(11)大いなる“お涅槃”(おねはん)
このようにお釈迦さまの教えに帰依する、出家、在俗の人々が多くなる
一方には、それをねたむ人も少なくありませんでした。今までの宗教を
あがめ、苦行する人たちはいろいろな方法でお釈迦さまの教え、つまり
仏教を妨害しました。
でも、お釈迦さまのお慈悲の光にあうとあわ雪のようにとけ去るもので
ありました。その中でも最もしつようでいんけんにダイバダッタ(提婆達多)は
挑戦しました。教団の和合をやぶるために手だてをつくし、
ついにはお釈迦さまを殺害しようとしたほどでした。
このような反対にもこだわることのないお釈迦さまの大法輪(だいほうりん)は
くらやみの中をさまよう人々の前に大きなひびきとともに、ついに
消されることのないわだちのあとをきざんで今におよんでおります。
ブッダとしてすべてをかたむけて人々の幸せのためにお教えになられて
45年、80歳になられたお釈迦さまは最後の遊行の旅路につかれました。
そして、ラージャグリハの鷲の峰(霊鷲山)をあとにして北へすすまれ
ヴァイシャーリ近くでつぎのように教えられました。
「弟子たちよ自らを燈火とし、法を燈火とせよ。」
やがてクシナガラ(狗斯那愒羅)に入られる途中、病を得て、ついに
シャーラ(沙羅)樹の林の中の二つの大木の間をお涅槃の場所にお定め
になられ、最後の教えをお説きなされました。
「弟子たちよ、わたしは今別れをつげなければならない。しかしこの
死は肉体の死であることを忘れてはならない。父母によって生まれ、
食によって保たれるものであるから病み傷つき、こわれるものである。
だが、ブッダはさとりである。肉体はここで滅びてもわたしのさとりは
永遠に法と道に生きている。だから、わたしの肉体を見るものがわたしを
見るのではなく、わたしの教えを知る者こそわたしを見る。」
完
青山書院 澤宗彦