カプアン通信

自殺した天才高校生



2月6日土曜日の朝
カプアンたちと青山霊園をお散歩しました。




メジロが集まる梅の木はだいぶ開花しました。




少し傾いた墓石に不思議なオーラを感じ写真に収めました。
あとでどなたのお墓か調べたら、
華厳滝で投身自殺をした天才高校生、藤村操さんのお墓でした。

自殺現場に残された遺書が、
当時(明治36年)の学生・マスコミ・知識人に波紋を広げ
藤村さんの死後4年間で、華厳滝で自殺を企てた者は185名にのぼり
(145名は警戒中の警察官が保護し未遂)
以後、華厳滝は自殺の名所として知られるようになりました。

その「遺書」は次のとおりですが、現代人でこれを読んで意味を理解できる人は
ほとんどいないでしょう。私も読めません。内容は哲学的なことが書かれています。
16歳の少年がこれを書いたというのは驚きです。

巌頭之感
悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、五尺の小躯を以て
此大をはからむとす。ホレーショの哲學竟に何等の
オーソリチィーを價するものぞ。萬有の
眞相は唯だ一言にして悉す、曰く、「不可解」。
我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。
既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の
不安あるなし。始めて知る、大なる悲觀は
大なる樂觀に一致するを。


2行目の「ホレーショの哲学」のホレーショとは、
シェイクスピアのハムレットの登場人物だそうですが
藤村さんは学校で夏目漱石に英語を習っており、ハムレットを原文で読んでました。

ちなみに、藤村さんは裕福な家庭で生まれ育ちました。
祖父は盛岡藩士、父は屯田銀行(現 北海道銀行)の頭取、母も教育者。
弟は後に建築家になり、三菱地所社長になります。

藤村少年は自殺直前
「君の英文学の考え方は間違っている」と夏目漱石に授業中に𠮟られました。

この自殺に漱石はショックを受け、後年、神経衰弱となった一因といわれてます。
『吾輩は猫である』や『草枕』など名作の中にも、華厳滝の自殺に関する記述が出てきます。




こちらは、エドアルド・キヨッソーネさんのお墓です。
キヨッソーネさんはイタリア出身の版画家・画家であり。
明治時代に来日し、お雇い外国人になりました。

1875年(明治8年)の初来日まで英国の印刷会社に勤めてましたが、
銅版画の技術を生かせる活躍の場を求め、当時の大蔵大臣である大隈重信の招聘に応じました。
明治天皇や西郷隆盛、大村益次郎など当時の有名な肖像画はみなこの方が描いた肖像画です。

雇用期間の終了後も日本に留まり、内縁関係にあった日本人女性がいたそうですが
独身を通した後、東京の自宅で亡くなり、こちらに葬られました。

多額の退職金、終身年金、終身恩給で、膨大な数の日本の美術品や工芸品を蒐集しました。
これらは遺言により死後イタリアへ送られ、
東京藝術大学や日本美術院を創設した岡倉天心によって系統立てられ
現在は、ジェノヴァ市立のキヨッソーネ東洋美術館(Museo d'Arte Orientale Edoardo Chiossone)に収蔵されてます。




途中、途中で切られている大木がを見ました。
明治初期に作られた霊園ですので、朽ちる木も出てくるのでしょう。




アンジェロはヒゲに大きな枝をつけたまま歩いてました(汗)
写真に収める前に、取りました。




「もう、へんな写真撮らないでよね!」とアンジェロ(汗)




この日は15℃まで気温があがり、気持ちがいいお散歩ができました。




夜は、青山霊園のそばである神宮外苑をお散歩しました。




夕食前に寄り添う兄妹たち




「ハ」の字の犬文字を作ってくれました(笑)




翌7日日曜日も朝から青山霊園へ行きました。




この日も、雲ひとつない快晴です。




梅の木の開花はさらに進みます。




写真に収めるのは大変ですが、この日も
数羽のメジロが梅の蜜を吸いにきてました。




いつ通っても美しいお花がたくさん供えられている聖アンデレ教会の墓所

イギリス海外福音伝道会の宣教師アレクサンダー・クロフト・ショーが、
福沢諭吉の援助を受け、芝公園の地に最初の教会堂を献堂したことが
聖アンデレ教会の日本での活動の始まりです。
集会は1879年(明治12年)に始まり、歴史があります。
ここは、アレクサンダー・クロフト・ショウの墓碑と
教会の共同墓碑や、教会にゆかりの深い信徒個人の墓碑が多数あります。




あと1、2ヶ月もしたら、桜の花のトンネルになる道です。

梶井基次郎は短編小説に
「桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!」と書きましたが
青山霊園は桜の木がたくさんあります。
桜のピンクの花は、モノトーンの墓石群の中で、とても目立ちます。




父の墓のすぐそばに、いままで気がつかなかった変わったお墓を見つけました、
墓石に、飯田武郷(いいだ たけさと)と彫られてます。
ウイキペディアによると、幕末・明治期の国学者・東京大学教授だそうで
『日本書紀』の注釈書「日本書紀通釈」70巻を48年かけて執筆しました。

しかし完成の翌年、講演旅行の途中、深酒が原因の心臓病に罹り病没されたとのことです。
「日本書紀通釈」は26歳のときに志して以来、ほぼ人生のほとんどをかけて執筆し
完成したら亡くなるとは、なんという人生でしょう。




前日見た大木は、職人さんがてっぺんに登ってチェーンソーで少しずつ
伐採してました。
墓地の中で青空をバックに巨大な解体される木。不思議な印象でした。




こんどはカプちゃんが大きな枯葉をヒゲにからめました(笑)




二日連続の充実したお散歩に疲れたのか
アンジェロ兄ちゃんは、夜食のミルクの時間にも起きません
こういうときは息をしてるか不安になります




気配に気づいて飛び起きました。
寝ぼけることもなく、犬ミルクを飲み、寝床へ行きました。




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