時には目食耳視も悪くない。

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好きな和歌:落窪物語から(7)

2020年05月27日 | 和歌
 落ち込んでいる人へかける言葉に迷うことはありませんか?

 私は、誰かを励ましたり、元気づけたり、慰めることが下手だという自覚があります。
 「くよくよしないで」とか「気にしすぎだよ」とか「大丈夫」とか、決して悪気があって使う言葉ではないのに、相手には押し付けに聞こえたり、無責任だと思われてしまうみたいです。

 あまり深刻に悩まないで、リラックスして欲しいと思っているだけなのですが、、、

 人によっては、そうした気遣いそのものが鬱陶しく感じられるようなので、落ち込んでいる人のことは、何もせずにそっとしておいてあげる方がいいのかもしれません。

 あるいは、そんな時に適切な言葉をかけられる人がまさに「イイ男」と呼ばれるに相応しいような気がします。
 (「イイ男」という言葉もあまりセンスが感じられないと、常々思っているのですが、他に妥当な表現が思い浮かびません。。。)

 さて、《落窪物語》のヒーロー、男君は誠実で、思いやりがあり、賢く、頼りがいがあるという、「イイ男」のお手本のような男性です。
 生みの母が没している女君は、社会的立場が弱く、その上、継母の北の方は着古したボロボロの着物しか女君に与えていませんでした。

 当時の貴族社会では、後ろ盾の確かな、ちゃんとした姫君と交際することが男性の社会的評価を高くしましたし、出世にも有利でした。
 女君のような境遇の女性と関わることは、自分の人生を危うくしかねない不利なことでもあったのです。

 普通の男であれば、北の方が女君を納屋に閉じ込め、会えないようにした時点で、女君を諦め、他に新しい女性を見つけたことでしょう。
 しかし、男君は違いました。
 乳兄弟の帯刀や、女君の味方の侍女・阿漕と協力して、なんとか女君を救い出そうと画策します。

 閉じ込められている女君は、監視の厳しい中、阿漕の助けを借りて、心中を表す歌を男君に送ります。

 「自分のような女に対するあなたの気持ちは長く続かないと思っていたのですが、それよりも私の命の方が先に消えそうです…」

 まるで、別れを告げるかのような内容からも分かるように、女君は自分の身に降りかかった災難に打ちのめされ、すっかり気弱になっています。
 こんな時、「イイ男」ならば、どんな言葉をかけて励ますのでしょうか?

 好きな和歌ランキングの第10位は、女君の和歌に対して男君が詠んだものです。


 ☆第10位☆
    命だに あらばと頼む 逢ふことを
    絶えぬといふぞ いとこころうき

 《落窪物語》巻の一より 男君の歌


 さきほどの女君の歌ですが、「つらくて死にそうです」という気持ちと同時に、男君の愛情を疑うようなことも書かれています。
 人の心が変わるものだということはありふれたことですし、恋愛において相手が自分を好きでいてくれるか不安になることもよくあることです。

 しかし、パートナーから改めて「あなたの愛情が長続きするとは思えなくて…」と言われたら、いい気はしないと思います。
 男君もおそらく、女君の歌を見てムッとしたとは思いますが、女君の生い立ちや中納言家で受けていた扱いを考えれば、女君が消極的な気持ちになっても無理はありませんし、なにより、今は状況が状況です。

 すっかり絶望してしまっている女君を元気づけ、運命と戦うように鼓舞しなければなりません

 そこで、男君は上記の歌を詠み、「できることなら、一緒に閉じ込められたい」と書き添えます。
 歌の中で、「いとこころうき」と自分が気を悪くしたことは正直に訴え、添え書きによって、それでも自分が女君を決して見捨てずに愛し続けることを伝えてくるという、絶妙な対応です。
 こうした男君の愛情あふれる機知に助けられ、女君はようやくピンチを脱することができました。

 非常時にこそ、その人の本性が見えてくると言いますが、本当に「イイ男」とは、愛情を疑われても誠意を伝えようと努める人のことを指すのかもしれませんね。

 


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