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東京国立博物館「空海と密教美術展」

2011年08月15日 | 日記
空海は著作「秘蔵宝鑰」(ひぞうほうやく)に
  悠悠(はてしなく、おちつくさま)たり、悠悠たり、はなはだ悠悠たり。
  杳杳(くらく、深く、広いさま)たり、杳杳たり、はなはだ杳杳たり。・・・
  生まれ、生まれ、生まれ、生まれて生の始めに暗く。
  死に、死に、死に、死んで死の終わりに冥(くら)し。
論文のはじまりをこのように書きおこしました。
この生命(いのち)・・・わたしたちが生きているこのはじまりはどこであろうか。
はてしもない過去、つまり悠悠であり杳杳である時間と空間のたまものである
この生命のルーツを空海はさぐるのです。そこからこの生命は生まれ、生まれ、
生まれつづけてここまできているのです。

具体的には、二人の親がいます。その親の一人ひとりにも二人の親(四人の
祖父母)、そしてまたその祖父母の一人ひとりにつながる二人の親・・・
このようにさかのぼってゆけば、この地上にはじめて生命が発生した気のとおく
なるような大昔にたどりつくはずです。───その時、私たちの生命はいったい
どこにあったのでしょう。

生命はうまれるだけのものではありません。死ぬのです。死んで、死んで死に
つづけながらもこの生命はたえずにつづくのです。この死のはてになにがある
のでしょう。この永遠の時間の流れをながれつづける、流れの中で、私たちの
何十年間かの生涯は、いったい何なのでしょう。

それは、この大宇宙のいとなみの中では、ほんの一瞬の出来ごとでしかないは
ずです。でも、それがかけがえのない私たちの生命なのですから、この短かさの
中で、本当の答えをもとめて一生けんめいいきなければならないと思うのです。

 
                         青山書院 澤宗彦

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