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2012

2011-11-08 05:58:18 | SF
『デイ・アフター・トゥモロー』のローランド・エメリッヒ監督作品。

キャスト:ジョン・キューザック、アマンダ・ピート

ストーリー:古代マヤは地球の滅亡は2012年に訪れると予言した。時は2012年。地球環境の汚染が進み、大地震と大津波が世界を包み込む。

いつもいつも懲りずにバカ映画を作り続けるR・エメリッヒ。
今回もおバカ映画を作りました。
しかし、私はこの作品に関しては、ある一点に関して一見の価値アリと感じたのであります。

【崩壊するニューヨーク】
この映画の最も冴えわたる部分。それはニューヨークの崩壊描写。
「CGで作れば何でも出来るでしょう?」と考えられる方も多いと思います。その通りです。CGで表現出来ない映像はなくなったと言っても過言ではないでしょう。しかし、CGで作られた映像が私たちに感動をもたらすかどうかは、技術だけの問題ではありません。「だってCGでしょ?」と身構える観客をアッと言わせることに成功した要因を述べます。
一つには「セット力」です。主人公たちが地割れを起こす街を車で疾走するシーンがあるのですが、ここはCGはほとんど使っていません。美術セットを駆使しているのです。横倒れになったビルの窓を突き破り、壁を走って、向かいの窓をまた突き破る。地面が突然猛烈にせり上がり土の壁と化して、隣で走っていた車が激突する。とにかくアトラクション的楽しさに満ち溢れているのです。これは評価せざるを得ないでしょう。
 もう一つは「ビルの崩壊描写」です。あれ?どこかで見たことのある光景。すぐに思い起こすであろう9・11の世界貿易センタービル崩壊の様子が各所で起こっているのです。舞い散る書類、零れ落ちる人々。我々はこの光景を嫌というほど目にしており、最早フィクションとして認識出来ないのです(デジタルドメイン社のCGが素晴らしいのもポイントですが)。

 以上二つの点から、ニューヨーク崩壊のシーンは既存のディザスター映画の中でトップレベルの説得力を誇っているのです。映画全体の出来はさておきとして、このシーンを形にしたエメリッヒは凄いと言えるのではないしょうか。

【致命的な配慮の無さ】
 ニューヨーク崩壊の素晴らしさは先に述べたのですが、残念ながらこの映画は苦言を呈さなければならないことの方が多いのも事実です。
 まず上映時間が2時間30分。これは相当観客を惹きつけないと飽きられてしまう長さですが、基本的に一難去ってまた一難のドタバタ劇なので途中からどうでもよくなってきてしまうんですね。
 また良くないのが登場人物たちの自己中心的な振る舞い。今回監督のエメリッヒは「人間を描いた」と言っていますが、とてもそうには思えません。主人公たちが助かるために取った行動が数百人の命を奪う結果になるのですが、そこはビタ一文の反省なし。自己中心的なのは人物だけではありません。ストーリーも自己中心的なのです。主要人物は都合よく助かるものの、脇役は役割を果たすや否やポイ。最後の方では半ば無理やり殺している感すらあります。

 それからこれは蛇足ですが、ダライ・ラマを馬鹿に描くって流石にどうよ?笑

【最後に】
エメリッヒを評する時に私はこういう言葉を使います。「マス思考の作家」。彼の映画はいつもデカイ。映画で起こる出来事の規模は世界レベル。「フツーそんな風になんねーだろ」というド派手な演出。映画のターゲットも多くの人数が見込める大衆。全部がデカイ。そしてデカイ故に小さなことは気にしない。というのが彼の映画の特徴。
前述したようにエメリッヒは「人間を描いた」と言っていますが、多分自分で何を言っているのか分かっていません。細かいことは気にしちゃダメです。マス思考のエメリッヒだから。
 エメリッヒは「もうやれることやりきったからディザスターものは撮らない」と言ったそうです(そりゃ2時間半もやりゃ本望でしょ)。 彼の十八番もの決定版として一回は観る価値があると思います。


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