ上がり、田原坂西南戦争資料館まで走る。

できれば満開の桜に近づきたいと公園奥に行くと、傾斜を利用した吉次峠を含む広域の屋外展示施設があった。
西南戦争当時の田原坂付近の写真(写真2参照)を見て、耕作地が最上部まで広がっていることにも驚いた。現在は、麓は耕作地になっているが、傾斜地はほぼ山地になっている。
「大砲等の大きな荷物を運べる道は田原坂しかなかった」というのが定説であるが、道だけの問題であれば、山鹿市を通る豊前街道もある。政府軍は二俣台地、原倉の山中にも砲台を築いている。
この写真には、田原坂が主戦場になった大きな理由が写っている。それは、「電信柱(でんしんばしら)」である。明治政府は明治7年に熊本鎮台まで電信線を完成させている。そして田原坂決戦時は木葉に臨時通信所を設置した。情報力の差が戦意以上の力を発揮した、と私は考えている。


2月22日に始まり、4月15日に城南方面へ薩軍が撤退するまで続いた熊本での戦いの中でも、最も激烈を極めた3月4日から3月20日までの17日間の攻防の時系(写真3参照)が掲示してある。


征討軍が3月20日に二俣台地から進軍し、田原坂の薩軍の背後を分断した当時の陣形図(写真4参照)も掲示してある。


今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)16km→田原坂資料館15km→熊本(自宅)
所要時間3時間(実2時間) 総計31km 走行累計27,961km


西南戦争資料館
2018/3/15(木) 曇

所用から帰宅すると、テレビで植木町の桃花の畑を本日限定で開放中のこと。
数年前、「桃の花祭り」が行われた植木町七本だろうと躊躇なくポタリングに出る。
しかし、勝手な「桃の花祭り」のイメージで探したが、桃園は見つからず田原坂西南戦争資料館まで来てしまった。

田原坂西南戦争資料館の入り口風景(写真3参照)。


説明板の錦絵(写真4参照)は、田原坂激戦の図。
木杭と俵で閉鎖した堀切の登り坂で戦う官軍と薩軍が描かれている。
兵士の数を多く見せるための藁人形か?それとも薩軍兵士を揶揄した作者の表現か?


説明文(写真5参照)では、明治10年2月14日に挙兵して、9月24日城山での全滅で、八か月に及ぶ日本最大・最後の内戦が終結したとある。
ここ熊本城・田原坂では、明治10年2月25日から4月15日まで死闘を繰り広げたという。


「西南の役 激戦の軌跡」の図では、両軍の動きが時系列で確認できる。
熊本県内での詳細日付の図(写真6参照)。


九州全体での両軍の動きの詳細日付の図(写真7参照)。


今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)15km→田原坂西南戦争資料館15km→熊本(自宅) 所要時間3時間(実2.5時間) 総計30km 走行累計23,866km


田原坂西南戦争資料館
2016/1/4(月) 晴

今日は、午後2時前の出発。3時間少々のポタリングに出る。
向かう方向は北。
荻迫を通り、田原坂公園に向かう。
田原坂公園では、資料館(写真1参照)が新しくなっている。


資料館北側に西南戦争の戦没者慰霊塔(写真2参照)がある。


後ろには、左手に薩軍戦没者銘(写真3参照)


右手に官軍戦没者銘(写真4参照)の石碑が建っている。


合掌して帰途に就く。
今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)17km→潤野古墳15km→熊本(自宅)所要時間3.5時間(実2.5時間) 総計32km 走行累計14,506km


田原坂公園
2015/5/25(月) 晴

田原坂公園に到着。
一番手前左側に「弾痕の家」がある。
昔は道路向かい側にあった。漆喰塗りの土蔵を剥落させることもなく良くぞここまで移設したものだと感心したが、復元建築物のようだ。
その横の資料館前に「日赤」創立の由来書(写真4参照)がある。


その向かい側に開館したのか、準備中なのか?新資料館が建っている。
17時50分、帰途に就く。夏至に向って日没が遅くなった。19時前帰着。未だ十分に明るい。

今日も無事だったことを天に感謝する。
熊本(自宅)20km→熊本市「田原坂公園」15km→熊本(自宅) 所要時間2.5時間(実2.5時間) 総計35km 走行累計11,683km


自転車で探訪した史跡・文化財等の記録です。一部山行の記録もあります。

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