Alglory Web Travel Diary

日々の気づいた事、気になった事を綴る。
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ローマ人の物語〈15〉ローマ世界の終焉

2006-12-30 12:40:25 | ローマ人の物語
ローマ人の物語〈15〉ローマ世界の終焉

さて、最終巻のレビューです。

ここで扱われている時期はテオドシウス大帝の死後からユスティニアヌス大帝死後までの約170年間を取り上げています。
この巻を読んだ感想ですが、ローマ帝国の滅亡に至る過程が丹念書かれています。今まで、ローマ帝国関係の本を様々読んできたのですが、改めてローマ帝国に対する思っていたことを改めて認識することができました。
ローマ帝国の滅亡、時代の主役はローマ人から蛮族へ、キリスト教の完全なる勝利と教会内の異端と正統の戦い等。
それにしても思ったのがローマ帝国は滅亡より、自然な形での消滅というのが似合うのかも知れないということです。書かれているように、476年にその場に居合わせても滅亡という認識は捉えることができないと思います。
そして何よりも、蛮族と呼ばれていたゲルマン民族が徐々に知識をつけ、ただの略奪者から統治者へと変貌していくことも見逃せない点です。
時代は中世へと自然に開かれていきました。
そして、ローマ帝国の片割れ東ローマ帝国は完全にキリスト教帝国としての変貌を遂げます。高校世界史と東ローマ帝国の番組では最強時代といわれているユスティ二アヌスの治世は、実の部分では末期のローマ帝国と同様、運用兵力面からしても元首、後期帝政時代の足元にも及ばず。また、ユスティアヌスのローマ帝国復興は帝国に様々な禍根や帝国に深い傷を残していきます。その点が書かれているのも非常に大きいと思います。

最後に、これは著者も書かれていることと、私も思っていることですが、通史というのは1人の人間が書くことに意義あります。だからこそ15年かけて一つの見事なストーリーになっていると思います。

ローマ人の物語 (14) -キリストの勝利

2006-12-28 22:44:30 | ローマ人の物語
ローマ人の物語 (14) -キリストの勝利

第14巻のレビューです。

この巻では、コンスタンティヌス大帝死後から、テオドシウス大帝の死去までの約60年間が書かれています。
ここでの注目点は2つ。
まずは、背教者ユリアヌス帝の対キリスト教の反動的な政策とペルシア遠征等に代表される事跡。
それと、ミラノ司教アンブロシウスによるキリスト教の最終的な勝利。
この2点です。

簡単に書くとこうなりますが、ユリアヌスの事跡を読んでいただくとして(ペルシア遠征での非業の死に至るまでの彼の歩んだ道はまさに「元首政ローマ最後の皇帝」としての生き方でした。)、本巻の最後のほうのキリスト教の最終的な勝利にいたる過程は、すでに中心はローマ皇帝からその周辺にウエイトが移っていきます。
本巻でも、皇帝テオドシウスの時代にはテオドシウスを中心に書くのではなく、ミラノ司教アンブロシウスを中心に書かれています。
ローマ帝国は完全にキリスト教に乗っ取られ、古代ローマの寛容性は失われていきます。

ローマ人の物語 (13) -最後の努力

2006-12-27 23:30:36 | ローマ人の物語
ローマ人の物語 (13) -最後の努力

 引き続き13巻のレビューです。
 帝国の混乱は、1人の皇帝の登場によってついに終止符が打たれました、その名はディオクレティアヌス、彼の登場によりローマ帝国は最後の変化を遂げます。
専制君主の元での帝国、市民の第一人者としての皇帝から、皇帝と臣民との関係に皇帝と帝国民の関係は変化します。
そして、ローマ帝国の総兵力はピークを迎えます。それは、国庫の負担を著しく増大させ、惹いては経済力の低下を招きました。(ローマ帝国の国力衰退はこれだけが原因ではないですが。)しかし、それはローマをもう一度安定させようとする努力へのスタートでした。
 そう、ローマ帝国は、ローマ帝国はもう一度パクスに向かって様々な努力を試みます。そして、僅かな時期ですが政治体制が安定することとなります。
 そして、キリスト教会から大帝の尊称で呼ばれて事となるコンスタンティヌスは皇帝の地位を神より付託された存在であると定義づけることに成功します。
彼がキリスト教を選択したのは決して、信仰心からではなく、また帝国の安定からその選択をした政治的人間であるということが述べられています。また、彼もローマ的思考の持ち主であったといえます。
しかし、この変化はローマ的な物を多く失わせる事となります。ローマ帝国は劇的な変化を遂げます。

彼の死後の西ローマ帝国の滅亡が約140年後に訪れます。ここまで変化してローマ帝国は140年しか捉えるのか、140年も捉えるかは読んでいただいて判断していただければと思います。
ちなみに私は「140年も」のほうですが。

ローマ人の物語 (12) -迷走する帝国

2006-12-26 23:48:30 | ローマ人の物語
ローマ人の物語 (12) -迷走する帝国

12巻のレビューです。

まず、高校の世界史の教科書で、この時期は下記の一文で表されています。
「50年間の間に26人の皇帝が乱立した軍人皇帝時代で、帝国は混乱の極みに達した。」

これでは、あまりにもそっけない文章です。
この時期のローマ帝国は内憂外患の状態でした。北方蛮族のローマ領侵攻、東方の新たな国家ササン朝との抗争それによる皇帝ヴァレリアヌスの捕囚。振り返って国内では、皇帝就任したとたん部下に暗殺される状態が続く一種の下克上と内乱状態、ガリアの反乱、東方の女王ゼノビアの反乱などローマ帝国は混乱の極みに達します。
しかし、そんな中でも、クラウディウス・ゴティックス、アウレリアヌス、プロプス等、ローマ帝国は有能な皇帝が少しずつ事態を解決していきます。しかし、その活躍に関わらず、かつての五賢帝や初期帝政見られたような、パクスロマーナには戻ることはできませんでした。
さらに、暴君カラカラのアントニヌス勅法は、ローマ市民権を帝国自由民全員付与しましたが、同時にローマ市民権の魅力を失わせることなり、やがて国家への帰属意識の低下を招きます。
これらの混乱やこの時期の皇帝たちの対応が、やがてローマ帝国を別のものへと生まれ変わらせて行くこととなります。それが、皇帝の絶対君主化という体制を産むこととなります。
高校の世界史の教科書では、元首政から専制君主政へ一足飛びに飛びましたが、教科書がもたらしたミッシングリングを埋めることができると思います。

最終巻の読後感。

2006-12-25 23:43:24 | ローマ人の物語
ローマ人の物語を本日読み終えました。

最終巻という事で、じっくり読ませていただきました。
15巻のレビューは後日、改めて書くとして。ここでは全15巻を通じての感想を述べたいと思います。
まずは、著者の塩野氏対しては、素晴らしい著作をありがとうございますと感謝を述べたいと思います。
人類の歴史でローマ帝国が果たした役割というのは非常に大きいと思います。それなのに、世界史では取り扱われてる割合は決して大きくないと思います。その為にあまり理解されているとは言いがたくともすれば、キリスト教史観、民主主義絶対史観、市民革命以降の階級闘争主義史観の為に、ローマ帝国の史実が曲げられ、誤解され続けていました。
しかし、ローマ人の物語のおかげで、日本の人々に、ローマ帝国という国家がいかに歴史上、興亡した国家に比べても白眉の存在であり続けたかというのが、多くの人々に認知されたと思います。
一ローマ帝国ファンとしても嬉しい事です。今後は、これでローマ帝国に興味を持った人々が色々な本を読んでいってくれる事を楽しみにしたいです。

最後に、思ったのはローマ帝国の滅亡について、やはりこの結論は難しいと改めて感じました。滅亡の原因は決して1つではなく、様々なことの複合が原因となったといえます。
そして、いつを滅亡とするのか、恐らくローマ帝国史程、その切り分け難しい歴史はないと思います。476年、1453年、代表的なこの2つの年が在りますが、他にも1261年に定義づけする場合もあるそうです。
訴える、歴史家や作家の力量が問われるのかも知れません。

ローマ人の物語〈11〉―終わりの始まり

2006-12-25 23:10:05 | ローマ人の物語
ローマ人の物語〈11〉―終わりの始まり

この巻から最終巻まで5冊がローマ帝国の衰退を扱うこととなります。
五賢帝最後の皇帝マルクス・アウレリウス・アンニヌスからすでに衰退という名の花が萌芽し始めたということを本巻では指摘しています。
ここら辺は、ギボンのローマ帝国衰亡史も両アントニヌス帝からスタートしてますから、まずは共通の認識なのかも知れません。
詳しい内容は、第11巻を読む楽しみを半減させるので、書くのはやめますが、本巻を読んだ上で、ローマ帝国の衰亡のイメージを私なりに捉えてみると、衰退の切っ掛けとしての取り出されている個々の事象はそんなにたいしたことではなかった。しかし、それが原因で様々なことがかみ合わなくなり、修正に失敗し、時が経過するとそれは最早取り返しのつかない悲劇となる。それがローマ帝国の衰退そして滅亡に繋がった。
第11巻の以降の歴代の皇帝は、この切っ掛けを修正しようとしますが、それはやがてローマ帝国を別の国家体制に生まれ変わらせる事となります。
皇帝たちの苦悩と悲劇、そしてローマ帝国の衰亡が始まります。

ローマ人の物語〈10〉― すべての道はローマに通ず

2006-12-23 03:08:39 | ローマ人の物語
ローマ人の物語〈10〉― すべての道はローマに通ず

当初、第10巻が発売される前の予想はいよいよ、塩野版ローマ帝国衰亡史のスタートかと予想したものでした。
しかし、結果はいい意味で裏切られました。ここでローマ帝国のインフラを扱った第10巻が発売されるというのは、驚きもありましたが、塩野氏らしいなあと思ったものでした。
というのも、彼女が書いた本で私が一番好きな書物であるコンスタンティノープルの陥落でも、城壁や地形についての分かりやすい言及がなされています。この作品に代表されるようにハード面の解説は塩野氏の著作を読んでいると結構書かれています。ですから、いずれは扱うのかなと、多少は認識していました。その反面、各巻でも結構詳しく述べているため書く必要もないのかなとあれこれ想像をめぐらしていたものでした。ただ、丸々一巻を費やすというのは全く想像していませんでしたが。
 余談ですが、塩野氏の文章の真骨頂は人物関係を立体的に捉えやすこと、それにより個々の人物を立体的に浮かび上がらせることのできるシンプルな文章を書くことのできる稀有な作家であると思います。
 第11巻以降がローマ帝国の衰亡を扱うというのならば、この時点でローマ帝国の興隆を土台で支えた要素を一つの巻に纏めて表すのは、この時点が適切なのかもしれません。
 ローマ帝国というのは様々なものを現代社会に残しています。地中海世界に残ってる、様々な遺跡群もそうですが、政治人間といわれた古代ローマ人はソフトウェアという名の様々な制度を残しました。
 前半の文章と後半の圧倒的な写真の数々がローマ帝国の偉大さを改めて認識できる第10巻ではないでしょうか。

ローマ人の物語〈8〉― 危機と克服

2006-12-07 23:42:51 | ローマ人の物語
ローマ人の物語〈8〉― 危機と克服
のレビューです。

第8巻は、ユリウス・クラウディウス朝の皇帝の後に皇帝に就任したカルバから五賢帝最初の皇帝ネルヴァまで時期が書かれています。
ネロ死亡後のローマ帝国は歴史家タキトゥスをして滅亡寸前まで追いこました。僅か1年間の間に3人の皇帝が就任しますが、それら3人の皇帝も非業の死が待っていました。
しかし、ここでローマは大きな転換期を迎えることとなります、ユリウス・クラウディウスの血統が断絶したとしても、ローマは共和政に戻ることなく帝政への道を選び、ついに帝政ローマは完成した状態を迎えます。
ここでは、7人の皇帝が登場しますが、どれも一癖も二癖もある人物ばかりです。
特にオトとウィットに富んだ健全な常識人ヴェスパシアヌスの物語は必読です。

『ローマ人の物語(15)-ローマ世界の終焉』発売まであと8日です。


ローマ人の物語〈7〉― 悪名高き皇帝たち

2006-12-06 00:34:24 | ローマ人の物語
ローマ人の物語〈7〉― 悪名高き皇帝たち

さて、引き続き第7巻のレビューですが
本巻で取り扱われている皇帝はアウグストゥスの後を継いだ4人の皇帝
ティベリウス
カリグラ
クラウディウス
ネロ
の4人について、書かれています。

この巻のサブタイトル、悪名高き皇帝たちは本当に悪名高かったのか?著者はこの問いに対して、評価を再構築させていきます。
私が、この本で一番影響を受けたのは第2代皇帝ティベリウスについてでしょう。これだけ実績と評価が乖離した皇帝も珍しかったのではないでしょうか。アウグストゥスの後を継いだこの皇帝はストイックなまでに、見事な統治をしていきます。特にローマを襲った金融危機に対しては、この後の日本政府のバブル崩壊後の経済失政と比べてもはるかに見事でした。しかしその禁欲的な性格と民衆に対する受けの悪さが彼の評価を後世まで低いものとします。
第3代皇帝カリグラは、カリグラです・・・
第4代皇帝クラウディウスは、その生来の身体的特長の為に、後世の評価が低く抑えられている皇帝の1人であるといえます。
歴史家皇帝としてのクラウディウスは、真面目に政務に取り組んだ皇帝の1人であり、これが行った政策は五賢帝時代に花開くものもありました。
第5代皇帝ネロ
これに関しては、前半の黄金治世と後半の暴走の対比が面白く、その暴走も後世のキリスト教徒によって捏造されたものもあったわけです。
4人の皇帝の行った治世の再評価が行われた本書はローマ人の物語の中でも白眉の存在といえます。本書が大ベストセラーになったのはこの巻が世に出たことによって確立されたと私は思っています。


ローマ人の物語〈6〉― パクス・ロマーナ

2006-12-05 23:01:04 | ローマ人の物語
ローマ人の物語〈6〉― パクス・ロマーナ

についてのレビューです。

私はどちらかというと、カエサルよりアウグストゥスの方が人物としては大好きです。
第6巻である本書は丸ごとアウグストゥスという本です。
天才のあとを継いだ天才でない人間、アウグストゥスが作り上げたカエサルの理想。
これはローマ人の物語を読んでいる読者が殆ど述べられている本巻に対する印象ですが、どうしてもユリウス・カエサルに比べて地味な印象はぬぐえないようです。
しかし、実際、本巻を手にとって読んでみると、アウグストゥスがローマの帝政を完成されるまでに歩んだ道は中々スリリングなものがあります。カエサルはローマに帝政とが必要であるという現実を強引に見せ付けようとしました。それは共和政こそがローマであるという者にとって受け容れがたい現実でした。
アウグストゥスは、カエサル暗殺に学び、見たくない者にとっては見せずに、着々と帝政の基盤を固めていきます。
それは、塩野氏が本書で述べられているローマ皇帝とはフィクションの中に存在するという言葉に集約されます。
静かな戦いに身を置いたアウグストゥスがいればこそ、この時代から広義のパクス・ロマーナに入りえたといえます。
どちらかというと、偉大な創業者の後を継いだ2代目には必携の書といえると思います。

『ローマ人の物語(15)-ローマ世界の終焉』発売まであと10日です。

ローマ人の物語〈4と5〉― ユリウス・カエサル-ルビコン以前と以後

2006-12-04 23:55:00 | ローマ人の物語
ローマ人の物語〈4〉― ユリウス・カエサル-ルビコン以前
ローマ人の物語〈5〉― ユリウス・カエサル-ルビコン以後

一気に行きます。
ローマ人の物語で前15冊の中で、ユリウス・カエサルの割合はもっとも大きく割かれています。
著者が、カエサルに対して惚れているいるというのは、言い過ぎではないと思います。
ユリウス・カエサルについての詳しい内容は、著作を読んでいただくとして、ここでは、違った切り口を書いて見ます。

カエサルが残した言葉は沢山ありますが、私はその中で最も印象に残った2つの言葉ほ挙げたいと思います。

「文章は、用いる言葉の選択で決まる。日常使われない言葉や仲間うちでしか通用しない表現は船が暗礁を避けるのと同じで避けなければならない。」
「人間なら誰にでも、現実の全てが見えるわけでもない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ない。」

ローマ人の物語を読むにあたってもそうですが、数々の塩野氏の著作を読んだ時、カエサルの影響を受けているなと感じたことがありました。塩野氏の文章は他の歴史関係の本と比べてとても読みやすく感じられます。それにとてもシンプルですがとても力強く感じられる文章であると思いました。
ああ、この人はここまでカエサルという人間に影響を受けているんだと、この2冊を読んだ時思ったのものでした。
そして、この分厚い2冊に、まるで著者はその時代のカエサルの恋人の1人であるかのように書いています。それだけにとてもカエサルに対しての愛情があふれています。
ただ、この本の唯一の欠点を強いてあげれば、惚れた人間の弱みでしょうか、カエサル対して、少し人間味を感じませんでした。

ただ、それを差し引いてもカエサルが生きた時代を書いた本書は、カエサルがいかにその後のローマに影響を与えて、しかもこの時期がターニングポイントとなったのかがよく書かれており、これを知るには必携の書といえるでしょう。

『ローマ人の物語(15)-ローマ世界の終焉』発売まであと11日です。

ローマ人の物語〈3〉― 勝者の混迷

2006-11-30 23:54:11 | ローマ人の物語
ローマ人の物語〈3〉― 勝者の混迷
についての感想です。

この巻は、第2巻と塩野氏の惚れているユリウス・カエサルの巻(第4巻と第5巻)との間に挟まれている為、イメージとしてはどうしても薄くなりがちですが、500年かけてイタリア半島を統一したローマが、僅か100年でそれ以上の成果を得て(獲得した領土は、現在の北アフリカ、イスパニア地方、ギリシア半島)しまった為、従来の統治体制ではなり行かなくなって行きます。その為に様々な人物が改革を施行しようとするのですが、既得権益や派閥間の争いで混迷は解決することなく深まっていきます。
何故ならば、ここで登場するグラックス兄弟、スッラ、マリウスは全て共和政前提でのいわゆる体制維持を前提とした改革を行おうとしていた為です。
この混迷を打破するには、新たな政治体制の構築が必要となってくわけです。
いよいよローマは新たな政治体制つまり帝政への道を選ぶこととなるわけです。
そして、ローマ帝国最大の英雄、ユリウス・カエサルの登場となります。

ローマ人の物語Ⅱ― ハンニバル戦記

2006-11-25 02:55:08 | ローマ人の物語
ローマ人の物語〈2〉― ハンニバル戦記の感想です。

塩野七生氏は、戦記物を書せれば、日本でも有数の作家であると思われます。コンスタンティノープルの陥落を読んだ時でも、ここまで、戦記物を書ける作家がいたのは凄いなあ素直に感動したものでした。

本巻は、100年にわたる、ローマ帝国とカルタゴの覇権をかけた時期が書かれています。
前巻と比べてまず思ったのが、第2巻は全巻と比べて、人々の営みの集積が歴史であるということを感じさせてくれます。塩野氏の冴え渡る文章もそれをいい意味で拍車をかけてくれます。
特に、ハンニバル戦争といわれている第2次ポエニ戦争は、ハンニバルのローマ席巻と、それに屈しないローマの組織力の強さ、そして古代でも5本の指に入るといわれている2人の用兵家(スキピオ・アフリカヌスとハンニバル)の戦いであるザマの会戦まで過程が見事なくらい書かれています。
また、本巻では、ポエニ戦争だけではなく、カルタゴと休戦の間行われたローマの
覇権の伸長にも振れられています。
つまり、この巻では、ローマが500年間貯めたエネルギーを一挙に爆発させ地中海に覇権を確立し始めた時期を書いた側面もあります。
属州という新たな統治システムを作っても、ローマの統治はローマがありました。覇権国であっても、現代の自称超大国と違って、見事な統治でありました。
それを表した言葉は、フラミニヌス(ローマの将軍、ギリシア・マケドニア方面軍司令官)の言葉から引用してみます。
「ローマ人の伝統は、敗者さえも許容するところにある。ザマで敗れたハンニバルへの対処の仕方が、それを如実に示している。敗者の絶滅は、ローマ人のやり方ではない。武装した敵に対しては武装した心で対するしかないが、武装を解いた敗者に対しては、こちらも武装を解いた心で対するのが、これまでは常にわれわれのやり方であった。ゆえに、今回もそれを踏襲するのが、ローマから軍勢を任された私の任務である。」

そして、スキピオ・アフリカヌスとハンニバルとのやり取りは、特にハイライトなのでこれは本で読んで欲しいので書きません。

そして、第3次ポエニ戦争の終結つまり、カルタゴの陥落にさいして、スキピオ・エミリアヌス(カルタゴを陥落させた、ローマの将軍)が発した言葉。
カルタゴ陥落に際し、「いずれはトロイも、王プリアモスと彼に続く全ての戦士たちと共に滅びるであろう。」
「ポリビウス、今われわれは、かつては栄華を誇った帝国の滅亡という、偉大なる瞬間に立ち会っている。だが、この今、私の胸を占めているのは勝者の喜びではない。いつかは我がローマも、これと同じときを迎えるであろうという哀愁なのだ。」

これらの言葉読むに、古代の名将は優れた用兵家でもあるが、優れた政治家であり、優れた哲学者あると思います。
ただ、この3つは現代の政治家にでもいえることではないでしょうか。
そんなことを考えさせる本に触れてみませんか?

『ローマ人の物語(15)-ローマ世界の終焉』発売まであと21日です。



ローマ人の物語I ローマは一日にして成らず

2006-11-21 22:34:18 | ローマ人の物語
ここからは1巻から14巻までの感想を書いていこうと思います。
さて、15巻の発売日まで全てを書く事ができるのか?

ローマ人の物語〈1〉― ローマは一日にして成らず

まず、記念すべき第1巻ですが、印象に残っている言葉はこの言葉です。

古代のローマ人とは
知力ではギリシア人より劣り
体力では、ケルトやゲルマン人に劣り
技術力では、エトルリア人に劣り
経済力では、カルタゴ人に劣るのが、
古代ローマ人である

そして、
「敗者さえも同化する、それがローマの強大化に寄与した」

この2つの言葉ほど、古代ローマ人の特性を的確に表したものはなく、ローマが一大帝国、一大文明圏を築くことのできた本質であるといえます。

そして、本巻では、ローマ誕生から第1次ポエニ戦争直前の約500年間について書かれています。
七人の王、共和政に至る道、そしてイタリア半島統一という流れとなっています。
この500年の過程があったからこそ、ローマはローマ帝国になりえたと、そして、その過程は決して平坦なものではなく、数々の失敗とそれを克服する過程の繰り返しであったと書かれています。

500年という長い時と、かなり、昔の話なので伝承が少ないという点からも、時事的な事柄に対しての歴史評伝というきらいはありますが、逆にそれだからこそ、古代ローマの本質をシンプルに分かりやすく伝えているということがいえます。
まずは、この巻で、古代ローマ人の本質を読んで考えてみませんか?。


 『ローマ人の物語(15)-ローマ世界の終焉』発売まであと25日です。