
松無古今色 竹有上下節
(松に古今の色無し 竹に上下の節あり)
☆ 松は百年も二百年も変わらずに夏の猛暑でも
冬の大雪にも緑色の葉をピンと伸ばしている。
竹はまっすぐに天に向って伸びていくが、
その中にもちゃんと節というものが有り、
上と下との節度をもって生きている
昨日、事務所(実家)近くにある文化財に指定された建物で、茶会が催された。
毎週流派を変えて、催されるらしい。近くにいながら少しも情報を得ることができなかった(母も弟も興味なしということだな)。
先週お稽古にうかがったら、然々こうこうでそこで家の流派の茶会があるからと、先生から教えていただいた。
ほんのちょっとの間にいける距離だったので、是非伺ってみようと、本当に少しの時間、異空間に身を置かせていただいた。
(午後事務所に行くと、クレーム処理に電話対応する弟、配達等手分けしなくてはとても無理と判断。これはまた茶会も無理か?と思ったが、少しの時間だと慌てて一席お邪魔させていただいた次第。その後、夕方暗くなるまで、街の中を西東と走り回ることになるのだが・・)
電気の灯もない、四畳半の昔ながらの茶室が設けられていることすら、長い間同じ町内に住んでいながら少しもしらなかった。
午後、早い時間に伺ったのだが、西にあるその茶室を覆うかのように、西に大きな植え込み(大きな木が)があり、初冬の西に傾く日の早さを思い起こすかのように、既に茶室は薄暗くなり、灯された行灯の灯がいい趣を醸していた。
床の書は、お家元の書だとの説明。
『松無古今色 竹有上下節』
今の世の中、全ての社会に置いて、まさしく一番に思わなくてはならず、一番忘れ去られていることなのだと感じる。
道具の取り合わせは、茶会における楽しみのひとつである。
この日、出された煎茶茶碗は、何の柄もなくひとつひとつが一色ごとにいろ取られた、五色茶碗だった。
暗い世の中のニュースばかりが流れる中、せめてこの時間明るいことを思っていただこうと、主催者の思いがこの茶碗に表されていた。
『皇室で、悠仁様がお生まれになり、それにあやかってこのお茶碗を使わせていただきました。』
とご亭主の説明。
五色の彩りは、その色の順番もありそれぞれに意味合いもある。(下記参考)

<五色幕>
五色幕(ごしきまく)にあるそれぞれの色は、
「5つの智慧(ちえ)」をあらわしています。ちなみに仏教でいう「智慧(ちえ)」とは、知識(ちしき)のことではありません。
次から次にあふれてくる人間の欲望(よくぼう)をむなしいものだと知り、物事をありのままに正しく見つめていくことを「智慧(ちえ)」といいます。
青……「成所作智(じょうしょさち)」
(あらゆるものを完成にみちびく智慧)
白……「平等性智(びょうどうしょうち)」
(すべてのものが平等であることを知る智慧)
赤……「法界体性智(ほっかいたいしょうち)」
(物事の本質を明らかにする智慧)
黄……「大円鏡智(だいえんきょうち)」
(鏡のように、あらゆるものを差別なく見ることのできる智慧)
黒(緑)……「妙観察智(みょうかんざつち)」
(平等であっても、それぞれ違うものであることを知る智慧)
ほんの短い、たった一席のお席の中、お仲間に入れていただき、お床、お道具、お手前、その他様々なものから、
人として、学ばなければならない様々なものを、改めて教えていただいた時間だった。
日々、感謝!
日々、精進!
忘れることなく、生かされていることに感謝しつづけよう。
(松に古今の色無し 竹に上下の節あり)
☆ 松は百年も二百年も変わらずに夏の猛暑でも
冬の大雪にも緑色の葉をピンと伸ばしている。
竹はまっすぐに天に向って伸びていくが、
その中にもちゃんと節というものが有り、
上と下との節度をもって生きている
昨日、事務所(実家)近くにある文化財に指定された建物で、茶会が催された。
毎週流派を変えて、催されるらしい。近くにいながら少しも情報を得ることができなかった(母も弟も興味なしということだな)。
先週お稽古にうかがったら、然々こうこうでそこで家の流派の茶会があるからと、先生から教えていただいた。
ほんのちょっとの間にいける距離だったので、是非伺ってみようと、本当に少しの時間、異空間に身を置かせていただいた。
(午後事務所に行くと、クレーム処理に電話対応する弟、配達等手分けしなくてはとても無理と判断。これはまた茶会も無理か?と思ったが、少しの時間だと慌てて一席お邪魔させていただいた次第。その後、夕方暗くなるまで、街の中を西東と走り回ることになるのだが・・)
電気の灯もない、四畳半の昔ながらの茶室が設けられていることすら、長い間同じ町内に住んでいながら少しもしらなかった。
午後、早い時間に伺ったのだが、西にあるその茶室を覆うかのように、西に大きな植え込み(大きな木が)があり、初冬の西に傾く日の早さを思い起こすかのように、既に茶室は薄暗くなり、灯された行灯の灯がいい趣を醸していた。
床の書は、お家元の書だとの説明。
『松無古今色 竹有上下節』
今の世の中、全ての社会に置いて、まさしく一番に思わなくてはならず、一番忘れ去られていることなのだと感じる。
道具の取り合わせは、茶会における楽しみのひとつである。
この日、出された煎茶茶碗は、何の柄もなくひとつひとつが一色ごとにいろ取られた、五色茶碗だった。
暗い世の中のニュースばかりが流れる中、せめてこの時間明るいことを思っていただこうと、主催者の思いがこの茶碗に表されていた。
『皇室で、悠仁様がお生まれになり、それにあやかってこのお茶碗を使わせていただきました。』
とご亭主の説明。
五色の彩りは、その色の順番もありそれぞれに意味合いもある。(下記参考)

<五色幕>
五色幕(ごしきまく)にあるそれぞれの色は、
「5つの智慧(ちえ)」をあらわしています。ちなみに仏教でいう「智慧(ちえ)」とは、知識(ちしき)のことではありません。
次から次にあふれてくる人間の欲望(よくぼう)をむなしいものだと知り、物事をありのままに正しく見つめていくことを「智慧(ちえ)」といいます。
青……「成所作智(じょうしょさち)」
(あらゆるものを完成にみちびく智慧)
白……「平等性智(びょうどうしょうち)」
(すべてのものが平等であることを知る智慧)
赤……「法界体性智(ほっかいたいしょうち)」
(物事の本質を明らかにする智慧)
黄……「大円鏡智(だいえんきょうち)」
(鏡のように、あらゆるものを差別なく見ることのできる智慧)
黒(緑)……「妙観察智(みょうかんざつち)」
(平等であっても、それぞれ違うものであることを知る智慧)
ほんの短い、たった一席のお席の中、お仲間に入れていただき、お床、お道具、お手前、その他様々なものから、
人として、学ばなければならない様々なものを、改めて教えていただいた時間だった。
日々、感謝!
日々、精進!
忘れることなく、生かされていることに感謝しつづけよう。
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