阿見AC日記

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志鎌秀昭選手 ありがとう

2017年04月01日 | 楠康夫 理事長
2017年3月31日をもってクラブトップチームの志鎌秀昭選手がクラブを離れることになりました。

今回、日本女子体育大学二階堂高校に正規職員として就職が決まり、本当に良かったと思います。第2子も生まれ、益々、大黒柱として家族を支える責任をパワーにして欲しいと思います。
9年間、ありがとうございます。

2008年から阿見アスリートクラブ走り幅跳びのトップ選手として、他の仕事を持って、クラブの名前で出場してもらい、支援をする。当時の職員、荒川万里絵さん、小盛栄一君とは違う形での採用でした。
東京でのスポーツセンターでの仕事、東洋大牛久高での先生の仕事と続けながら、本人のできる範囲で関わりながら、競技を続ける9年間でした。

クラブの実績では、日本選手権9m93cmの記録を出した3位を最高に4回入賞しました。全日本実業団陸上でも2008年に優勝してくれました。私の脳裏にしっかり残る山形での戦い忘れることはありません。阿見アスリートクラブのトップチームの名を宣伝してくれました。

2006年~2008年かけてトップチームを作りました。2006年に私も会社を辞め、クラブを発展させようと頑張っていましたが、実績面、資金面、組織面とまだまだの時代でした。
志鎌選手にもトップ選手として、指導面、環境面、資金面で充分なことがしてあげられなかったこと、経営者として悔しいですが、あの時代は精一杯だったのも事実です。

志鎌君が作り上げてきた阿見アスリートクラブのトップチーム選手としての在り方は、クラブの事業にしっかりと受け継がれています。

今回、トップ選手育成事業として、楠康成のアメリカでの環境の整備ができたのも、トップチームとして頑張ってくれたメンバーの基盤があってのことです。
特に志鎌くんを採用した形は、クラブが支援をして競技を続ける選手であり、クラブがスポンサーでもありました。
私にクラブトップ選手の支援の仕方、その素晴らしい考え方のヒントを残してくれた功労者のひとりなのです。

9年間、本当にお疲れ様でした。
ありがとうございました。

これからの益々のご活躍とご健勝と志鎌家のご繁栄をお祈りいたします。

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1 コメント

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浮き上がるって感覚 (成田清和)
2017-04-02 01:32:12
志鎌選手・・・ありがとうございました。

あの日、びっくりしました。・・・跳躍っていうのは、飛躍するってこと、跳ねるのでなく、ふわっと・・・凄いなーと、あの砂場に、子供達と感激したのを、今のように感じます。

日本選手権の時は、「成田、志鎌くんが出るから応援よろしく」と、楠さんから頼まれて、・・・当時、高校生の井坂に日本選手権を見せたくて連れてきたついでに、・・・

弘山に井坂を売り込みたくて、・・・バックスタンドで、その瞬間に、等々力が「志鎌!、志鎌!志鎌!・・・」・・・勿論、おいらは、バックスタンドで一番爆発してましたが、・・・

うわーを・・・・って感じで、その跳躍で1位にのし上がりました。・・・この大会の跳躍人の物凄さを感じたことは、・・・ありがとうございます。

あの時、日本人の最高峰をおいらと高校生に見せてくれたことに感謝ですね。・・・あの時を未来に伝えていただくを祈念いたします。

成田清和
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