goo blog サービス終了のお知らせ 

家族団欒ブログ

家族団欒の広場です

頭脳は子に遺伝する

2021年06月28日 | トピックス
名古屋市西区に明道町という町名があります。名古屋駅近くで、ノーベル賞を授与された益川敏英氏が生まれた町です。地元でのノーベル賞の祝賀会にはジジも参加させてもらいました。

本を読んでみると、益川さんは決して裕福な家庭で育ったのではなかったようです。お父さんは家具職人で小さな店を営んでいたが、そのうち戦争が激しくなり仕事が減って方向転換。飛行機燃料のスペアタンクをつくる工場を営んだが食っていけない。そこで砂糖問屋に転換。砂糖は甘いから成功するだろうと発想がなかなか面白いのですが、そうは簡単ではなかった。
お父さんは朝から深夜まで働きづめ。子どもたちの教育のことはかまっていられないから、益川先生は図書館通いしたそうです。お父さんも頭がよかったのでしょうが、その才能が子に遺伝したのに違いない。悪知恵が働いたのはその性しょう。 am

リンボー先生

2021年06月26日 | トピックス
林望という学者・小説家を聞いたことがありますか。ジジは林望氏を「リンボー先生」と呼ぶのですが、イギリスに長く滞在されていました。
リンボー先生によると、日本人と英国人とはものの見方がちがうようです。リンボー先生がロンドンに留学したときのこと、ロンドン大学の図書館長はリンボー先生の素性が分からなかったから願いを聞いてくれなかったそうです。
リンボー先生は「何事にも諦めずに交渉すればきっと門は開く」との信念をもって何度も上申書を提出するうちに、リンボー先生の主張を理解し、専用の部屋も提供してくれたし、図書館の本を自由に見てよろしいとなったそうです。
想像するに、日本人はすぐ相手を理解したがるが、イギリス人は相手を理解しない。同じ島国であっても考え方が根本的に違うらしいのです。なぜならば日本は島国であって外国人が入ってこなかったが、ブリテン島はアングロ人、サクソン人が押し寄せてきて、スコットランド人、アイルランド人、ケルト人などの民族は隅っこに追い出されたからでしょう。この観点からみると、日本の方が異質なのかも知れない、ということです。 am


巨人・大鵬・卵焼き

2021年06月10日 | トピックス
ひと頃、「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉がありました、昭和36年頃のことです。あの頃は巨人も大鵬も比類なく強かったのです。巨人には川上哲治が、大相撲には大鵬がいました。
しかし、そこに「卵焼き」がくっ付いてくるのは何故か。卵焼きがベラボーに高価だったからか。

卵焼きの値段を調べてみたところ、あの頃は卵が一つ16円前後、現在は安値で一つ10円前後。なぜ卵の値段が安値になったのかといえば、農家が鶏を飼い出したから。鶏を飼えば卵がたくさん産まれるのです。どうしようもなく卵が産まれるからダンピング。安くなければ買ってくれないのです。
 昭和30年代、冷凍庫や冷蔵庫が家庭になかったから水屋にしまったのですが、水屋では日にちが経てば腐ってくる。卵を割ってピンピンしていたらいいのに、それを確かめずにジジは食べたから大騒でした。そんなことがありました。am 

コーンウオール

2021年06月03日 | トピックス
「世界ふれあい街歩き」というテレビ番組を見ました。内容は「コーンウォール」の街々。ロンドンから西へ向かって最果ての地。風景をみると、三角帽子の屋根の家々が並んでいますが、車は左側通行。親しみを感ずるものの街並みはまるっきり違うのです。
 
  
ジジはブリテン島には旅行したことがありませんが、テレビよると、ブリテン島はイングランド、スコットランド、ウェルズ、アイルランドに4つに分かれています。イングランドはドイツ北方の民族が船に乗ってブリテン島を強奪しました。島に住んでいた諸民族は島の西方や北方、アイルランドに押し流されてしまったのです。言語が違うのは当然のことです。
 哀れなのはケルト人でした。ケルト人は話言葉はあっても書言葉は持っていなかったから歴史が残っていないのです。 am  

サンザラール駅

2021年05月28日 | トピックス
ここに一枚の絵があります。サンラザール駅の風景です。この駅を描いたのはクロード・モネ(1877年~1904年)です。よく見かける絵ですね。

蒸気機関車を設計したのはイギリスのスチーブンソンです(1814年)。石炭を蒸気源に機関車の煙突から黒い煙を噴射していたようです。でもその当時に蒸気機関車は時速6km。機関車の後部には石炭が山ほど積んであったのですが、石炭は馬の力(馬力)よりは強かったそうです。

じつはこの駅が後にオルセー美術館になりました。ジジはオルセー美術館に行ったことがありますが、ヨーロッパの絵画が燦然と展示してありました。確かに蒸気機関車の駅だったような風な所がありました。ミロの『晩鐘』も一階にありましたが、メアリー・カサットの絵も沢山ありました。
蒸気機関車の駅が近代的な美術館になるとは想像できないことですが、誰の発想だったのでしょうね。am  


兼高かおるの世界旅行

2021年05月23日 | トピックス
雑誌を読んでいると、兼高かおるのエッセイが書いてありました。最近は兼高かおるのことを聞かなくなったが、もう10年ほど前に他界したそうです。
雑誌の記事には「郷に入っては郷に従う」とあります。ある時アフリカに行ってみたら、アフリカにも滝があった。滝の下で子供たちが気持ちよさそうに水浴していたから、一緒に泳ぐことにした。

しかし、地元の人は危険な場所だから水浴びは禁止だという。川の上流には森があり、豪雨がある。ある日突然何が落ちてくるかわからない。流木が直撃して人が死んだことだってあるそうです。
ジジはアフリカには行ったことがないから現地の様子は分からないが、ブラジルで活躍した日系の女性が言うには、バイ菌が滝の中にうようよしていて、滝の水を浴びたら死ぬと言われているそうです。
日本人は島国であり高い山から地下を通って水が湧き出してきます。浄化されているからおじける必要がないのです。ああ、日本人は幸せだなあ。 am

ちいき新聞

2021年05月20日 | トピックス

「ちいき新聞」という新聞があります。ジジの家に配布されてくるのは「近辺版」ですが、地域近辺版がどこまで限られているのかわかりません。この新聞はもちろん無料です。新聞にはたくさんの広告が載っているから、広告収入で採算がとれているのでしょう。
そこに投稿が載っていました。曰く、「夫が身体障害者で家庭のことはすべて私がやっているのでストレスが溜まります。夫が外出しているときはストレスが減ります。おそらく私が動ける間はストレスが解消することはないでしょう」とあります。この投稿をした老人は80歳だそうです。
この記事、他人事ではありません。ジジだって傘寿を過ぎているから、家事がこちらにバトンタッチされるかも分らないのです。
世界広しといえども日本は世界最長寿国です。しかし、世界最長寿国と自慢している訳にはいかないのです。国は清潔だから害虫がウヨウヨしていることはないが、歳には勝てないのです。 am  


老人クラブ

2021年05月18日 | トピックス
ジジの町は600戸ほどの戸建て住宅の団地です。団地が完成すると一斉に引っ越してきたでけに絆が強いと言えます。
今日は玄関のピンポンが鳴りました。玄関に出てみると、おばあちゃんが3人ほど傘をさして立っていました。要件は「お誕生日おめでとうございます」と書いてあるポスターを配布してくれたのです。

ジジは20年ほど老人会に入ってましたが、頭のボケが進んできたのと体力衰退のため老人会を退会しました。しかし老人会はジジを忘れずに覚えてくれていたのです。
さらにいうと「今月はあなた様の誕生月です。特別な月になることをお祈りいたしております」とありました。特別な月とは「地獄行きかな」と思ったのですがそれは冗談。腰の痛みが早晩解消することを第一にしているのですが。
ジジは歳をとってきたなあ。あと何年生きられるかは神様のみぞ知る。しかし、神様は本人には絶対に言ってくれないのです。そこが日本の神様の偉大なところです。 am  


ルワンダ難民のこと

2021年05月10日 | トピックス
国連WFPという組織があります。数年前に寄付をしたところ、毎年のように寄付依頼が届きます。封筒の中の説明を読むと寄付の必要性が縷々書いてあります。曰く、
「・・・既に皆様には何度か報告をさしあげました。国連WFP(世界食糧計画)の2020年ノーベル平和賞受賞につきましては、これが支援者からの受賞であることに、繰り返しとなりますが、心からお礼を申し上げます。本当にありがとうございます。・・・(以下、省略)」
とあります。

そして。毎年のように寄付依頼が来ます。じつは毎年寄付をしていますが、CPA(公認会計士)監査付きの収支報告が添付されていないから使途がさっぱり分かりません。
封筒に子どもの写真が印刷してあるのですが、3~4歳位の幼年です。その幼年の耳たぶに真珠らしいイアリングが飾ってあるし、服装も真っ白で且つ立派です。それで疑問が湧いたのは、われわれの寄付金が国連WFP団体の職員の給与に化けているのではないかと言うことです。ノーベル賞平和賞まで受賞しているのだから、疑問が間違っているのであればいいのですが・・・。 am 

2021年05月02日 | トピックス
司馬遼太郎に『峠』という小説があります。『峠』の主人公は河合継之助。越後の長岡藩の行く末を憂いて河合継之助が活躍する話だったと記憶するが、読んだのが何年も前だからストーリーは忘れた。
実をいうと、越後長岡藩の元は東三河の牛窪藩だった。牛窪藩は牧野古白が城主だったが、牛久保(牛窪)はジジが大学を卒業するまで住んでいたところ。冬は寒かったが、山からの三河おろしがあったから。

今住んでいるところの話に変わります。ザクロの木は葉が出てきて赤茶色から緑に変色し、梅は葉が茂り実が次第に熟成し、モミジは五葉がはっきり形を構成しつつあります。
文学世界をみると、夏目漱石の『草枕』には「おいと声をかけたが返事がない。軒下から奥を覗くと煤けた障子が立て切ってある」とあり、茶屋のおばあさんが旅人のぬれた主人公の着物を乾かしている光景があります。
牛窪(牛久保)は平野の中にあるが北東を見ると本宮山が聳え立っている。ジジにとって懐かしい情景ではあります。 am


司馬遼太郎とは

2021年04月21日 | トピックス

司馬遼太郎のことを書きます。司馬遼太郎の本名は福田定一だそうです。
まず「福田」から。司馬遼太郎の父親はは神戸の奥のほう、三木村とのこと。そういえば、ジジがサラリーマンをしていた頃、三木という先輩がいました。背が高く穏やかな色男でした。
司馬遼太郎の祖父の母親は「お福」。明治維新、誰もが姓名を持つべきとなったから、母親が知人に相談したところ、お福なら「福田」にするべきと。それで姓を「福田」にしたそうです。

「遼太郎」の方はどうかというと、司馬遼太郎の大学時代はモンゴル語を学習。よっぽどモンゴル草原が大好きだったらしい。モンゴルは丘と草原ばかりだから、「遼々しい」+「太郎」としたということです。
司馬遼太郎は大学を卒業しても「モンゴル科」卒だから就職先が全然ない。仕方なしに京都の三文新聞社に就職したとのことです。
もう一つ書くと、司馬遼太郎の先祖は赤穂浪士の家紋と同じだったそうです。家紋がたまたま同じだったのかどうか。赤穂浪士の分身であれば大昔に死に絶えていたのでしょう。 am


アサリ売り

2021年04月13日 | トピックス

幼少の頃、早朝にアサリ(浅利)売りがやって来ました。自転車の後ろの荷台に大きな籠をつけて「アサリ、アサリー」と声をからして売っていましたが、海からは数キロほど離れていて、自転車で海に行こうと思ってもちょっと無理。ジジが幼少の頃はクルマはなく自転車かリアカーだけでした。

  画像はインターネットから借用しました。
あの頃は物資が欠乏時代だったからアサリはご馳走でした。しかも天然のアサリで、早朝、母がもうすぐアサリ売りがくるからと用意していました。
今や食品スーパーに行けば有明産のアサリを売っています。東京湾でも採れるのでしょうが油臭いかな。アサリは赤潮や青潮もあって瀕死を覚悟して生きているらしいから、工場排水が垂れ流しでは生きていけないのです。 am


ヒョットコ

2021年04月11日 | トピックス

「ひょっとこ」というお面があります。とぼけた表情で口が尖がっている仮面です。調べたところ、岩手県の昔話には次のように書いてありました(抜粋)。

画像はインターネットから借用しました。
 「爺さんが芝刈りの最中に穴を見つけた。大量の芝が詰まっているが
奥から呼び声が聞こえて来た。近づいてみると絶世の美女だったが、口が曲がっていた。爺さんは美女より子どもが欲しかったが、子どもは疫病で死んでしまった。爺さんはがっかりしたが、やがてゴールデンキャットが現れて大金持ちになった。」とか。
ひょっとこは貧乏神が多いが、わが家に近づいて欲しいわ。 am


独立心養成

2021年04月08日 | トピックス

ジジはアメリカに駐在していた時、賃貸アパートに住んでいました。部屋は広い居間、キッチン、洗面所、それに二つの寝室。寝室は固い壁で夫婦用とこどもたち用に完全に分離されていました。日本では夫婦の間に赤ん坊をおいて寝るのに、アメリカ人はその行動がドライなのか、夫婦と子どもたちの部屋は完全に分離されていたのです。

欧米人に独立心が強いのは子どもたちの部屋が別々だということに関係があるのか。子どもたちが鳴き叫ぶことがあってもほったらかして置くのです。そのことは独立心を養成しておくことを重要視しているということに思い至りました。
本を読んでいたら、こんなことが書いてありました。
フランツ・リストに「前奏曲」と言うのがあります。「前奏曲」があることは「後奏曲」があるということ。「後奏曲」とは死後の世界へのことを想像しているようです。西洋人と東洋人とは根本的に思考方法がちがうのです。 am


芸術茶碗

2021年04月07日 | トピックス

たまには毛色の違った本を借りてみようと、図書館の美術品コーナーに行きました。そこに「茶碗」の本があったのですが、表紙には11個のすばらしい茶碗が載っていました。
副題は「平成の百人100茶碗」とあり、100人の名人たちの茶碗を選定したのが載っていたので借り出しました。

鑑賞眼がなくても素晴らしい作品は素晴らしい。選定がむつかしいため、ジジは本を閉じてパッと開いたページの作品を載せることにしました。ブログにたくさん掲載できないから2つだけを選択したのですが、それが下に示した作品です。
 
ジジに鑑賞眼がないといっても、いいものはいいのです。どうして選べばいいか苦心の結果が今回の方法を採ったのですが、適当だったかどうか悪しからず。 am