23日、前日のコラボレーションコンサートとは
全く違う、写真たちだけの、幻想的空間が生まれていた。
1人きりで、一日いたい、深く静かな、遥かなとき、
と宇宙の本質を体感できる、
信じられないような空間。
それは、私の予想通りでもあり、
でも、実際そこにいるときの感慨は
予想を遥かに超えてもいて、
ただただ、静かに涙が溢れていた。
訪れる人が絶え間なくいるので
空間を独占することはできなかったけれど、
逆にそこに同時に居合わせた人々と
言葉のない静かな対話をするという、初めての体感もした。
人は、神に抱かれるとき、
途方もなく、孤独であることを感じた。
それは崇高であり、自我がなくなり神と一体化した
厳かでいて、切ない感覚でもあった。
動かずに、長いときを過ごした観客も多かった。
その場を離れられない感覚。
それは、皆共通した感慨だったのだろうと思う。
これほどの感慨を
生きている間、
あと何回、体感できるのだろうか。
全く違う、写真たちだけの、幻想的空間が生まれていた。
1人きりで、一日いたい、深く静かな、遥かなとき、
と宇宙の本質を体感できる、
信じられないような空間。
それは、私の予想通りでもあり、
でも、実際そこにいるときの感慨は
予想を遥かに超えてもいて、
ただただ、静かに涙が溢れていた。
訪れる人が絶え間なくいるので
空間を独占することはできなかったけれど、
逆にそこに同時に居合わせた人々と
言葉のない静かな対話をするという、初めての体感もした。
人は、神に抱かれるとき、
途方もなく、孤独であることを感じた。
それは崇高であり、自我がなくなり神と一体化した
厳かでいて、切ない感覚でもあった。
動かずに、長いときを過ごした観客も多かった。
その場を離れられない感覚。
それは、皆共通した感慨だったのだろうと思う。
これほどの感慨を
生きている間、
あと何回、体感できるのだろうか。