【迷いの中で深く眠りこけている日本人】
世界では、脱原発に向かう動きが指導者層よりも一般大衆の間で急速に高まりつつあるようですが、(マスコミの世論調査の結果や、私の妻とその友人たちとのやり取りの中から判断するに)事故の影響を最も受けている私たち日本人の中にまだ十分なそれが見られないことは本当に驚きです。
一般的日本人の多くは、いまだに「原発は危険なのかもしれないけれど、現実問題として原発なしにはやっていけないんじゃないの?」というような思い込みに囚われてるようです(だから、十分な安全対策を施せば問題が解決すると思い込んでいる、あるいは、思い込もうとしているのかもしれませんが)。この思い込みの過誤に関しては、別稿にて改めて取り上げる予定です。
日本の指導的立場にある人々がいかに深い迷いに囚われ、一般大衆が主に大手マスメディアを通して洗脳を受けて深い幻想に囚われてしまっていることを示すものなのかもしれません。そのことに対しては、本当に深い危機感を抱いています。
もちろん、既に目覚めているあるいは目覚めつつある人が急速に増えていることは確かです。それは大いなる希望です。ですが、まだそれが十分に多数派を形成するには至っていないというのが現実でしょう。
【これ以上深刻な事態をもたらさないために】
多数決民主主義という未熟な政治形態を採用している日本では、多数の人々が目覚めないと政治が良い方向に向かって行かないという現実があります。
私は、もしこのまま私たち日本人の多数派が目覚めないのならば、今は表面的には一時的な小康状態を保っているかのように見える福島原発の事態が最悪の事態へと進んで行くか、あるいは幸いなことに福島原発が無事収束に向かったとしても、今回の事態を超える惨事が近い将来に訪れることになるのではないかと危惧しています。
それを避けるためには、事故の現場であらゆる英知を結集して対処することはもちろん大切ですが、そもそも今回の事故をもたらした根本原因である私たちの間違った思考方法を正し、それから生み出された間違った社会システムを変革していくことがとても大切だと思うのです。
【今、求められているのは標本同治である】
漢方では、「急なれば標を治し、緩なれば本を治す」という言葉があります。「標」とは、おおざっぱに言えば表面に現れた症状、「本」とは、その原因となっている心身のバランスの崩れ、と言った意味です。
福島原発の事故への対処は、「標を治す」ことにあたり、現時点ではもちろん全力で取り組むべきことでしょう。ですが、それをもたらした根本原因にも取り組まなければ、いつ、さらに急なる標がもたらされるかもわからないというのが現実でしょう。
つまり、現在は、事故の影響をこれ以上拡大させない努力と同時、根本原因への対処が早急に求められている状態であると言えるでしょう。
そう言う場合、漢方では「標本同治」という治療法を行います。
重大な事態をもたらしている症状を抑える努力とともに、その原因にも同時に取り組むと言うことです。
今は、「標を治す」ことだけに心を奪われるのではなく、標が指し示している「本」に対しても全力で取り組む「標本同治」をこそ行うべきではないでしょうか?
ですが、今の日本では、特に大手マスメディアの報道の中では、「標を治す」面にばかり重きがおかれ、「本を治す」ことに対する論議があまりにも少ないと思います。そのため、一般大衆の意識も「本を治す」ことに思いを至らせることが少なくなってしまっているように思います。
【症状がもたらすメッセージに耳を傾けよう】
病の症状とは、私たちの心身の状態に問題があることを知らせるメッセージとしての役割があります。漢方の「標」すなわち「しるし」という言葉には、そう言った意味も込められていると思います。
だから、症状が標している本体である原因(本)を探る努力、症状が私たちにもたらそうとしているメッセージに深く耳を傾けることが大切なのです。
もし、私たちにもたらされているメッセージがちゃんと受け止めらることがなかったら、さらなる強いメッセージがもたらされる、つまり、さらに深刻な事態が私たちを襲うことになるでしょう。
【本質を見極めよう】
私たちは、福島原発事故が私たちにもたらしている深いメッセージにもっと耳を傾け、福島原発事故という標として表れているものの本質(本)を見極める努力をするべきです。
原発の安全対策を強化することで問題が解決すると思い込み、原発推進もしくは現状維持を続けて行くことは、標が示す本を見誤った治療法です。それでは、本である根本問題がさらに深く進行して行ってしまうでしょう。
今私たちに求められているのは、標が指し示している本質を正しく見極めた「標本同治」なのです。