木の下で話しましょう

ソトコトとは、木の下で話しましょう、というアフリカ語源の福祉用語です。

介護保険

2014-04-01 | 社会

ヘルパーになり3年目になる。

在宅介護は、移動、生活支援など、体力を消耗する割に金銭は対等に還元されないため、現在は兼業で週に5時間程度しかしていない。

介護保険の被保険者のみの利用だが、生活保護者、難病者には特典が与えられて利用出来る。

生活支援制度は、寝たきり予防対策として発足したのだが、現場では不評で近年取り消しになる可能性が出て来た。

そもそも公的扶助制度の生活保護制度と同レベルの制度であると説明すれば、このように家政婦代わりにヘルパーを酷使する利用者は、居なかったように思われる。

この国の福祉制度は、差別と区別を混合し真の弱者に焦点を絞れない体裁主義に惑わされている。

和を持論にして来たお国事情の福祉政策は、単一民族の鎖国状態でのみ平和作動出来るが、現代のように経済利得のための居住でしかない人種混在では、したたかな貧国移民に都合よく利用される脆弱さを払拭出来ず、さらに世間ズレした狡猾な高齢者の餌食になるだけである。

家族を成した結果、独居の悔しさ、歯がゆさをヘルパーにぶつける利用者が多く、筆者は独身なのだが必要以上に無経産、結婚歴の無さを軽蔑の目線で「お独りが気楽で良いです」とオブラートにくるんだ(そんな女に家事ができるはずがない、おむつ交換ができるはずがない)言い方をして後に掃除機の置き方が気に入らないからと些細な件で断ったりする。

これは被介護保険者なのだからと、ヘルパーを家政婦代わりに最大限利用をし日頃の家族への不信感、不満感を間接的に雇用ヘルパーにぶつけ家族に見捨てられた憂さ晴らしをしているだけの苛めである。ゆえに家族から見限られたのだろうと察せられる歩行可能な利用者には生活支援というよりは、心理カウンセリングに通院させその曲がった根性を真っ直ぐに更生させれば自慢の家族に手を握られ看取られるはずだ。

このようなわがままな利用者のために真面目で忍耐強い被保険者の保険料金が上昇する理不尽さは、現場でしかみえてこないに違いなく、そのための会議もしているはずだがこのような会議は、名ばかりの会議で現場の声は届いていない。

語れば尽くしきれない利用者の悪行三昧も利用者の個人情報の吐露として罰金対象になり、一体、なにを守るのが本当の正義なのか首をかしげてしまう。

介護職の離職理由に職場の対人関係を主としているが、在宅介護ではこの理由は該当しない。介護業を経済政策にしようとの施策者の意図的な理由に思えてならないのは気のせいなのか?

とりあえずの家族同居者利用者、家政婦代行、施設入居該当者・・・諸々の見直しが必要だ。

年金生活者から保険料を天引きするような悪法は、社会主義福祉国家ではなく資本主義主導ならと割り切れば介護保険は不要である。



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