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大善人へ身魂磨き

猿かに合戦を勝手に検証する 蟹について

昨日の杵と臼の話に続き、今日は臼がでてくる、日本昔話、猿かに合戦について書いてみます。


猿かに合戦の話しはこちらをご覧ください。意地悪な猿を子蟹と栗と臼と蜂と牛糞の仲間が仇討ちする話しですね。


キーワードは

蟹の親子、柿、猿

栗と臼と蜂と牛糞。


それでは、これらのキーワードから勝手に猿かに合戦を検証します。🤗


まずは、蟹からいきます。

美味しい蟹の食べられる県は、


1位 越前・鯖江(さばえ)・武生(たけふ)<福井県

2位 鳥取砂丘・白兎(はくと)海岸<鳥取県>

3位 敦賀・美浜<福井県>

4位 出雲・日御碕(ひのみさき)<島根県5位 宮津・天橋立<京都府>

のようです。


これらの地名は、蟹が美味しいだけでなく、猿かに合戦を(勝手に、、)紐解く神話や神社がありました。


越の国、白山がある福井県や、またまた出てきました!白兎🐇!ハクトや出雲。浦島太郎伝説のある天橋立は、古代日本では、国譲り伝説や、神話や昔話が残ります。素戔嗚尊や饒速日命をイメージします。


次に、蟹がでてくる神話のある、出雲市斐川町神氷神守あります、加毛利神社に纏わる話しを紹介します。


浦島太郎の妻であり、龍宮の乙姫、豊玉姫が鵜草葺不合命をご出産の時、周りに多くのカニが集まったため、そばに仕えていた神がカニを掃いて命をお守りしたようです。鵜草葺不合命はたいそうお喜びになり、その神に「蟹守」(カニモリ)の名を与えられた。

 

このカニモリの末裔は山幸彦(浦島太郎)の本拠地である宮崎県に住んでいたそうですが、三柱の神様の御分霊を奉じ、宮崎神宮からので、船子山の地までいき、そして宮崎大明神としてお祀りしたのが、後に加毛利神社と呼ばれるようになったのだそうです。


 蟹守(カニモリ)は、掃除したことから掃部(カモン)加毛利(カモリ)神守(カモリ)と変わり、現社名の加毛利神社となったみたいですね。

神社と日本語は面白いです。


船子山を金比羅フネフネに繋げます。金比羅様のご神使は、ウィキペディアによるとなんと蟹です!😳


諫早金刀比羅神社の狛犬ならぬ、狛蟹。可愛いですね。




猿蟹合戦の蟹で現されたのは、古代日本の一大勢力を暗示しているかもです。

 

もうひとつ蟹にまつわる似た話しを紹介します。

 

葛木倭文座天羽雷命神社(奈良県葛城市)天忍人命は彦波渚武鵜草葺不合命生誕のときにその胎便(「蟹」と呼ばれる)を掃除したという神で、その子孫は蟹守(かもり)氏(掃部、加守、狩森などとも)と称した。Wikipediaより。


葛城は、もとは、修験道の祖役小角の加茂族の土地。遠い昔に、加茂族から葛木族が奪ったと役小角の本では書かれています。


カモ族は、饒速日命を崇敬する民でした。加茂族、鴨族、上賀茂、下鴨神社のカモとカモリ(蟹守)は響きに共通点があります。八咫烏となって、黒子に徹して神道を守る加茂族の仲間が蟹で表されているのかもです。


また、御祭神の倭文というのは、以前書きましたが、星の神様カガセオが、なかなか天津神に従わなくて困った時に、話をつけた機織りの祖とも言われています。機織り、養蚕を持ち込んだのは、秦氏です。秦氏と加茂族は同族だと思っています。


神話の中で、蟹について、古代にあって、金(カネ)をカニと発音したとあり、鍛冶集団の事ではないかという意見もあります。


鍛冶屋では、出雲タタラ製鉄なんかを思います。鉄は古代から勢力に関係し、出雲の斐川で素戔嗚尊が八岐大蛇を制した話は、鉄を制した素戔嗚尊が、出雲で国を最初に造ったとおきかえます。素戔嗚尊は、古代、出雲から勢力をひろげます。


製鉄といえば、八幡製鉄とか、九州にありました。八幡製鉄の初代社長は、三鬼さんといいますが、先日、三峯神社で見かけた、出川哲郎さん、こと、「テッ」ちゃんの祖先です。三峯神社は、どこか素戔嗚尊や饒速日命に関係がある気がしています。


猿かに合戦は、蟹に投影された古代の民の逆襲劇を童話の中に暗示しているかもとおもっています。


蟹だけで、今日はマニアな私はお腹いっぱいになりました。😅

蟹はお正月🦀以来です。。。


明日は、のこりの柿、猿、栗と臼と蜂と牛糞の、いけるとこまでいきます。

( ^ω^ )

続く、、笑笑

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