Akatsuki庵

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ごんぎつね

2017年11月05日 06時11分15秒 | 書籍
読書週間なので、最近読んだ本の話をしたい。

先月、半田を旅した時に「ごんぎつね」の舞台がそこだったということを知った。

小学校の教科書、3年生だったか4年生だったか。
あまり好きな話ではなかった。ハッピーエンドじゃなかったからね。

この教材でどんな授業があって、何を教わったのかも覚えていない。

それが変わったのは大学生の時。

大型書店の児童書売り場で出会った絵本。
手に取って、あまりにもきれいな絵だったので購入した。

そこで改めて「ごんぎつね」を読み返して、こういう悲しい物語だったのねぇ。ごんちゃんカワイイ、健気~と思った。
ごんぎつね (日本の童話名作選)
新見南吉・作 黒井健・絵
偕成社 1986年刊


旅から戻った時に、教科書で読んだ時と絵本で読んだ時の印象のギャップや舞台となった現在の景色とかが気になったので、
検索したら、文学的?教育的?な研究論文的な書物がけっこう出てきた。

その中の一つがコレ。

「ごんぎつね」をめぐる謎―子ども・文学・教科書
府川源一郎・著
教育出版 2000年刊


原作は確かに新見南吉。
半田を訪れる前に年譜をさらって気が付いたのだが、「ごんぎつね」は彼が18歳の時に書いたことになっている。

18歳であれだけ深い話を書ける?
その作品が日本における小学校の教科書すべてに半世紀にわたって採用される名作に?

ちょっと違和感だなぁと感じていた。

その疑問を解決してくれた。
18歳の時、雑誌『赤い鳥』に投稿され、それを雑誌の主宰者が鈴木三重吉により“わかりやすく”直され掲載~

それを南吉の死後、全集を出すに及んで手が加わって~
教科書に載せるために削られた部分もあり~

なるほど。

自分が小学生の時に読んだ教科書は描写的な個所はバッサリ削られた情緒がないバージョンだったかもしれない。
さすがに「兵十が撃った弾がごんの足に当たって~」ではなかったと思うけど。

「納屋」では都会の子供はわかりづらいからと「物置」に変更したものの、最後の一カ所だけ変更し忘れているとか、
ごんの行動はすべて「裏」からの世界であり、兵十は「表」の世界の人であり、
ごんが最後に「物置」に兵十がいたため、やむを得ず「表」である家の裏口に入るというタブーを犯したため
兵十に見つかり、銃で撃たれて死ぬという結末に至った~

細かい。いや、深いなぁと感心した。
という面倒な行動をしている。

が、読んでいる側としては、そんな矛盾にはまったく気が付かなかった。
頭の中では「物置」も「納屋」も同じものとして理解していたから。

それに黒井健さんの絵による偕成社の絵本は「大人の絵本」として名作を大型絵本にしたシリーズの1冊だった。
だから、目立つ平台に並んでいたのか。

あの趣のあるタッチは世間一般にも好評だったようで、その後の黒井健さんの絵が教科書にも採用されたそうで。

当時の私って、出版社の戦略にも見事に乗せられていたのねぇ~

新見南吉ブームは皇后さまが講演で「でんでんむしのかなしみ」を取り上げられたことでも再燃したしね。

ハッピーエンドの「てぶくろを買いに」よりも、悲劇で終わり“わかりえない関係”“報われない思い”が日本人の心に響くというか、
そういう側面をもった「ごんぎつね」が教育現場により受け入れられるのだろうか。

あと、その地を訪れたことからくる理解もあるな、と。

川の土手に咲いていた彼岸花もそうだけど、、、←後から植えられたものだけど、、、

ごんの住処があったという「権現山」という小高いというか丘のような小山があったり、
「中山のお城があった」場所が現在は新見南吉記念館になっている。(記念館は小さいがその背後に大きな丘陵地があった)

そして、足元にいたカタツムリは大きかった。




なんてことも考えながら過ごした秋の夜長だった。

もっとも、読んでいる時は眠かった~

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