頭の体操の時間です
先日某成長企業のコンセプトブックのなかに
こんな言葉が載っていました。
見開きの左側のページにこれだけがあったのです。
この言葉(暗号?)の意味するところはなんだろう?
社員に何を伝えたいのだろう?
考えているうちにいろいろな事が頭を巡りました。
(ダ・ヴィンチ・コードも面白かったけど)
答えは一つではありません。正解を求めません。
この言葉をどう捉え、どう考え、どんな時に、どう生かすか。
あなたの考えを聞かせてください。
難しく考えず思った事感じたことをお願いします。
意味だけでもいいし、活用の仕方まででも答え方は自由です。
他者のコメントを参考にして再度のコメントも受け付けています。
あなたの意見は?
○コメント
原因には必ず結果があると、中学校の理科の先生に教えられました。
結果にとらわれないで、それまでの過程を丁寧に思い出す。すると、
結果にとらわれないで、それまでの過程を丁寧に思い出す。すると、
なぜそんな実験結果が出たのかが自分で説明できるようになる、
とこんな具合に教えてもらったように思います。
つまり、結果を説明するためには、結果以上に膨大な量の原因が
ある。(量というのは情報量になるのでしょう)
また、自分のあらゆる行動が、ある結果(もしくは状況)を導く、
また、自分のあらゆる行動が、ある結果(もしくは状況)を導く、
だから自分の行動に責任と自覚を持ちなさい!!
というメッセージなのだと解釈しました。
○コメントへのコメント
いい先生に出逢っていますね。私自身勉強になりました。
「結果にとらわれないで」と「自分で説明できるようになる」が
とても印象に残りました。難しい言葉がないのでこの説明は
中学生が読んでも理解できるのではないでしょうか。
少し幸せを感じているカウンセラーでした。
起業スクール講師
三潴克彦(みつまかつひこ)
僕的な見解なんですけど、
物事には全てにおいて繋がりがあると思います。
そのプロセスって演繹法と帰納法の連続だと
思っています。調度人間が毎日何かを学びながら
生活しているように。
結果は原因から演繹していると考えるならば、
その結果(1)はまた次の結果(2)へと演繹していく。
(物事には全て繋がりがあると言った所以です。)
結果(1)が結果(2)へと演繹した時点で結果(1)は
原因になっていると思います。
なので結果より原因のほうが多きな値をとると思います。ホフスタッターもこんなこと言ってたような・・・
かなり私的なコメントになりました。
結果がでるまでには、長いプロセスがあるでしょう。
しかし、結果とひとくちに言ってしまうとその過程は見えないものになります。しかし、仕事において、それは見えなくていいのです。結果がすべてになり得るのですから。
この企業は、そんな考えよりも、次につながるような工程を大切にするんでしょうね。
原因に重きを置くことによって、その結果になった過程をたどり、もう一度考えるということをさせたいのでしょうかね。
なんだかありきたりな答えになってますが・・・
以上です。
起業家育成塾で例えるならば、
なぜサークルに入ろうと思ったのか。
なぜ企業家育成塾なのか。
なぜ営業なのか。
なぜ法人なのか。
なぜ…
WHY?
WHY?
WHY?
よく5W1Hで目標を固めていくといいますよね。
そういった精神的な基盤が固まっていないとすぐにくずれてしまうから、まずは結果よりなぜ自分がその行動をするのかの原因究明から。
結果は後からついてくるもので追い求めるものではない。
私はこういった解釈をしました。
結果ひとつに対したくさんの原因があると同時に、いろんな原因を考えることによって結果もいろんな風に捉えることが出来ます。
例えば、私が「前に少し進んだ」とします。これは「少し進めた」とも「少ししか進めなかった」ともどちらの言い方も出来ます。
私は、結果には必ず良いところと悪いところがあると思います。失敗に思えるような結果だったとしても、その中に必ず良かった部分、小さな成功もあるはずです。逆ももちろんあります。
それを、失敗・成功と決めつけ、失敗だからといってそのやり方や考え方を全て変えてしまう必要もなければ、成功だからと安心しきってしまうのも良くないと思うのです。
つまり私は、狭い見方をするのではなく「>」の記号通り、結果をもっと広げて考えよう。ということを言っているような気がします。
分かりにくいですね…。上手く言葉に出来なくてすみません。
結果から見た原因は不変のもの。
だけど、原因から見た結果はそのときにとった手法や状況によって変わりうるもの。
例えば、ダイアモンドを原因としてみます。
ダイアモンドの輝きは四方八方に広がってゆきます。
しかし、その輝きの行方(=結果)はその時の空気の湿度そして、空気を突き抜けた壁の色や凹凸、また、その壁までの距離などによって無限大に異なります。
よい方にも悪い方にも変わります。
原因自体は1つですが、結果については無限大の可能性を秘めているのでしょう。
私はこの意味が分かったとき、連日問題になっているとある企業のリコール問題を思い出しました。
一方では商品により企業の売り上げが増加する、そしてもう一方ではその商品により被害を受ける消費者がいる。
どちらも商品ではなくその奥の企業でもなくさらに奥にある従業員の意識の低さという原因が生み出した結果です。
ここまでに考えてきたことから、「原因>結果」の言葉を唱えた企業は「お客様のために従業員一人一人の意識から変えている」ということを伝えたかったのではないでしょうか。
私たち起業家育成塾のメンバーは今、必死に商品開発に取り組んでいます。
そういうとき、人は自分が「どうしたか」という点に目がいきやすくなりがちです。
しかし、良くも悪くも物事の結果の原因は自分の「意識」にあると思います。
当たり前のことですが、気持ちに余裕を持ち、常にお客様や相手と向き合い、思いやる姿勢・意識を大切にしていきたいと思います。
例えば、1年間で1000万の純利益をだすという結果を決めたのなら、それをだすための原因をつくらないといけません。それを考えないと1000万の純利益という結果は起こりません。
つまり、「結果を決めること」「考えること」「行動すること」
=原因>「1000万の純利益」=結果となると思います。
活用の仕方としても同じで、物事を始める前に「どんな結果にしたいのか」「そのためにはどうしたらいいのか」これを「仮説、検証」し「実行する」=原因>「望んだ結果」 これがあとからついてくる。
こういう事だと私は考えます。
わたしは原因があり、結果を導く為の過程があると考えます。
その過程は原因がなければ起こせないし、結果は過程がなければ導き出すことはできません。
そしてつい周り、時には自分自身も結果ばかり見てしまう。
でも結果ってあくまで自分がしたことに対してついてくるもの。
だから結果より原因になるまず今、そして自分をしっかり見つめて取り組んでいく必要があるのではないかと思います。
つまり“原因>結果”というのは、結果よりも原因(過程)の要素のほうが少なくとも自分にとっては大きなものになるのではないでしょうか。
わたしは考えていくうちにそう感じました。
結果は自分ではコントロールできませんが、原因は自分でコントロールできます。そして、結果は原因がなければ発生しません。
例えばサッカーの試合の勝ち負けという結果には、攻撃陣が機能したから勝てた、守備陣が崩壊したから負けたなど、必ず原因があります。攻撃陣、守備陣をを機能させるという勝つための原因を作ることはできます。しかし、勝ち負けという結果は、原因を作らなければ発生しません。結果をだせ!といいますが、結果は原因をコントロールして変えるものです。
原因>結果はが示すのは、大切なのは原因、原因を作れ、ということと考えます。
そして、結果がほしい時には原因を作り出すことを最優先して考えるように意識していきたいと思います。
何か行動をするにしても、会社を興すにしても『なぜ』という言葉が必ずつくと思う。何か理由がなければ、行動というモノは生まれないし、逆に、もし理由もなしにする行動があったとしたら、その行動には何の意味も生まれてこないと思う。何かをするときは、「ただ好きだから」など、単純なものでも必ず理由があり、その理由が基で行動が起き、何らかの結果を伴うのだ。
だから、何か行動を起こすときには、まず、「なぜそれをしたいのか」を、納得いくまで考え、理解し、そのうえで行動に移すことが大事だ。そうすることによって、どんな結果になろうと、その結果をしっかり受け止め、次の『なぜ』に生かすことがっできると思う。
結果を卵の白身の部分、原因を黄身の部分として
やはり核となる黄身を食べた方が栄養価が高い。
一緒で核となる原因を考えることで脳の体操となり、健康な脳を作り上げれる。
この原因>結果を考えること自体が脳の体操です。
社員に自然な形で脳の体操をさせていて、+α 原因追求の大切さを伝えている。
この戦略は面白いと思いました。