goo blog サービス終了のお知らせ 

gooブログのテーマ探し!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

恋には手順がいる 平中 (平貞文)

2024-01-23 10:46:34 | 色好みの代表 平中-平貞文
色好みの代名詞 平中

  馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」一部引用再編集

*******

 恋には手順がいる 平中 (平貞文)

  いうまでもなく、男女の交際には上手な仲介者が必要である。仲介役がいいかげんだと必ず破綻が起きる。それはわかってはいるが、なかなかちょうどの人は見つからない。
  ある時平中は、少し便りないとは思いながら、つい相手方に縁故のありそうな手づるを信じて、さる侯爵の姫君に交際を求めた。はじめのうち二、三度はよき返事があってうれしく思っていたが、そのうち返事は全く来なくなった。

  そこで平中はかなりオーバーに「身を燃やすことぞわりなき」などという情熱的な歌を届けたが一向に返事は来ない。何か悪い風評でも耳に入れる者があったのではと心配したが、そうでもなさそうだ。仲介の男は、「先方はどうということもありません。ただ、大切な姫君として、大切にまもりかしずいている方ですから」というので、平中も、「なるほど育ちの差はそういうものか」と納得して、こんどは思いのたけを綿々とつづり、仲介の男に渡してみた。しかし、こんども返事はない。
  きっと競争相手が多いのだと思い、

  「はき捨つる庭の屑とやつもるらむ見る人もなきわが言の葉は」

という、情けない歌を詠んでやったが、これにも返事は来なかった。もう一度と思って、こんどは語調も整えて恨みの歌を作った。

  「秋風のうら吹き返す蔦の葉のうらみてもなほうらめしきかな」。

しかし、これほどはっきり言ってやってもなお返信は来なかった。

  今までにないことと、平中はつてを求め、しっかりした女房から事情をきくと、まずは仲介の男がいいかげんで、家の内情にも明るくない。しかしはじめのうちは姫君の代筆・代弁をする女房がいたので何とかなったのだが、その後、その女房は別のところに移ったので、平中から身を焦がすような手紙や歌が届くたび、姫君の憧れ心は刺激されていたという。
  しかし姫君は返事の書きようもわからず、歌も詠めない上に、代わって返事を書くほどの女房がいなかったというお粗末な事情だった。

  事情を話した女房は詠嘆して、「何とまあ沢山の恋の歌やお手紙が無駄になって、惜しいことでございました」と言葉を結んだ。身分が高い姫といってもこれしきのことだ。これでは文をやるほどの値打ちもないと平中も諦めがついた。この姫君、その後ごく当たり前な結婚をして、平凡な主婦として暮らしているということだ。

参考 馬場あき子氏著作
 「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」

3-3 色好みの恋とその終焉 平中 (平貞文)

2024-01-16 09:51:09 | 色好みの代表 平中-平貞文
色好みの代名詞 平中
  馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」一部引用再編集
*******
3-2 からのつづき

3-3 色好みの恋とその終焉 平中 (平貞文)

   言の葉の人だのめなる憂き露のおきていぬるぞ消えて悲しき 女

   (慰めてくださるお言葉は本当に頼もしく思っていますけど、はかない情の露を置いて朝にはお帰りになってしまうと、私は露が消えるように心も消え消えとなって、悲しさに沈むのです)

   あはれあはれおきて頼むな白露は思ひに草の葉やかるるとぞ 男

   (ああなんと悲しいことを仰しゃるのか、白露の私は草葉に宿りながら何を頼みとしたらいいのか。草葉は露のあと陽に枯れ(離れ)るというではありませんか)


  男女の間があまりに濃密に満たされている時、かえってその円満に翳(かげ)が差すのを怖れるような思いが湧く。色好みの風流な恋を楽しもうとして出発した二人のこの贈答をみると、変貌した女のいじらしさに驚きつつ二人の愛が長くつづくよう祈りたくなる。
  しかし愛はなかなか永続することはない。こうしたよき歳月のつづいた後、男は少しずつ女から遠ざかってゆく。嫌いになったわけでもないのに、より新鮮な感銘がほしくなり、知りつくした所から未知の世界を求めて漂泊しはじめるのである。

  男はまず難波の方に旅に出ようと思う。面白いのは、「すぐ帰ってきますよ」という心の証に、「但馬の国のたにもかく」を女のもとに残してゆくというのだ。「たにもかく」とは「かえる」のこと、つまり「たぢまぢのかへる」である。濁点は消せば誓約のことばになる。本当にそんなものを贈るはずはないから、絵などに描いたものだろう。女は、もし長逗留になるなら私は死んでしまうだろうという歌を詠み、男はそのいとしさについに旅立ちを思いとどまったほどだった。

  しかしながら、こんな二人の愛も終わりを迎えるのである。それが色好みの恋の約束ごとのようなものだ。円満に末長く添いとげる色好みなどはあり得ない。ましてこれは色好みを互いに認めあってはじまった恋である。恋の情感が古くなることは許されないことだ。二人の間には久しい空白が生まれていった。
  そして相互に、あの蜜月は本当に忘れがたい心尽くしの日々だったかが内包されてゆく。「忘れやしぬらん」という不安とともに、なつかしさの情が濃くなる。そして二人はもう一度歌を交わす。けれどその仲は戻ることはない。この恋は忘れられない日々を回想の中に残して終止符をうったのである。

    うちとけて君は寝ぬらむわれはしも露とおきゐて思ひ明かしつつ 男

     かへし

    白露のおきゐてたれを恋ひつらむわれは聞きおはず石上(いそのかみ)にて 女


^^^^^^^^^^^「平中物語」から抜粋編集
さて、そのころ、ひさしく行かざりければ、男、いとほしがりて、またつとめて、かくなん。

  うちとけて君は寝ぬらんわれはしも露とおきゐて思ひ明かしつ

と言ひたるに、この女は、夜一夜(よひとよ)、ものをのみ思ひ明かして、ながめ居たるに、持て来たりける

  白露のおきゐてたれを恋ひつらむわれは聞きおはず石上(いそのかみ)にて

この女の住みける所をぞ、「石上」とはいひける。

***********翻刻
さてそのころひさしくいかさりけれはおとこいとほしかりてまたつとめてかくなん

うちとけてきみはねぬらん我はしも露とおきゐておもひあかしつ

といひたるにこの女はよひとよものをのみおもひあかしてなかめゐたるにもてきたりける

白露のおきゐてたれをこひつらんわれはききおはすいその神にて

女のすみけるところをそいそのかみとはいひける又このおなしをとこ女ともありけり

*投稿者:私には難解。この例はたぶん女の方の気持ちが変わった感じでしょうかね。

おわり

参考 馬場あき子氏著作
 「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」

3-2 色好みの恋とその終焉 平中(平貞文)

2024-01-14 10:38:36 | 色好みの代表 平中-平貞文
色好みの代名詞 平中
  馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」一部引用再編集

*******
3-1 からのつづき
3-2 色好みの恋とその終焉 平中

  しかし、「大空もの」などと初消息に言っておきながら、たちまち「まさぐらばをかしかるべき」という大胆な変容を見せ、こんどは「退(の)_きもかれずな」と強く求めてくる。交際相手としてはまことに変化があって面白い。
  男はただちに返歌を届けた。「深山(みやま)なる松はかはらじ風したの草葉と名のる君はかるとも」、つまり、松の葉の色が変わらぬように自分の心は変わらない。風に靡く草葉のようなあなたが心変わりしたとしても変わらない。と誓ってみせる。そしてその夜は濃密な夜を過ごしたにちがいない。

  ところが、男が早朝に帰る姿を、女の身内の者が見つけてしまったのである。じつは女の身内の者は、この男とも知らない仲ではなかった。日頃話し合っている男どうしがつまらぬ詰問をしては一大事だ。
  女は知恵を働かせて一首の歌を詠み、男に届ける。「あなたが私のもとに通っているかなどと、不躾にもたずねる者があったら、この歌をもってお答えに代えてください」と、

   ちはやふる神てふ神も知らるらむ風の音にもまだしらずてへ

   (この国の神という神にお伺いを立てても、潔白は皆明らかです。私は逢ったことはもちろん、そういう女君の噂さえ聞いたことがありません)

  平中はたぶんこの歌に愉快を覚えて笑っただろう。そんなことを不躾に問い詰める男など、よほど親しくてもめったにない。女がひとりでくよくよと悩んでいると思うと、この先手を取るのが好きな女の意外な初々しさや可憐さに、改めていとしさが増すように思われたにちがいない。男はむしろ平然と、この女との関係を世にあらわしてもいいと考えたようだ。女に返歌を届ける。

   白川の知らずともいはじ底清み流れてよよにすまむと思へば

   (あなたのことを知らないなんて言ったりはしませんよ。白川が水底清く流れているように、私は一筋にあなたを愛し、夜々もそして世々も末長くあなたのもとに住もうと思っているのですから)

  これには女も感動して覚悟をきめたにちがいない。その後、二人の間には愛しあうものの濃(こま)やかな情の流露する贈答がみられる。いきなり男を「大空もの」と呼びかけた女が、しだいに一人の男を夫と思い定めたあと、こんどはその関係に破綻が生まれることを憂えて、情緒的な女の嫋々(風のむせぶようにそよぐさま)とした物言いになってゆくところが、ひとしお哀れに感じられる。

3-3 色好みの恋とその終焉 (は勝手ながら中止とさせてください。) 訂正 つづけることにしました。

参考 馬場あき子氏著作
 「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」

3-1 色好みの恋とその終焉 平中(平貞文)

2024-01-13 14:31:47 | 色好みの代表 平中-平貞文
色好みの代名詞 平中

  馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」一部引用再編集

*******
3-1 色好みの恋とその終焉

  平中の色好みの噂はかなり有名で、女の方からも、「自分こそ」という挑みをもつ者も少なくなかったらしい。ある女もその一人で、男の方もその女の色好みの噂は充分聞き知っていた。どういう”つて”があったのか、まず歌をよこしたのは女の方からである。

   心あだに思ひさだめず吹く風の大空ものと聞くはまことか

   (徒(あだ:実のないこと、浮気)な心をもっておいでの方,どこという当てもなく吹く風のように、浮気な、いい加減な方という噂は本当でしょうか)

  当の本人に対して、ずいぶん人を食った問いかけであるが、これは女の方も考えに考えての、いわば一代の賭けのような挑発だったと思われる。
  「大空もの」という面白い言葉も注目されるが、「大空」の広さ、取りとめなさから生まれたことばが、大胆に投入されていて、女の心だましいの太さが感じられ、平中は久しぶりのいきのいい挑発をぞくぞくしながら受け止めたにちがいない。早速返事を書く。

   ただよひて風にたぐへる白雲のなほこそ空のものといふなれ

   (大空ものと仰しゃいますが、空のものとは当てどなく漂い風に靡く白雲のことでしょう。つまりあなたのような人のことではありませんか)

  これはちょっと微笑を含みながら書かれたような返歌。「大空もの」という挑発に、やんわりと、あなたこそ、「空のもの」でしょうという時、似たようなふたりですね、という気分も含まれている。風流好みの似た者どうしの心尽くしの恋は平中の望むところである。

  しかし、しばらく時間をとって様子を静かに見守っていた平中のもとに、また女の方から、こんどは風情ある桜の枝につけて歌が届けられた。

   まさぐらばをかしかるべきものにぞあるわが世久しく映らずもがな

   (この桜をいかが御覧になりますか。遠目もよろしいけれど、身近に手を触れて賞(め)でるのも一段とちがった面白みがあるものですよ。そう、桜はさておき、私たち二人の間は散らぬよう長つづきさせたいですわ)

  平中としては女の方の恋の筋運びの早さにいささかびっくりしながら、この誘いに乗ろうと返歌をする。それは、

  「今年より春の心しかはらずはまさぐられつつ君が手に経(へ)む」

(参考:催馬楽に「今年より春の心し変らずはまさぐられつつ君が手につむ」という歌を見つけました。平中はこれを引用したようですね)

と、珍しく素直な、受け身の返事だ。「まさぐられつつ」とはずいぶん濃密なことばだが、平中の方も「君が手に経む」と、すぐにも女の家に住みつきそうな心の動きである。女はこんなやり取りを、面白いと思ったらしく、「では、物越しにお会いしましょう」と言ってきた。男も喜んで家に行き、まずはつつましく御簾越しに語り合っただけで帰ってきた。

  ところが何と、早朝に帰った男のもとに、女の方から早々に歌が届く。「吹く風になびく草葉とわれは思ふ」という上の句だ。女はすっかり男がきにいったのだろうか。下句では「夜半におく露退(の)きもかれずな」とまでいっている。「夜半に来て靡く草に置く露のようなあなたは、私からどうぞ離れないでください」。
  男はまたびっくりした。そんなことなら「物越しに」などと初対面の日の条件に従わなくてもよかったのだ。その上、まだ共寝(ともね)もしていないのに、「捨てていかないでほしい」などと、前もって言われてしまうなど、「大空もの」と呼ばれて以来、女に先手ばかり取られている。

次回 3-2 色好みの恋とその終焉 平中(平貞文)につづく

参考 馬場あき子氏著作
 「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」

後半 再び伊勢と平中

2024-01-12 11:05:18 | 色好みの代表 平中-平貞文
色好みの代名詞 平中

  馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」一部引用再編集

*******
後半 再び伊勢と平中

  それでも男は期待して出掛けて行くと、簀子(すのこ)縁に上がることが許された。ところが女の姉妹たちが簾(すだれ)のもとに寄ってきて、男をためそうといろいろ趣ある話題をなげかける。それはそれとして楽しくないこともなかったが、目的は目指す女とのしみじみとした対座だったはず。
  そこでこの魅力的な女を口説き落とそうと考えていたもくろみはすっかり外れてしまった。これは女が賢かったのか、男が女の本心を見きわめ切れなかったのか。男は薄情な女に恨みの歌を贈った。

   うちかはし誓はぬそでを雨雲と降りし時期は月に見えけむ

   (夜の袖を打ち交わして愛を誓うこともなく帰ってゆくとき、袖に雨雲を洩れる時雨のように降り注いだ私の涙、あなたはそれを、月光の下ではっきりごらんになったはずですよ)

  平中はまたしても、伊勢という女の憎いもてなしに翻弄されたことになる。しかし、もう一面からみれば、平中と伊勢は同じ中流階級の男女として、近似の生活習慣にある親近性をもちあっていたであろうし、互いにその和歌の才には一方ならぬ関心を寄せていたにちがいない。

  伊勢は権門藤原北家(ほっけ)の時平・仲平兄弟に恋を競わせたほどの才色をもっていたが、そうした上層階級の人々との交際とは全く別の交際を、平中のような同じ階級の男たちとの間では気楽に歌でやり取りしている。こうした場面を通して、男女の間の情の動きや、応答のテクニックにも慣れることが、女にとっては世を知ることでもあったのだ。

  色好みの高雅な精神は、本来の世間的命運への反逆の志を含んでいたにもかかわらず、しだいに世俗的な退廃を加えてゆくのはいたし方ないなりゆきだったのであろう。「平中物語」で「いちはやきみやび」と嗟嘆(さたん: 感じいってほめること)されたような鮮やかな場面もなく、日常化した「恋」の少し下世話な葛藤に、人間の滑稽さが笑いを誘う場面もある。

  しかし男女の情がなつかしい美しい物語ももちろんある。その中から好きな物語を一つ紹介したい。
次回 色好みの恋とその終焉 につづく

参考 馬場あき子氏著作
 「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」