昨日大きなニュースが飛び込んできた。アント・グールプが上場直前に延期されてしまったという普段じゃ考えられないものだった。もちろん、中国でも初めてのケースだった。
「アリペイ」、上場計画延期 当局が慎重姿勢に転換か 中国
https://news.yahoo.co.jp/articles/23b15bfc8269e10a01b74c1c6b0acd691811dfbb
上場を決定し、抽選当確まで発表した後、中央銀行(中国人民銀行)、中国銀行保険管理監督委員会、中国証券管理監督委員会、国家外貨管理理局という4つ金融規制部門が一斉にアント・グールプの実際の所有者馬曇、会長井賢棟、社長胡暁明を招集し、話し合った結果、上場を延期することに決まった(実際決定を発表したのが上場先の上海証券取引所、香港証券市場に上場するH株に関してはアント・グールプが自主的に延期を要請した)。アントといえば、世界最大のユニコーン企業、キャッシュレスの流れを作り出した企業、世界最大かつアメリカ以外で実現するIPO、などなど、中国のIT企業のなかでも宇宙人だった。
上場延期の理由については多くの識者が語られていたが、個人的な意見をちょっと述べたい。結論からいうと、中国の金融規制当局が金融全体のシステムティック・リスクを恐れていたではないかと思われる。
アント上場にストップをかけたと同時に、銀行保険管理監督委員会と人民銀行が連名で『網絡小貸業務暫定管理方法(ネット金融少額貸金業暫定管理方法)』を公布した。暫定条例とはいえ、一ヶ月後12月2日に執行予定で、これは明らかにアントのためのものである。新しい規制の中に最も重要なところはネット金融少額貸金業の資本金が30%以上でなければいけないということである。アントの貸業務部門が立ち上がった当初、30億元の資本金と60億元の銀行借り入れをもとに少額貸金業を行った。獲得した債権を証券化(ABS)し、得られた資金がさらに貸し出しを行う。それを繰り返しして、業務を拡大していた。最大の時、40回証券化し、3600億元の貸し出しを行い、120倍のレバレッジを行った計算になる。このために2017年に規制当局に指摘され、急きょ300億元まで資本金を増強した節があった。今もそうであるが、貸金業の規制の中に証券化の回数に関するものがなかった。
しかし、2020年現在、アントの貸し出しがすでに1.8兆元になったが、資本金がまだ300億元ままで、単純に計算すると60倍のレバレッジである。仮に10倍のレバレッジ比率に戻すためにはさらに1500億元の増資が必要になるが、今のアントにとってはお金を集めるのがそれほど問題ではないが、問題は利益率である。2017年300億元に増資すると、純利益率が2017年16.7%から3.6%までに急落し、2020年上半期の純利益が33.7%、増資すれば半分の17%まで下落することがありうる。そうすればアントがハイテクなネット金融企業から一瞬に普通の消費者金融会社に変身してしまうではないかと危惧されている。そうすると、今上場の際、50倍のPERというIPO発行価格が合理的であるかどうかという問題が出てきた。
アントといえば「アリペイ」というキャッシュレスというイメージが強いが、実際は利益の半分がネットショッピングタウバウによる消費金融によるものである。半分キャッシュレス、半分カードローンの会社と思えばわかりやすい。
100倍どころか、60倍のレバレッジ比率は今の中国の規制当局には認めることがまずないだろう。なんだかの理由でアントが傾いた場合、60倍のレバレッジ比率では中国の金融システムにシステマティック・リスクをもたらすことにちがいない。アントの上場は延期であって取り消すことはないが、半年ぐらい遅れるのが大方の予想である。アント上場延期はまさに金融セクターが規制に大きく左右されるということの克明な実例である。