情報と物質の科学哲学 情報と物質の関係から見える世界像

情報と物質の関係を分析し、心身問題、クオリア、時間の謎に迫ります。情報と物質の科学哲学を提唱。

統合情報理論は意識やクオリアの質を説明できない

2022-01-05 09:37:39 | 人工知能・意識・脳科学
土屋尚嗣『クオリアはどこからくるのか?』、岩波科学ライブラリー308(2021.12)
の69頁に統合情報理論は意識の境界・量・質を数学的に説明することを目指した理論であるという記述があります。

トノーニの統合情報理論における意識の指標φは、ビットで表示されます。
φの数値が大きいほど意識のレベルが高いとされます。

φは数ですから量的なものは表現できます。
しかし、数は質的なものは表現できません。

例えば、光の振動数は数で表現できますが、光の色(クオリア)は数では表現できません。

従って、統合情報理論の指標φは意識やクオリアの質を表現出来ないことが分かります。

統合情報理論の指標φが意識やクオリアの質を表現出来るとする主張は論理的に破綻しています。

トノーニの統合情報理論と人工意識

2022-01-02 10:28:33 | 人工知能・意識・脳科学
近年、人工意識を作るに関する研究が盛んなようです。
例えば、人工知能学会. Vol 33 No.4(2018年07月号)に「意識とメタ過程」という特集があります。

トノーニの統合情報理論は、人工意識研究の基礎になっているようです。
トノーニ、外(花本知子訳)『意識はいつ生まれるのか-脳の謎に挑む統合情報理論-』、亜紀書房(2016.2)

神経生理学的見地から意識には二つの基本的特性”情報の豊富さ”と”情報の統合”とがあり、その両者をまとめて意識を数値化するという極めて大胆な発想です。
意識の単位をΦビットで表し、この数値Φと意識の間に相関があるという仮説です。

訳者あとがきによると、トノーニの本の原題は『これほど偉大なものはないー覚醒から睡眠、昏睡から夢まで。意識の秘密とその測定』です。
なので、翻訳書の”意識はいつ生まれるのか”というタイトルは、誤解を招きます。

トノーニは、数値Φの値がどのくらい大きくなれば意識が生じるかについては、全く触れていません。

同著は、学術書の類ではありません。
文献リストもありません。
数値Φの計算式や理論的記述もありません。
なので、翻訳書のタイトルだけをみて購入すると期待外れになるでしょう。

統合情報理論は、クオリアを扱うことは出来ません。
何故なら、トノーニの二つの基本的特性”情報の豊富さ”と”情報の統合”という概念はクオリアそのものを扱えないからです。

クオリアは、意識の原始的形態です。
高度な意識はその上に構築されているものなので、クオリアを無視した意識の定義は片手落ちになります。

人工知能がコンピュータで実現されているからといって人工意識もコンピュータで実現されるとは限りません。




実在=客観ではない!

2022-01-01 15:48:16 | 人工知能・意識・脳科学
脳内部に情報が実在していることは事実です。
それを認めないと脳によるパターン認識などの機能を説明できないからです。

このことから哲学者、人工知能研究者、人意識研究者たちは情報は客観的概念であると主張しています。
つまり、彼らは実在は客観と同義であると考えています。

しかし、先のブログで証明したように脳内部の情報は主観的概念です。

実在という概念は、それが使われる場面で意味が異なります。
つまり、実在概念には多義性があるのです。
詳しくは、ブログ「実在の多義性」をご覧ください。



情報は客観的概念ではない!

2021-12-31 10:57:26 | 人工知能・意識・脳科学
シャノンの情報概念を用いているチャーマーズ、トノーニ、人工知能・人工意識研究者を初め多くの人は情報が客観的概念であると信じていますが、これは全くの誤解です。
その理由を説明します。

先ず、以下の議論で用いる客観的概念の定義をします。
客観的存在とは、自然法則(物理法則)に従う対象である。

この定義は、自然科学において認められているものです。

この定義から直ちに非物質的存在である情報は客観的概念ではないことが帰結されます。

一方、脳における情報も以下の理由で客観的概念にはなり得ません。
脳内で情報が生じるのは以下の過程によります。
(1)物理的刺激が感覚受容器に入ります。
(2)刺激量が受容器のしきい値より大きいとパルス列が送出されます。
(3)このパルス列は、単なる物質ではありません。
(4)このパルス列は、刺激物質に関する情報を表現しているからです。

受容器の特性は個人個人で違うので、同一の刺激量に対する応答も違います。
これは、パルス列が運ぶ情報の内容が個人個人で違うことを意味します。
つまり、感覚野に入る情報は客観的なものにはなり得ないのです。

これらの事実から脳内にある情報は主観的概念であることが分かります。

情報が客観的存在であると多くの人が誤解しているのは、シャノンの革命的功績により情報概念が空気のような存在になり、それが実在していると錯覚していことによると思われます。


渡辺正峰が目指す「意識の測定」は不可能!

2021-12-22 11:01:00 | 人工知能・意識・脳科学
渡辺正峰『脳の意識 機械の意識ー脳神経科学の挑戦』、中公新書2460(2018)
の中で意識と機械とを接続させる研究について詳述しています。

著者による意識の定義はクオリアと同義です。

このクオリアは、非物質的な存在なのでどんな手段を用いても物理的に測定することは原理的に出来ません。

著者は、そのような測定を間接的にすることが出来るとしていますが、間接的なものはどこまで行っても間接的なものであることに変わり有りません。
著者が嫌う無限後退に自ら陥っています。

クオリアや意識そのものを測定することは原理的に不可能なのです。

従って、著者が目指す「意識の科学」や「意識の自然則」は幻想にすぎません。