幸せを育てる教育まんが

お子様から お年寄りまで読んでいただきたいものとして仏教書及び仏教まんがを刊行いたしております。

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お釈迦さまのご生涯

2011年05月20日 | 日記

(7)ブッダの座につく

シッタルダさまは小高い山をめざしてのぼりました。
でも、その山の石室に住む竜の願いを聞きいれ、河岸のピッパラ樹
の下に草を敷くことになりました。
おりから草刈人が捧げる吉祥草をもって草座をつくり、その上に
結跏跌坐(けっかぶざ)して東方に向かい、自ら誓われました。

『たとえこの身はこの上で朽ちるとも苦患を破る最も勝れた
無上菩提を成ぜぬなら、この座をたつまい、動くまい。』
それはシッタルダさま三十五歳の時でありました。

まず、この世を支配する欲の王である魔王を降ろすべきと思われました。
眉間の白毫相(びやくごうそう)から大光明がはなたれ悪魔の国土を
照らしました。魔王はただならぬなりゆきに恐れをなし、
『シャーキャ(釈迦)族の王子は今に仏となって魔王の国土を
征服するであろう。ものども!ただちにいって戦え!』

魔軍は群れをなしてピッパラ樹の道場に打ち入り刀剣の雨をふらしました。
でもその刀剣は樹下にとどくとそのまま花にかわって道場を美しくかざる
のです。美女に化けて誘惑しても金剛の心をゆるがすことはできません
でした。ついにシッタルダさまは大地を指しました。

『わたしはブッタの座につく。大地よ、これを証言せよ!』
たちまち大音響がおこり魔王はついにひれ伏しました。シッタルダさまは
魔軍を降伏しすべてのくらやみをくまなく照らした上で七日間をしずかに
三昧に入られました。

 七日を過ぎた十二月八日の未明、明けの明星の光がきらめく時、
四締十二因縁(したいじゅうにいんねん)のすべての観法成就し、たちまち
のうちに無上、円満の菩提を実証し、ついにブッダの座につかれました。

そのときからピッパラ樹を菩提樹とよび、その樹下の草座を金剛宝座
(こんごうほうざ)とおよびしているのです。

次回は6月1日に掲載いたします。

                         青山書院 澤宗彦


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お釈迦さまのご生涯

2011年05月10日 | 日記

(6)苦行をすてる

シッタルダさまの六年間の苦行はお一人でなされたのではありません
でした。同じ林には父王の心づくしで、カピラから来た五名の人が一緒
に苦行をしながらシッタルダさまを見守っていたからです。

そして二人の最高の修道者から教えられた苦行を誰よりもきびしく修めて
いたシッタルダさまはついに力つきてしまいました。断食と苦行のために
体力がまったくおとろえたばかりではありません。いかに体を苦しめても
心はもとめる悟りの道につけなかったからです。

───この道はあやまっている。

深い反省とともに消えかかった身体をたてなおして、なおも悟りの道を
今度はお一人の力でひらかんと雄々しいご決心をなされました。そして
まずナイランジャナー河で沐浴(もくよく)をし、やっと岸辺に上がった
シッタルダさまは力つきてたおれました。
この時もっとも清浄な牛乳のおかゆを村の娘スジャータ(善生女)から
受けた供養お話はよくしられております。

『乳粥(ちちかゆ)の美食に迷わされた王子さまは苦行の道をお捨てになった。
もう、あの人には望みがない!』
見守っていた五人の修行者は苦行の場所をベナレスの方にうつし、身も
心も新しい力にみなぎったシッタルダさまも悟りの座、ブッダの座をもと
めてまたも河をわたりました。

次回は5月20日に掲載いたします。

                         青山書院 澤宗彦



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お釈迦さまのご生涯

2011年05月01日 | 日記

(5)苦行

今や一人の求道者として心も姿もすがすがしいシッタルダさまは
鉢を手にして野道につかれました。美食も綾(きぬ)の寝具も
すべては心を苦しめるものからはなれたのです。

まず教えを乞うためにたずねたのはヒマラヤ山下の森に住む苦行外道
(くぎょうげどう)の師、バッカバ仙人でした。樹の皮、葉を衣にし
その実と根を食い、水と火につかえながら苦行の道を教えるバッカバ
仙人はこの苦行によって未来は天界に生まれるというのでした。

いろいろたずねても満足できる答えを得ることができず、ついに
シッタルダさまは
「商人は宝をもとめて海に入り、王は国を求めていくさをおこし、
この仙人達は天界を求めて苦行を修めている。」
と知り、去って南のガンジス河をわたってミル(彌樓)山に住む
修行者アーララカーラマ(阿羅々迦羅摩)をたずねました。

ここでのその師の教えのとおり行を修めたシッタルダさまはまたも
満足できず“欲をはなれた正しい覚りの道”はけっきょく自分自身が
修めなければならないと考えられて、その修行にふさわしい場所を
もとめて王舎城に入り托鉢(たくはつ)されました。

王舎城のビンバシャラ(頻婆姿羅)王はこの修行者をもてなし、
さとりを得ましたら自分を先ず済度していただきたいと申し入れた
お話は有名です。ここから西南の方に行かれナイランジャナー
(尼連禅)河をわたられ、静かな林に入られたシッタルダさまは6年間
のはげしい苦行に入られました。そして、ついに“過ぎし世のいかなる
修行者(沙門)もまたは今の世、来るべき世の如何なる修行者もこれ
以上の烈しい苦しみを受けたものはないであろう”と言われたほどの
苦行を続けたのです。

次回は5月10日に掲載いたします。

                         青山書院 澤宗彦

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