あるスーフィー巡礼者の日記

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ホメオパシーを巡るブッチ談話(3) ホメオパシーの効果は科学で否定されていない

2010年10月26日 | 東洋医学と西洋医学
学術会議会長談話原文(3)

物質が存在しないのに治療効果があると称することの矛盾に対しては、「水が、かつて物質が存在したという記憶を持っているため」と説明しています。当然ながらこの主張には科学的な根拠がなく、荒唐無稽としか言いようがありません。

過去には「ホメオパシーに治療効果がある」と主張する論文が出されたことがあります。しかし、その後の検証によりこれらの論文は誤りで、その効果はプラセボ(偽薬)と同じ、すなわち心理的な効果であり、治療としての有効性がないことが科学的に証明されています。英国下院科学技術委員会も同様に徹底した検証の結果ホメオパシーの治療効果を否定しています


【物質とは何か?】

この会長の発言は、「治療効果がもたらされるためには物質が存在しなければならない」という前提に裏打ちされている。

 その前提が正しいかどうかを考える上では、「そもそも物質とは何なのか?」という問題を掘り下げて行かなければならない。したがって、その議論は科学の本質に関わる哲学的な考察を必要とするので、今回の投稿では深く言及することは控えたい。いずれ機会があれば、また取り上げて見たいと思う。

 一言だけ申し上げるならば、科学(物理学や医学など)の最先端においては、「(薬の)治療効果は物質によってもたらされる」という考えはもはや時代遅れになりつつあるということである。

【二つの間違いを犯した会長の発言】

 先の問題はともかく、この発言の後半において会長は二つの点で間違いを犯している。一つは「プラセボ効果には治療的有効性がない」としたこと、もう一つは「英国下院科学技術委員会はホメオパシーの治療効果を(科学的に)否定している」としたことである。

【心理的な効果は治療としての有効性があると証明されている】

この会長に限らず唯物的医学原理主義者には「プラセボ効果=治療としての有効性がない」と誤解している人が多い。だが、プラセボ効果は、科学的研究によって「治療としての有効性がある」と認められている効果である

近代西洋医学の世界でも、近年は精神神経免疫学などの発展にともなって「心理的要因は身体に確実な効果をもたらす」つまり「治療としての有効性がある」と考えられているのはもはや常識と言っていいだろう。

【プラセボ効果には治療的な有効性がある】

 アリゾナ医科大学の教授で米国の統合医療の旗手の一人であるアンドルー・ワイル博士は、「プラセボ効果」を否定的に捉える風潮への解毒剤として、「活性プラセボ効果 active pracebo effect」という概念を提唱している。プラセボ効果を立派な治療効果の一つとして肯定的に捉え直すためである。

「病は気から」という日本の諺は、まさしくこの「活性プラセボ効果」のことを指したものであると言えるのかもしれない。

【ホメオパシーの治療効果は否定されていない】

では、ホメオパシーの効果とは、プラセボ効果(あるいは活性プラセボ効果)に過ぎないのであろうか?

英国下院科学技術委員会の検証結果の原文にざっと目を通してみたが、会長の発言は同委員会の結論を正確に伝えていない(あるいは正確に理解されていない)ようである。原文は275ページに及ぶPDFファイルなのでその全部を熟読した訳ではないが、原文からの引用とともにいくつかの問題点を指摘しておきたい。

報告書原文(太字ハイライトは筆者による)

We were troubled that the Chief Scientist at the DH seemed to be out of step with the accepted scientific consensus on the question of efficacy. Unlike the Minister, he did not agree that there was no credible evidence that homeopathy worked beyond the placebo effect. He stated that “the majority of independent scientists feel that the evidence is weak or absent”and that there are “real difficulties” in drawing conclusions on efficacy because of a “lack of agreement between experts working in the field” However, we could find no support from independent experts for the idea that there is good evidence for the efficacy of homeopathy.

http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200910/cmselect/cmsctech/45/45.pdf

この原文にもとづくと、(一政治家である厚生大臣とは異なり)英国厚生省の筆頭責任者である科学者は、「ホメオパシーにはプラシボ効果以上の効果を発揮するエビデンス(証拠)はない」という表現に同意しなかったということである。彼が述べたのは「大多数の科学者はエビデンス(根拠)は弱いもしくはないと考えている」と言うことであり、「(治療有効性に関して)専門家の間で統一見解が得られていない」ので「明確な結論を導くことは困難である」と主張している。

英国下院科学技術委員会の報告書は、この後、この見解の不一致について「更なる議論によって合意を形成して行くことが望まれる」と結んでいる。

【エビデンスは主観的な取り決めである】

ここで「エビデンス(根拠あるいは証拠)」という言葉について少々説明して置きたい。ここで言う「エビデンス」とは、近年医療の世界の主流となりつつあるEBM(根拠にもとづく医療)の概念である。

簡単に言うと、ある治療法の有効性を判定する上で、机上の理論・実験室での結果・権威者の発言などよりも「臨床現場において統計学的な有意差をもたらすかどうか」を重視するものである。「統計学的な有意差がある」(つまり再現性が高いと推測される)と判定された場合に「エビデンスがある」とみなされる。

「エビデンス(証拠・根拠)がある」と言うと、いかにも「客観的に証明された」と誤解されがちである。だが、「エビデンスがある」かどうかの判断は様々な主観的な要因に左右される。特に、人間を扱う医療においては主観的要因が占める割合は極めて大きい。

そもそも「厳密な意味で客観的な証明は不可能である」医療に関して、少しでも「より客観的な」合意を形成するために考えられて来たのがEBMの様々な手法なのである。具体的な説明をすると長くなるので、今回はこれ以上の深入りは控えたい。いずれ機会があれば、より詳しい説明を行ってみたい(原稿は準備中である)。

ここでは以下の点だけはっきりとさせておきたい。すなわち、エビデンスとは「客観的な証拠」などではなく「多数意見の便宜的妥協により生まれる主観的な見解」のことである。

【英国下院科学技術員会の結論はあくまで政治的なものである】

つまり、英国下院科学技術員会の報告書の結論とは、「ホメオパシーの治療効果が科学的に否定される」というものではない。それは、ホメオパシーにはプラシボと同等以上の治療効果があることを証明する疫学上のはっきりとしたエビデンスが現時点では確認されていないので英国厚生省の健康保険を適用すべきではない、というものに過ぎない。

それは、あくまで政治的な結論であって、科学的な結論ではないのである。

これをもって「ホメオパシーの治療効果が科学的に否定されている」とするのは、科学や医学研究に詳しくない一般大衆に著しい誤解を与える行為であり、合理性と公平性を重んじる科学者が取るべき態度ではないと言えるだろう。

学術会議会長の談話は、科学者としての合理的・客観的な見解と言うよりも、その是非はともかく彼の政治的な見解を色濃く反映したものだと考えることができる。

【作用機序の未解明は無効性を意味するものではない】

 この会長のような疑似科学者にしばしば共通して見受けられる誤解として「作用機序が解明されていない現象は非科学的である」というものが挙げられる。

会長が自らの主張の正当性の根拠とした英国科学技術学院の報告書は、「ホメオパシーの作用機序は現代科学の理論で説明できないので荒唐無稽で非科学的である」という彼の主張が誤りであることを明確に裏付けている。報告書のp7には、次のような記述を認めることができる。

We should, however, add that, while we comment on explanations for how homeopathy works, it is not a key part of our Evidence Check. Historically, some medical interventions were demonstrably effective before anyone understood their modes of action. For example, after 150 years of use, there is still debate about precisely how anaesthetics work.22 It is more important to know whether a treatment works―its efficacy―than how it works.

http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200910/cmselect/cmsctech/45/45.pdf

上述の文章の内容の日本語訳は以下のようになる。

しかしながら私たちは、ホメオパシーがなぜ作用するかについてコメントを述べる際に、それは根拠の有無を調べる上での主要な問題ではないことを補言する必要がある。歴史的に見ると、その機序(しくみ)が解明される前にも有効性を示してきた医療技術が存在する。例えば、「麻酔」は150年以上に渡って使用されて来たが、それがなぜ有効に作用するかは未だに統一見解が得られていない。ある治療法がどのように作用するかということよりも、それが有効に作用するかどうかを知る方がより大切なのである。

今の医学界で、「麻酔はその機序が科学で解明されていないから、荒唐無稽で効くはずがない」という人がいるだろうか?「機序が解明されていない」ということは「有効性がない」ことでも「荒唐無稽で非科学的」なことでもないのである。

【あらゆる科学理論は作業仮説に過ぎない】

もっと本質的な議論を行うと、実は現代科学で機序が解明されていると考えられているあらゆる現象も、厳密な意味で客観的な機序が解明されているわけではない。整合性のある緻密な作業仮説が提示されているだけである(「作業仮説」とは、「その説が正しいと仮定すると様々な現象を矛盾なく説明できるので研究や実験などの作業を進める上で暫定的に有効とみなされている説」という意味である)。

量子力学などの最先端科学によって「物質には究極的な実体はない」と言うことが解明されつつある現在、物質的実体としての素粒子に基礎をおいてきたあらゆる科学理論の絶対性は砂上の楼閣と化しつつあると言うことができる。

ただ、多くの科学理論は統計学的な再現性が高く、作業仮説としての「相対的な有効性」はあると言う点については否定できないだろう。

これは「(現時点での)科学理論が絶対的に正しい」という教育を受け、科学の本質を深く考察したことのないほとんどの人には耳慣れない考え方だと思うが、科学の本質を扱う科学哲学の世界ではほぼ常識と言ってよい考え方である。いずれ機会があればこの問題については改めて詳しく取り上げてみたい。