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好きな和歌:落窪物語から(8)

2020年06月10日 | 和歌
 恋愛がうまくいく一つのルールとして、女性は決して相手の携帯電話を見ないこと、なんていうことを聞いたことがあります。

 自分自身のことを考えれば、私はあまりお付き合いしている相手の携帯電話を見たいと思ったことがありません。
 自分にとって、携帯電話がそんなに大事な物ではないということも原因しているかもしれません。(なにせ、よく携帯電話を忘れて外出することが少なくないもので。。。)

 そもそも、相手が浮気しているかどうか知りたいのなら、私の場合は相手の携帯電話を見るより、直接聞いてしまうと思います。
 それに、浮気されているかも、、、と思ったら、相手への気持ちが冷めたり、失望したりして、自分から別れを切り出すような気がします。
 実際に、そのような体験をしたことがないのでなんとも言えませんが。

 さて、話を《落窪物語》に戻します。
 中納言家の納屋に閉じ込められていた女君を、すったもんだの末、救い出した男君。二人は二条の屋敷で新婚生活を始めます。

 男君は宮中でも評判が良く、昇進も早いだろうと噂されるほど。立派な婿を迎えたい右大臣が早速、男君に目をつけます。
 男君にはすでに愛する人(女君)がいることは世間に知られていましたが、女君がしっかりした家の娘ではないということも分かっていましたので、そちらはそちらとして、自分の娘を正妻にしてもらおうと右大臣は考えたのです。

 この時代の婚姻形態は一夫多妻の通い婚が主流です。男君のように女君と一緒に同じ屋敷に住む夫婦は珍しかったようです。

 当時の常識では、血筋の良い家の、両親が揃っている姫を妻にした方が出世に有利でした。
 男君の周囲の人々も、家から追い出されたような境遇の女君よりも、立派な家系である右大臣の姫君との縁談を進めようとします。

 女君を一途に愛する男君は、そちらの縁談をまったく相手にしなかったのですが、噂はまわりまわって女君の耳にも入ってきてしまいました。
 男君からは何も聞かされないのに、屋敷の使用人たちはしきりに右大臣の姫君との縁談の話をするので、女君は気が気ではありません。

 かと言って、自分からこのことを話題にする勇気もなく、悶々としている女君の様子を見て、男君は何があったのか尋ねるまでに事態は発展してしまいました。
 まさに「人の問うまで」です。

 好きな和歌の第9位に選んだのは、思い悩む女君の心を和ませようと、男君が差し出した梅の花を受け取って、女君が詠んだ歌です。


 ☆第9位☆
    うきふしに あひ見ることは なけれども
    人の心の 花はなほうし

 《落窪物語》巻の二より 女君の歌


 女君としても、危険を冒してまで自分を救い出してくれた男君の愛情が簡単になくなってしまったと思っているのではありません。
 愛し合う二人だけで世界が完結するワケではないことに悩みの種があるのです。

 世間体や社会の常識、夫婦を取り巻く環境が二人を翻弄するのです。
 ちょうど、移り行く季節の中で梅の花が咲き、散っていくように。それは、仕方のないことであり、人の力ではどうすることもできないのだと、女君は分かっているのです。

 男君の意志や気持ちとは関係なく、社会の常識では権力者の娘を妻にするべきだと決まっていることを。

 だから、男君が右大臣の姫を妻にするのは仕方のないこと。そんなことは全然、ひどい仕打ちでもなんでもない。
 それでも、彼の心が花のように移ろってしまうのはイヤだわ、、、と女君は梅の枝を手に、自分の心の内を歌にしました。

 人によっては、こんな回りくどいことをせずに、直接男君に「ちょっと、あんた!私という妻がいるっていうのに、右大臣の娘なんかと結婚するそうじゃないの!どういうつもりよ!?」と詰め寄ってもおかしくはない状況でもありますが、本当に控えめで可愛らしい女君だからこそ、男君は壮大な復讐計画を練るほどに心底惚れ込んでしまったのでしょう。

 時代の常識や、社会の仕組みにも影響されない愛情で二人は結ばれているのです。(裏山~


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