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B19 紫式部日記 エピソード編 藤原道長の女房からかい

  『源氏の物語』には光源氏の数々の恋の逸話が盛り込まれています。帝(桐壺)の愛妃藤壺(義母)との禁断の恋、年上の愛人御息所(六条)との濃厚な関係、中年に至りかつての恋人夕顔の娘(帚木に出た頭中将との娘)を養女にしてすり寄る恋。中には人妻空蝉との一夜の逢瀬や、兄東宮の許嫁(朧月夜)と弘徽殿の細殿で交わした契りなど、艶っぽくきわどい興味をそそるようなものもある。これだけ幾つもの恋を思いつく紫式部は、よほど自分自身でも恋を知っているものと、特に殿方からは思われているのでしょう。そんな方々は、紫式部がもとより色事好きだからこうした物語を思いつくのだと想像するらしい。道長はそこをついて紫式部をからかいます。

  1008年中宮彰子が道長の屋敷に帰っていたとき、ちょうど懐妊中ということで甘い香りの梅の実が出されていました。そして『源氏の物語』も、そこにありました。

― 源氏の物語、御前にあるを、殿(道長)の御覧じて、例のすずろごとども出できたるついでに、梅の下敷かれた紙に書かせ給へる、
  すきものと 名にし立てれば 見る人の 折らで過ぐるは あらじとぞ思ふ給はせたれば、
  「人にまだ 折られぬものを 誰かこの すきものぞとは 口ならしけむ めざましう」
[現代語訳
  『源氏の物語』が中宮彰子の御前に置かれていました。殿はそれをご覧になり、いつもの軽口が出てきたついでに、梅の木の敷き紙を手にとってこのような歌を書かれました。
  「梅の実は酸っぱくて美味なこと(酸きもの)で知られるから、手折らずに見逃すものはいない。さて『源氏の物語』の作者のお前は『好きもの』と評判だ。口説かずに見逃す男はおるまいとおもうが、どうかな?」
  これを紫式部に下さるので、
  「まあ、私には殿方の経験などまだございませんのに、どなたが『好きもの』などと噂しているのでしょうか?
心外ですこと。」
  紫式部(もう子持ちなのだが)はそう申し上げた。]

  こうしたからかいには、奥に必ずや「私とお手合わせしてみないか?」との挑みかけがあります。女としては、それを含んだ上で答えなくてはなりません。大方は、冗談としていなすか、相手の浮ついた点を突いて切り返します。
  歌の世界には定石というものがあって、夫婦でない男女の場合、男は熱く迫り、女は冷たく返す。真実がどうなのかは別にして、演技でやりとりをする部分があります。

  道長は冗談好きで、女房相手にしょっちゅうこうした戯れをします。例えば和泉式部へのいたずらです。歌人として名高い和泉式部ですが、色恋沙汰ではけしからぬ所があって、橘道貞という夫のある身でありながら兄弟の親王の兄と関係を持ち、兄が死んだあと弟とも関係を持ちました。いわゆる「恋多き女」というのが、彼女についてまわる名でした。そんな彼女が中宮彰子のもとに仕えるようになったある日、道長は彼女の扇に「浮かれ女の扇」といたずら書きをしました。紫式部を「好きもの」と呼んだのと同じです。この扇の主和泉式部、お前は遊女も同然と評判だぞ、誰でも相手にするのだろう、という色めいた冗談です。もちろん奥には「私とどうだ?」との誘いかけがあります。和泉式部は、道長のいたずら書きの隣にさらりと書きつけました。

― 越えもせむ 越さずもあらむ 逢坂(おうさか)の 関守ならぬ 人なとがめそ ―
[現代語訳
  私は殿方と一線を越えもするでしょう。越さないこともあるでしょう。私は私の好きにいたしますわ。私の逢瀬の管理人でもない方が、咎めだてしないで下さいな。それとも殿は、私の管理人になってくださるとおっしゃるのかしら?]

  見事な切り返しです。和泉式部以外の人にはとても詠めまい。「浮かれ女」という不躾な名を堂々と受け止めて、「遊女かどうかは知らぬが、誰と寝ようが私の自由だ」と胸をはります。さらに「逢坂の関守ならぬ人」、その秘め事に関わるわけでもない人が口を出すなと、相手が殿と分かりながらぴしゃりと言ってのける。とはいえ強い口調には裏返しの意味が秘められていて、「関守ならば咎めても当然」ということ。つまり殿に向かって「私の男になるつもりがおありだから、口出しなさるのかしら」と、ほくそ笑むような誘いかけでもある。
  和泉式部は天才だと、紫式部は思いました。

― 原文略 ―
[現代語訳
  和泉式部という人こそ、おしゃれな恋文の名手だったこと。ちょっと感心できないところもあるけれど、くつろいだ手紙の走り書きに即興の才ある人で、何気ない言葉が香り立つようでございますね。歌は、本当にお見事。和歌の知識や理論、本格派歌人の風貌こそ見て取れないものの、何の気なしに口にする言葉の中に、必ずはっとさせる一言が添えられています。とはいえね、彼女が人の歌を批判したり批評したりしているのを見ますと、「はてさて、さほど和歌を頭で分かっているのではないらしい。天才型で、考えずとも口をついて歌が出るほうね」とお見受けしますね。ですから「頭の下がるような歌人だわ」とは私は存じません。]

参考 山本淳子著 紫式部ひとり語り
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