第Ⅰ章 木造軸組工法概観 「PDF 第Ⅰ章 参考 敷地の読み取りからゾーニングへ」A4版3頁
参考 敷地の読み取りからゾーニングへ 2000年作成テキストより
通常、地面の上の建物が建つことになるある区画を「敷地」と呼ぶ。
◇[敷地]は、連続した物理的地形・地盤の一画である。
◇[敷地]の現況の姿は、そこでの人々の様々な社会的・歴史的な営みの結果である。
◇[建物を設計する]ことは、単に、敷地上に建つ一つの建物を設計することではなく、その敷地とその周辺の(既存の)状況:いわゆる環境:を変化・改変することである。 設計の善し悪しは、この変化・改変のしかたにより決まると考えてよい。
したがって、設計作業は、建物単体だけではなく、周辺の状況全体に目を向けて行わなければならない。どんなに狭い敷地、小さな建物であっても周辺との関係:「敷地全体=屋敷構え」を考える必要がある。
[屋敷構え]:「宅地の形状的なもの、日照や風向、地形の高低、道路との関係などの立地条件。宅地の中の建物や井戸、干庭、庭園などの配置の形式。四周を区切る門塀や防風林、石垣などの諸施設。これら一切を一括して『屋敷構え』という。「滅びゆく民家」より川島宙次著 主婦と生活社
1 地質・地盤の状態を知る。
◇ 敷地がどのような場所の一画であるか、あるいはどんな一画であったかを知る。すでに住宅が建っていた場所、畑、山林、水田等々。
◇ 地表面は改変されている場合が多いが、地表下部の地盤・地質は変わっていない。
◇ 建物を支持するための良好な地盤を知るには、現状とあわせて、改変前の敷地全体の状況を把握しなければならない。その上で、必要があれば試掘を行う。大規模な造成を施した建設地では特に重要である。
〇 旧水田地帯などの低地:以前は水田か、あるいは河川敷・河床・湖沼などであった土地。盛土されている場合が多い。盛土の時期・厚さ・土質の確認が必要。盛土が安定するには、最低でも10年以上を要すると言われている。特に、地下水位には注意が必要(⇒周辺にある井戸などで知ることができる)。
〇 旧畑作地帯、山林などの高地:平坦地・丘陵地帯、ともに盛土・切り土が行われていることが多い。その時期と土質・既存地盤面および傾斜を必ず確認する。
〇[水捌け]:雨が降ったあと、水たまりができたり、土の湿気が乾かない(常に湿った色をしている)場合は、比較的浅いところに雨水の浸透を妨げる粘土層などがあることを意味する。粘土層は、一般に建物を支持できる盤ではあるが、上部は湿潤になりやすく、雨水の敷地内処理・雨落ち等に適切な対応が必要。
▽ 例 土地の過去の状況を示す地図 茨城県水戸市千波湖周辺 国土地理院
2 建設地周辺の町並み・集落の立地状態と建設地の関係
既存住居群(特にその地域:集落の出発点となったと思われる)が、どのような場所であるかを知り、それぞれの敷地がどのような場所に構えられているかを確認する。
上記「1、2」についての調査は、下記によって行うことができる。: ①建設地周辺の踏査による観察(その際、昔からの住人に尋ねるのも一法) ②周辺についての「地誌」「郷土史」などの資料 ③国土地理院発行の「地形図」などの資料(地形図では、現在および過去に刊行された地図により、現状との比較・対照を行う。また、同じく国土地理院では、航空写真:空中写真も閲覧・入手が可能である。航空写真は地形図よりも土地の特徴、改変の状態を把らえやすい場合がある。各市町村では、現状地形図・都市計画図等がある。)
3 気象を知る
〇 日 照:磁石で方位を確認するだけではなく、実地調査を必ず行う。 周辺建物や樹林などの影響もあるので、時間帯を異にして数回現地を訪れる。 最小限、冬至の太陽の位置と日当たりを確認する。日影図の作成だけでは、実際のことはつかめない。
〇 風向き:建設地周辺の土地の様態が、風向を左右する。市街地では、高層ビルに近接している場合はビル風に注意。周辺の既存集落の「屋敷構え」から風向きを読み取ることができる。
武蔵野の民家の屋敷林(埼玉県入間郡足立町):家の前面には白樫の高生垣、背後には欅を植える。 滅びゆく民家より 川島宙次著 主婦と生活社
たとえば関東地方では、初冬から翌春まで、強い季節風(北西風)が吹く。シベリヤから日本海を渡り、裏日本に雪を降らせて乾ききった風で、これを防ぐために防風林が造られる。海風を受ける地域でも防風林は見られる。武蔵野では、春から夏にかけての強い南風が黄塵を巻き上げるので、南面にも防風林をつくる。茨城県では、春から夏にかけて「やませ」:鹿島灘からの冷たい北東風:も吹くので、これを避ける防風林もある。茨城県西部には、高さ3mを越えるような防風林の典型をみることができる。
敷地とゾーニング、平面・形態計画
1 敷地とゾーニング
最も大切なのは、[自分が実際に建設地に立つ]ことである。(経験を積んで、敷地図上で周りの様子を把握できるようになるまでは)繰り返しその建設地を訪れ、「そこの空気を吸う」ことである。それにより、敷地:空間の使い方すなわちゾーニングを読み取るのである。空間の使い方:ゾーニングは、その敷地固有のものである、と言ってよい。
現地に立って考えること
① 周辺の家並みあるいは自然の地物のなかで、どのくらいの大きさの空間・立体が必要か、そして可能か、必要以上に周辺を圧倒する大きさでもなく、また周辺に埋もれてしまう大きさでもない、納まりのよい空間の量を考える。その際に、敷地を含めた周辺の簡単な断面図を描くと分かりやすい (法規の諸規制の限度いっぱいに建てることは法的には許されても、不具合になる場合の方が多い)。
② その敷地にどこから取り付くか(その敷地のどこを入口とするか)。
③ それに応じて「奥」がどこになるか、を見極める。敷地への取り付きを考えることは、①項とあわせて、建物への入り口をどこに置くか、を考えることになる。入口から「奥」にかけて、空間は徐々に質を変えてゆく。
具体的な設計において、①~③で見極めた空間の質の差を利用する。人は、この空間の質のちがいに応じて暮らしを展開するからであり、そのように設計できたとき、人はその空間でごく自然に(違和感を感じることなく)振る舞うことができる。心和むのはそういうときである。
住居では、入口:玄関は、個人の生活が外界に接する場所であり(玄関を出て敷地の取り付き:一般的には門:へ進むにつれ、徐々に外界へなじんでゆく)、それに対して「奥」は、最も個人の生活の極まる場所(私的な場所)である。 そして、入口と「奥」の間の空間に、その質に応じた所作が展開する。(たとえば家族が集まる食事の場は「奥」ではなく、入口の近くでもない。)
間取りの原型
図1・2と解説は共に 滅びゆく民家 より 川島宙次著
図1: 横列2間取りの家が漸次拡張を重ねて、整型4間取り型に発展してゆく過程を示した実例。(長野県南佐久郡八千穂村) 長野県民俗資料調査報告書による
図2左:前土間型3間取りの原型ともいうべきもので、股建て造りの仮小屋。 間仕切りは全て筵(むしろ)である(藤原義一氏による)。(富山県東砺波郡上平村) 中:土座住まい。妻入り(吉田靖氏による)。(長野県下水内郡栄村) 右 : 江戸初期の建物。手前の炉のある部屋がだいどこで、その背後に建つ中柱を境として、右にねま、左にざしきがある。板戸をはめた間仕切りであるが、嵌め殺しで1枚だけが動く。だいどこは近年まで土座であった。(滋賀県伊香郡余呉村)
ワンルームの空間(縄文期の縦穴住居のような空間)で暮らすことになれば、人は入口との位置関係できまる空間の質に応じて空間を使い分ける(たとえば、寝るには奥が使われ、決して入口近くでは寝ない)。この感覚を思い出すことは、設計の上できわめて重要である。 いわゆる「ハレとケ」で間取りや空間を分析する方法があるが、そのような空間の使い分けは、この空間の質のちがいの認識があってはじめて可能なのである。
空間の質の見きわめには、敷地周辺の細部の状況(隣家の間取り、高い壁、窓、植栽など)についての認識が必要になる。また、先々の周辺の変化の予測・見当も必要である。周辺状況によって必要と思われる「空間の質」が確保されそうもない場合は、その「空間の質」が確保されるような装置:植栽や塀などのいわゆる外構:を考える。外構は、建物以外の空地を単に飾ることではない。これらの読み取り・想定も、現地に立って考えることが望ましい。
2 「空間のボリューム」「空間の質」の読み取りから「間取り」へ
① 常に敷地図の上で考える。隣家の概略の位置や特に注意を必要とする要素を書き込む。 すなわち配置図である。配置図は、敷地周辺の状況を示すものであると理解したい。
② 現地で見きわめた「空間の質」のちがいを敷地図上に落とす。
③ 「質」のちがいに応じた使い分けを想定し、その結果として「部屋」として区画する。
④ 断面スケッチで「空間のボリューム」を確認する。
⑤ 特に木造軸組工法の場合は、その工法の特質上、区画を3尺(909㎜)又は900~1000mmの グリッドにのるように整理することが重要となる。
作業中に行き詰まった場合は、敷地図に戻り最初のイメージの検討からやり直す。最初から、敷地図なしで、方眼紙に間取りだけを書き込んで行く例をしばしば目にするが、これでは、どこの土地に建っても同じ建物になってしまう危険がある。
また、敷地内の建物が建つ部分以外を「空地」と考えてはならない。屋根があろうがなかろうが、常に、敷地全体を考えるように努める。
blog「建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える」
◇「敷地とゾーニング」についての投稿記事へのリンク
建物をつくるとはどういうことかー11・・・・建物をつくる「作法」(2010.12.23)
A・AALTO設計「パイミオ・サナトリウム」の紹介-3:スケッチから(2013.08.29)
◇「間取りの原型」についての投稿記事へのリンク
日本の建築技術の転換ー1・・・・建物の原型は住居(2007.03.15)
付録 「М 邸」: 1970年竣工 群馬県 妙義山に向かうほぼ平坦地。
blog「建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える」2009年12月2日掲載記事より
「・・・1970年当時は、木造は学習中。怖くて「架構即空間」にはできなかった頃です。真壁仕様は座敷部分だけで、他は大壁仕様です。ただ、下仁田の大工さんは一国者で、柱の中途に入る材は差物扱い。当時は東京に居て、加工場へ頻繁に行けなかったのが、かえすがえすも残念な現場でした。」
配置図(平面図)・写真:「住宅建築」1983年7月号掲載より 写真:鳥畑英太郎氏
同記事へのリンク:「ボタンのかけちがい・・・・『伝統再考』・考」(2009.12.02)