何に夢中になっていたことがあったのか。
ひとつは漫画である。
今でこそ、漫画といえば日本の大事な輸出産業であるが。
私が子床のころ・・・・・言いにくいが前回の東京オリンピックの
頃である・・・・漫画は月刊誌から週刊誌へ成長する時代だった。
つまり、少女ものでいえば、りぼんからマーガレットと、拡大
するのですね。なかよしから少女フレンドへ・・・みたいに。
このころ。リボンも読んでいたが、好きだったのは
少年サンデーだった。
先生方のラインナップは横山光輝先生、藤子不二雄先生。
手塚治虫先生赤塚不二夫先生、石森章太郎先生・・
たまに白土三平先生。他すみません・・・それ以上は
覚えてなくて。
おばけのキュー太郎、伊賀の影丸、ワンダースリー。おそ松くん。
カムイ外伝・・・・・・あ、紫電改のタカを書いた人・・
だれだっけ?望月三起也先生だったと思うけど。
サブマリン707は???
石森章太郎先生は毎週ではなかったけどミュータントサブが・・
ありました。
楽しみでした。それによく似たキャラで・・・・
サイボーグ009がすきでした。これはサンデーの連載では
なかったと思うけど。少年キングかな?間違っていたらごめんね。
であってしまったのですね。永遠の恋人に。
これが、秋田書店からコミックで発刊されたとき
飛びつくように買って読みました。
いまなら、ストーリーになんで?とつっこみをいれるところが
そのころは、この作品を読めるだけでうれしかったです。
そうです。いたのですよ。オタクって
その時代から・・・・・・
しかし
あまりにも、すきすぎて、自分も漫画家になりたいと
願うようになり、カリカリと紙にインクを
しみこませながら、稚拙な漫画を描き始めたのも
このころでした。
しかし、そのころは漫画家という職業は今のような市民権はありません。
なんだぁ、漫画家かぁ~~~~
なんだぁ、漫画だってさ~~~~
へぇ~~~まんがぁ???ひゃははははは・・・・・
それだけで傑作~~~~
十分笑えるって~~~
とかいろいろ、言われて。
しかし、いろんなお話を作ったものです。
恋愛もの以外は・・・これは描けません・・
理解不能でしたので・・・
恋愛の履歴がなくて。
もちろん、
両親や学校の先生方は、
漫画を描くとか
漫画家になるとか
そんなことは、考えずに
そして、やめてしっかり勉強しないと
進学も仕事もできないぞ…
とか言われて・・まったくの
孤立無援・・・とはこのことです。
私には子供が二人いますが
子供を育てるときは、子供の夢は大事にしましょうと
言われて、私が子供のころ私の夢を誰が大事に
してくれたのだろうか?と思いましたね。さみしい。
とにかく出会った永遠の恋人は
サイボーグ009でした。
今この年齢になって、改めて忘れられない大好きな人
とは・・・・彼と、彼の生みの親、石森章太郎先生と
思いました。漫画家入門。何度も読みました。
いつか原稿を見てもらいたいと思いました。
大好きでした。彼は天才で、手塚先生は神様です。
あまりにも、夢を追いかけすぎて
理解されず、反対にあい・・・・
いつのまにか、流されて漫画を描くほうから
読むだけの人になり、それも遠ざかってしまってい
たものですが、今思うことはもう一度どきどきして
いたあの頃の私をみつけたい、、、、です。