写真は新潟県にあります明星山。
我が家の山小屋からもちらりと眺めることができます。
ここで採れる「真柏」は盆栽の王様といわれ、自生する斜面にはその切り立った崖を制覇すべく
世界中からロッククライマーも集います。しかし、その石灰質でもろく崩れやすい岩肌に命を落とす人も少なからず…。
その足元には小滝川が流れており、良質の硬玉ひすいの原石がごろごろと転がる秘境になっています。
宝石としても人気の高い、あのヒスイが巨石でごろごろしているんです!!
小滝川が流れ込んでいる姫川沿いには長者が原遺跡があり、ここの発見により今まで渡来品と思われていたヒスイの勾玉などは
実は大昔から日本でも採取、加工、そして流通していたことがわかったのだそうです。
この地域は古事記や万葉集の一節にも出てきています。
長年日本人からヒスイの記憶が途切れていたこと、地元にはオオクニヌシに追われて長野あたりまで逃げる皇子の伝説も
あることからして、ママンのなかではこの地域で血で地を洗う凄惨な勢力争いがあったのではないかと勝手に想像し
頭の中では壮大なストーリーが展開しています(笑)
古事記の記載の中でオオクニヌシがこの地域のヒメを娶りにきたくだりがありますが、恋の歌が載っていると解釈するには
殺伐としている内容のようにママンは思うのですが…。
このあたりの歴史を調べると日本の歴史の空白に気がつきます。いろいろ書いてみたい気もするのですが、文献も少なく(多分抹殺された文化
でしょうからね)ドつぼにはまる内容なので想像だけで終わりにしておきましょ!
ちなみに出雲の銅鐸と一緒に出土したヒスイが糸魚川産であったそうですよ。
そして戦後に広くヒスイが取れると知られるようになる前は、な、なんとこのヒスイの原石。。。
漬物石として、そして強風に屋根を飛ばされないように置く、屋根押さえの石として重宝されていたらしいですよ。
ママンも小滝川下流の川原でヒスイをひろいましたが、他の種類の石と比べて大きさは同じでも重かったですよ。
漬物石には最高かもしれませんね(笑)
このヒスイ、歴史と同じでその生まれにはまだまだ秘密があるとフォッサマグナミュージアムでは研究中だそうです。
宝石としても魅力的な石、ヒスイ。
その誕生がわかると地球の秘密にも手が届く…そんな素敵な石らしいですよ。
今回、ブログを見てくださっている皆さんにいろいろお伝えしようと思って調べているあいだに
ママンは拾ったヒスイは宝石としてではなく、大切にそのまま飾っておこうかなと思うようになりました。
最初は指輪にしようか、髪飾りにしようかなんて考えていたんだけどね~!
この美しさは加工したら損なわれてしまうようなそんな気になりました。
ここの大自然のように・・・。