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近視矯正手術フェイキックIOLから15年

2018-11-07 10:35:42 | ライフスタイル
幼稚園児の頃
何かと行動がトロく、からかわれることが多くていつもメソメソしていました。
それ故かみんなと一緒にお弁当を食べることが出来いなんてこともありました。
(信じられないでしょう・・・笑)
そんな時は園長室で園長先生と一緒に過ごしていました。
先生のお弁当は黄色と茶色 とっても美味しそうだった。
そのお弁当がなぜ色でしか記憶にないのか・・・
「あ~~見えていなかったんだ!」
たぶん、強度近視のためほとんど色でしか判別できていなかったのだと思うのです。
きっとあの黄色は卵焼き 茶色はふりかけだと・・・(ある日突然よみがえった記憶)

その後、強度近視が判明『メガネ人間』となりました。
そしてコンタクトに変えて数十年。
時代はいろんな発見発明で夢を与えてくれます。

20世紀終盤、TVドキュメンタリーで知った近視矯正手術(北里大学)
視えるようになりたいけれど、手術の器具が目の前に迫るのは怖い!
「これすごいよ!やったほうがいいよ〜」家人は一人盛り上がる。
まさかのその数年後 自ら手術を選択するとは思わなかった。

2003年末 
自宅から徒歩圏内に神奈川クリニックがあり
ネットからエイヤ!と勢いつけて予約
検査諸々後の診断 
強度近視で角膜薄くレーシックは不適合
ラセック手術でも視力は0.3程度
当時、視力は0.07 裸眼ではほとんどがぼんやりだったので0.3でもうれしい。
検査後の説明で
「数年後には『眼内レンズ』で近視矯正できるようになると思います」と聞かされ
いいなぁ〜なんて漠然と思いました。
ラセック手術の予約を済ませて数日後、
クリニックから眼内レンズ手術が可能になったと連絡があり「それやります!」と即決。
2004年2月片目ずつ手術を受けました。
裸眼で見える生活は想像を超えていました。
あれから15年 視力は少し低下しましたが裸眼の生活は続いています。

神奈川クリニックフェイキックIOL 術例1号 
生命保険会社フェイキックIOL手術給付金1号が2社
怖くないのか?と言われましたが なぜか怖くなかった。
広告冊子などでの紹介やブログに書いたりしていましたので、手術に関する問い合わせなどいただきました。
それぞれで状況が違います、術後も色々なことがあります、手術からすぐの頃、左目の再固定、2009年に右目再固定。
ためらいがある方には薦めません。

15年を経た今も、自分にとっては良かったと思っています。

術後のブログ
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脱げにくい、優しいはき心地

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