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13- 平安人の心 「明石:故桐壺院の亡霊のお告げ。須磨を出て明石の君に出会う」

山本淳子氏著作「平安人(へいあんびと)の心で「源氏物語」を読む」から抜粋再編集

  嵐は何日も続いた。紫の上の文を持ってきた使いによると、都でも天変地異が起きているという。須磨では高潮が起き、光源氏の住まいは落雷にまで遭う。避難し疲労困憊してうたた寝する光源氏。ところがその夢に父・桐壺院の亡霊が現われ、この浦から去れという。また翌日にはやはり夢のお告げを得たという明石入道が小舟でやって来て、光源氏を明石に迎えたいという。光源氏はその申し出を受けた。

  移り住んだ明石入道の邸は都と紛う華やかさで、光源氏は心慰められる。初夏のある夜、明石入道は鍾愛する娘・明石の君のことを語り、光源氏に差し出したいと言う。光源氏は彼女と文を通わせ、高貴ともいえる優美さに驚き惹かれていく。一方そのころ、都では凶事が相次いでいた。夢で父・桐壺院に睨まれた朱雀帝は眼病を患い、帝を弱気とたしなめた弘徽殿大后も病み、その父大臣は薨去してしまう。

  光源氏は明石の君を女房として召そうと考えるが、自尊心の高い明石の君はそれに応じない。八月、ついに光源氏は根負けして明石入道宅を訪れ、初めて明石の君を抱き、六条御息所に似た彼女を愛するようになる。しかし翌年明石の君が身ごもった頃、都から光源氏召還の勅命が下る。再会を約束して光源氏は明石を去る。都では、朱雀帝が権中納言の地位を用意して光源氏を待っていた。
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  「源氏物語」の作者、紫式部。この名は、本名ではない。また、本来は彼女の女房名でもない。
  だいたい、「紫」とは何なのか?どう考えても、「源氏物語」と無関係ということはあるまい。ならば紫式部は、自分が書いた作品にちなんだ名で呼ばれていることになる。平安時代の女流文芸作家は少なくないが、紫式部のように個人名が作品と一体化している人物はほかにいない。現代の私たちは紫式部を最初から「紫式部」であったように思いがちだが、紫式部が「紫式部」という名で世に認められているということは、実に稀有なことなのだ。

  紫式部が「紫式部」と呼ばれるようになるなっていく経緯をたどってみよう。

  当然のことだが、紫式部にも本名があった。だが本名は、公文書に記す際など、ごく限られた場合にしか使われない。女性が家で家族や召使から呼ばれる場合には「君」や「上」などと呼ばれたし、女房となれば女房名で呼ばれるのが普通だった。女房勤めに出なかった道綱母が、名を伝えられずただ「藤原道綱の母親」と呼ばれるしかなく、宮仕えに出た清少納言が、その女房名「清少納言」で世に知られるのも、このためだ。

  さて、女房名には大方の決まりがある。父や兄など身内の男性の官職名を使うのだ。例えば父が伊勢守だったなら、その国名を取って「伊勢」という具合だ。紫式部は、中宮彰子のもとに仕え始めた時、「式部」と呼んでほしいと申し出たらしい。父の藤原為時が、かつて式部省に勤めていたからだ。しかしそこで困ったことが起きた。彰子の周りの女房には、もう既に二人も「式部」がいたのだ。朝廷の官庁名には限りがあるから、こうした事態はしばしば起こる。そんな場合は、姓から一文字を取って前につける。「清少納言」の名も、身内男性の官職名「少納言」に姓の「清原」の一文字を取ってつけた名だ。
  こうして紫式部の場合は、「藤原」から一文字を取って「式部」の前につけ、他の二人と区別した。「藤式部」、詠み方は「とうしきぶ」。これが紫式部のもともとの女房名だ。既に評判だった「源氏物語」を引っ提げて宮仕えを始めた彼女だったが、「紫式部」と呼ばれはしなかったのだ。

  ところが彼女は、それとはまったく違う名前で呼ばれもした。自ら記す「紫式部日記」の一場面。寛弘五(1008)年十一月一日、中宮彰子の産んだ皇子の誕生五十日(いか)の宴でのことだ。和歌・漢詩・管弦と、文化の世界ではなんでもござれの重鎮である藤原公任(きんとう)が、紫式部にこう呼びかけた。
 「あなかしこ。このわたりにわかむらさきやさぶらふ(失礼。この辺りに若紫さんはお控えかな)」
  公任は、「源氏物語」の女主人公「若紫」の名で、作者の藤式部を読んだのだ。権威の公任にこう呼ばせたことは「源氏物語」の快挙だ。

  公任が「藤式部」を「若紫」と呼んだのは、その場限りの座興だったかもしれない。だがやがて、彼女は「紫」と呼ばれるようになっていく。そしてほどなく世は彼女を、女房名の「藤式部」でもなく、あだ名の「紫」でもなく、「紫式部」とだけ呼ぶようになる。
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