「夢」
手相占いと言いながら、名前診断(笑)・・
イベントでよく「手相見ないのに診断されてますね・・」なんてご質問を受けあわてて手相を見る僕がいます。
リピーターの方は慣れてくださっていて、でもたまに「手相みてくださいな・・」なんて笑われます。
大筋で心当たりのあるところにメッセージが送れているようで、定着してきて依頼を下さるので感謝ですね。
おかげ様でいろんな場所に伺う事が出来ています、たまに外国の方からも依頼があります、
韓国、中国、オーストラリア、アメリカの方など、日本語もねちゃんとしていないのに頑張ってみています(笑)。
もちろん日本語を熟読された方なので大体は伝わっているようですが、どうしても伝わらない時は手ぶり身振りでお伝えするのですが、
多くは外れていないようで、喜んでいただいているようですが、こっちの方が好評で僕は汗まみれになりますがね。
人の魂は輪廻転生するといわれていますが、僕の占いが大きく外していないと言う事は、
次回生まれ変わるとして、必ずしも自国であるとは限らないという事なんですね、人生ってなんか不思議ですね。
大きく宗教観が違ったとしても理解したり感じたりする感覚は同じって嬉しいです。
こんな人生を歩こうとは、20歳の頃僕が今を見たら「ありえねぇ・・」って言ってると思います。
もしこの世界に運命という筋書きがあるとしたら、ビジネスの世界で戦いながらやつれて死んでゆく一生だったかもしれません。
あの頃の僕は人を信じたり頼ったりなんて言う視点はなかったと思います、
そう、あがいていたかもしれませんね、自分の在り方やどう生き抜くかなんて、人に構う余裕はなかったと思います。
お笑いを学んだのも、いかに女の子と話せるかというしっかりとし目的があったけど、
安定した家庭を持ったり、この子を幸せにいたい、なんて考えた事はなかったと思います、
人並に彼女が欲しかっただけだと思います。
占いを始めたというか、依頼が先にあってなんとなく始まったのですが、
僕は一つのイベントのように、楽しんでかえってくれればいいかなくらいの感覚でやり始めたので、
少し遊び心程度でいいや見たいな、ほんと失礼な話ですがそんな気持ちでいたのです。
それが始まると他人で初対面のしかも素性も解らないこの僕に、「自分の今の最悪をさらけ出す」という行動に
コミュニケーションは駆け引きだと理解していた僕は凄く動揺し、困惑を覚えたのを今も鮮明に思い出します。
この感動は僕の世界観を大きく変えてくれました、
というか僕でも人の役に立つ事ができるかもしれないと感じ、「嬉しい」という感情を実感する場面が多くなり始めたのですね、
気が付いたら、伝え方の勉強が始まっていて、上手く伝わらない時は悩んだり、工夫する僕が出現していたのです。
それが、苦痛ではなく楽しいと感じる僕にいい感じの違和感を初めて体験させていただいた。
それの繰り返しの中で、「僕は人と理解しあったり共感する」という行為に憧れがあって、
自分の中に眠っていた「夢」の存在を知る事ができたんです。
関わって下さる皆さんのお陰で僕は「夢」という人生の選択肢をしる事ができたのです。
感謝ですね。運命はないですが、人生は大きく自分らしい方向へ向いています。
ありがとうございます、そしてこれからもよろしくお願いしますね(笑)。